アジアの街角 一枚の写真から

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

 カトマンズの水事情は、年々悪くなる一方だ。
 乾期も終わりに近づいてくる4月、5月になると水不足は最悪の状況になる。
 3日に一度の2時間の水道局の水の供給も、計画停電と重なれば、
 水を引き込むことも出来ない。
 市水道局の水を期待していたのでは、生活は成り立たない。

 そんな中での救いは、5百年近く前のネワール族のマッラ王朝時代に造られた
 ドゥンゲ・ダーラと呼ばれる石造りの共同水場である。
 長い列に並び、時間をかけて、飲料水、料理用の水を確保する。
 ほとんどの人たちが、間借り生活の貧しい人たちだ。
 大臣や高級官僚の家には、特別の水道管が敷設され、水に困ることはない。
 お金があれば、私設業者の給水車から、水を買うことも出来るが、大半の庶民には
 そんな余裕はない。

 カトマンズからバンコク、そして、日本に帰ってくると 水が充分に自由に
 使える便利さには 喜びを感じる。
 カトマンズやバンコクの水道水は、そのまま飲むことは出来ない。
 市販のペットボトルに入った水を買うか、沸かして飲むかのどちらかである。
 それか、業者が売りに来る20リットル入りのフィルターを通した水を買うことも
 出来る。
 カトマンズなら20リットル入りのものなら、百円前後、バンコクなら2百円前後だ。

 日本の水道水は、美味しい不味いを 別にすれば、水道水は安全だし、
 市販のフィルターをつければ、充分に飲むことの出来るものだ。
 私が日本で生活していた頃には、水を買って飲むなどということはなかった。
 その当時から比べて、水道の水が飲みにくくなったとも思えない。
 だから、未だにペットボトル入りの水を買って飲む気にはならない。
 飲むことが出来る水があるのに、何で買ってまでして飲む必要があるのか、
 そう感じてしまう。
 冷蔵庫で冷やして飲めば、高級飲料水も水道の水もさほど差はないように思う。

 昔、山登りをしていた頃、湧き水や小川の水を飲んでその美味しさに感動したことも
 ある。
 それと同じものを、日常生活の中で、買ってまで飲もうとは思えない。
 水道の蛇口から安全な飲料水が出てくるだけでも幸せに思ってしまう。

 食べ物といい、飲料水といい、今の日本人は、あまりに贅沢になりすぎているのでは
 ないだろうか。
 東京の水道水が耐えがたく不味いものとは、到底思えない。
 買った水は美味しいという思い込み、流行に左右されているように思えてならない。
 ネパールの水事情の中にいると、日本人の水に対する意識は、逆におかしいものの
 ように思えてくる。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

 四月、五月にカトマンズの市街地を歩いていると、竹で作った棹の両端に
 荷をぶら下げ、通りを歩いている人を見かけることがある。
 その人の後ろには、大きな太鼓やシンバルを持った昔ながらの音楽隊が続き、
 その後ろには着飾った人々が列を成して続いていく。
 この行列は ネワール族のマナンダールと呼ばれるカースト
 (菜種油の製造・販売に従事するカースト)のデワーリと呼ばれる宗教的な行事で
 ある。

 ネワール族には クル・デェオタと呼ばれる一族の護り神がいる。
 この神様の像は 一族以外に見せることは許されない。
 この神様はネワール族の中のカーストにかかわらず、すべての一族の本家に
 置かれているものだ。
 その神様が、仏教の神様でもなければ、ヒンズー教の神様でもない。
 どうも土着の信仰のようだ。
 遠い昔、ネワール族の祖先が、カトマンズ盆地に移住してきた時からの
 土着の信仰なのかもしれない。
 一族の護り神であり、災いから家族・一族を護るものだ。

 その神様を担いでその一族とともに 街中を練り歩くのがデワーリと呼ばれる
 行事である。
 街を練り歩くのはマナンダールのデワーリの行事の形であるが、
 カーストによってそのやり方は違うようだ。
 外を練り歩くにしても、その神様を、一族以外のものに見せることは出来ないから、
 その神様の上には、金属製の器がかぶされている。

 世の中はいつも変転している、その世の変化を一族の神様に眺めてもらいたいと
 いうことだろうか。
 素朴に心を寄せて信じるものがあることは、人々に心の安定を与えてくれるはずだ。
 家族・一族の護り神である神様と街中を練り歩いたあとには、宴会が待っている。
 自分たちが米で作ったロキシー(蒸留酒)を酌み交わしながら、一族の繁栄を
 願う。
 そして、互いのつながりを確かめ合う機会でもある。

 そんな世界が日本にもあった。
 そんな世界が失われていくにしたがって、日本の何が変わり始めたのだろうか。
 祈りもなく、人への信頼も失われた世界の中で、人々は何を求めて生きていくのだろう。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

 二千年以上の歴史を持つカトマンズの街の中には、
 数え切れないくらいの神々の像がある。
 路上にも、街の広場、寺院の境内、家の前にも神々の像が置かれ、そして敬われている。
 その場所は、カトマンズの子供たちの遊びの場所でもある。
 子供たちは、生まれた時から神々の像とともにあるというのも嘘ではない。

 カトマンズのネワール族の生活の中には 宗教的行事が多い。
 仏教、ヒンズー教、土着の宗教が、入り混じり、人々の生活の中に入り込んでいる。
 朝夕に祖父母、父母が、近くの神々の像を敬い、礼拝を欠かすことはない。
 その姿を見ながら、子供たちは成長し、祖先から伝わってきた信仰を受け継いでいく。
 ここにカトマンズのネワール族の安定した家族関係、共同体の安定の基礎を
 見るような気がする。

 ネワール族の何人かの人たちは、ネワール族はたくさんの行事があって大変だと言う。
 しかし、それが共同体、家族の絆を深め、強固なものにしていることには気づかない。

 ネワール族の子供たちの世界を構成しているものは、クル・デェオタといわれる氏神を
 中心とした強固な氏族集団、仏教、ヒンズー教の祭りなどをともに催す集落共同体の
 世界でもある。
 信仰とつながりの深い共同体の中で生活しているネワール族の社会では、犯罪は少ない。
 親族を大切にするネワール社会では 親殺し、子殺しなど考えられない。

 寺院や集落の中にある大小の広場は、子供たちの遊びの場所であり、触れ合いの場所だ。
 その中心には必ず神々の像が置かれ、広場は集落の宗教行事の中心的な場でもある。
 子供たちの遊びには干渉しないが、大人たちの目が行き届いている安心して遊べる場所だ。

 子供たちは 日々の生活の中で大人たちの生活を眺め、大人から子供への文化の伝承が
 この広場の中で自然に行われている。

 近代的な価値観が、入り込んで来ているカトマンズではあるが、
 ネワール社会の中ではまだまだ、昔ながらの生活習慣が生き続けている。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

 カトマンズの街では、一歩 家の外を出ると、街の中で生活している人々の
 生きる息吹のようなものを感じることが出来る。
 通りが、小さな広場が、カトマンズの人々の生活の舞台である。
 路上の物売り、何をするでもなく所在無く座り込んでいる人、
 暇つぶしのおしゃべりに夢中の人、道端で賭け事にふける人、通りの人々のそんな姿を
 見ているだけでも、飽きることはない。

 東京に帰ってきて、通りを歩いていても、人間の生きている息遣いを感じることが
 出来ないのは、どういうことだろう。
 用もないのに、声をかけることなど、考えられないことだし、声などかけようものなら
 不信がられるのは当たり前だし、通りは、歩き、移動する以上の場所ではない。

 カトマンズやバンコクなら、いつも歩く通りなら、いつの間にか、馴染みの人間も出来、
 声をかけたり、眼を合わせたりするようになるものだ。
 そして、街や通りが馴染んできて、自分の身体の一部になっていく。
 ずっと、東京に住み続けている人間にとっては、通りはそんなものだと思うのは
 当然なのだろうが、東京より、カトマンズ、バンコクの生活の方が長くなった
 自分にとっては、あまりに素っ気なく、かかわりの持てない街のように思えてしまう。

 カトマンズのどこを歩いていても、人間が生地のまま生きている姿を見かける。
 出会った人々に声をかけるということもおかしなことではないし、一緒に座り込んで
 話を始めることも自然に行える。
 人間に対して関心を持つ、同じ街に生きているという共感が どこか感じられる。
 人間が生きている街の姿がそこにはある。

 カトマンズのハヌマンドカの旧王宮広場の近くの坂道で 一山10ルピーの野菜を
 並べて、ささやかな商いに精を出すおばさん、話しかければ、気楽に話もはずんでくる。
 みんな、生活は楽ではないにしても、人間としての余裕が感じられる。
 私とおばさんが話をしていれば、近くで同じように野菜を売っている人たちも
 関心を持ち、耳を傾け、時には会話に加わる。

 そんな人との関わりを25年近く続けていると、日本の方が、私にとっては
 異文化のように思えてくる。
 使う言葉も 時間的にみれば、日本語を使うより、タイ語やネパール語を使う
 時間の方がはるかに多くなっている。
 25年間の中で大きく変わってしまった日本人と話す方が、余程 神経を使う。
 私が25年前に持っていた日本人のイメージとは あまりにかけ離れてしまっている
 からだ。

 カトマンズやバンコクなら、人々の行動もある程度、予測も出来るが、
 今の東京で、日本人の行動の予測は出来ない。
 ネパール人やタイ人、インド人が日本にやってきて、どんな気持ちで生活しているのか、
 気にかかる。
 彼らの日本に対する憧れは、一体どういうものなのだろう。
 私にとっては、カトマンズやバンコクにいるほうが、人間を近くに感じることが出来る。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]

イメージ 1

 カトマンズの市場に出かけると、必ず眼にするものは、大小様々の豆類だ。
 大豆、小豆、空豆、インゲン豆、えんどう豆と数え上げれば、きりがない。
 それとともにダールと呼ばれている穀類もある。
 これら豆類は、ネパール人がたんぱく質として摂取する重要なものだ。

 ネパールの食の形は、ダール・バート・タルカリ、ダールと呼ばれる豆汁、バートと
 呼ばれるご飯、そしてタルカリと呼ばれる野菜カレー、それに、トマト味、香辛料味の
 少し酸っぱいピクルスのようなものがつく、それが一般的である。
 肉や魚は、肉カレー、魚カレーにして食べるが、たまに食べる程度で、
 毎日というわけにはいかない。

 カトマンズ盆地のネワール族は、他の民族に比べると、肉を食べることが多いが、
 行事の多い彼らは、そのご馳走として水牛肉の料理を食べる。
 しかし、毎日というわけではない。
 大抵は、肉なしのダール・バート・タルカリであることが多い。

 カトマンズ盆地から離れれば、このダール・バート・タルカリなど食べず、
 ディローと呼ばれる、とうもろこしの粉、ヒコクビエの粉をお湯で溶いたものが
 主食で、米など贅沢品になる。

 ヤギ、鶏、アヒルなどは飼ってはいても、自分たちの口に入れるものではなく、
 換金のためのものだ。
 これらの家畜を売って、砂糖、塩、香辛料、油、服、薬などを買うお金を
 手にするのである。

 肉などのご馳走を口にするのは、ネパール最大の祭りダサインのときぐらいのものだ。
 確かにネパール人も肉は好きだが、彼らは彼らの環境の中で、適応して生活している
 のである。
 別にそれで飢えて死ぬわけではない。

 自分の小さいときのことを思い出してみても、肉などいつも食べるものではなく、
 ご馳走など 正月に食べていたくらいで、ネパールとあまり変わりはなかったのかも
 知れない。
 たんぱく質など豆腐や豆類で取っていた。

 そんなネパールから、日本に帰ってくるたびに、日本人の食べ物に対する関心、
 執着が年々、強くなっていることだ。
 テレビをつければ、これでもかというほどの料理番組、グルメ番組、食べ物を
 ゲームにして遊んでいる番組、日本人の食べ物に対する良識は、
 どこに行ってしまったのかと疑いを持ってしまう。
 これらの番組を眼にするたびに、食べていない自分たちの方がおかしいのかと
 思えてしまうほどである。

 アフリカの飢餓を放送している同じテレビ局が、飽食番組・グルメ番組を飽きもせず、
 毎日のように放送している。
 万事が万事、こんな調子だ。
 今日一日、どうにか食べることが出来たことを有難がるという謙虚さは、
 もうこの国では失われてしまっている。
 これでは、世界を襲っている飢餓など想像する想像力など、
 日本人に期待する方が無理なのだろう。
 食べ物を粗末にしてはならないよという言葉は 誰の口からでてくるのだろう。
 粗食という言葉は、日本では死語になりつつある。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++
   ** 忘れないでね **
          ↓

 にほんブログ村ランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]

 人気ブログランキングに参加しています。
 *面白いと思ったら下のアドレスをクリック*
 [ http://blog.with2%2enet/in.php?590199 ]


.
hikaruno
hikaruno
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

標準グループ

美術・工芸

日本の政治

海外情報

ニュース

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
友だち(5)
  • yag*o*ama
  • ピタル…☆
  • はーちゃん
  • アジアや世界の歴史や環境を学ぶ
  • ミーヤー
友だち一覧

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事