アジアの街角 一枚の写真から

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 カトマンズのネワール族の住む地域に行くと、チョークと呼ばれる広場に
 老人たちが座り込んで、のんびりした午後の時間を過ごしているのを
 よく見かける。
 ネワール族の集落には、3階、4階建てのレンガ造りの建物に囲まれた広場があり、
 そこが憩いの場所になっている。
 老人、若者、子供たちが、集落に住む人々との触れ合いを求めて、
 この広場に集まって来る。

 60,70歳を過ぎたネワール族の老女たちが、広場の片隅に座り込んで、
 満ち足りた表情で、午後のひと時を過ごしている。
 ネワール族のサッキャ・カースト(仏教徒)の女たちだ。
 主だった家の仕事は、嫁たちに任せ、午後になると、幼なじみ、親戚のものたちと
 のんびりしたひと時を過ごすのである。

 ネワール族は、大家族制の習慣があり、この老人たちの息子家族も、
 同じ家の中に住むのが普通だ。
 娘たちは結婚すれば、家を出て行く。
 息子が三人いると、息子が結婚すれば、息子の嫁、その子供が同居することになる。
 だから、家族10人以上というのは当たり前である。

 息子たちの家族は、母親であるこの老女たちに生活費を渡し、
 彼女たちが家庭を取りまとめていく。
 彼女たちがなくなると、大家族にまとまりがなくなり、
 財産分けの問題が出てくることもある。

 カトマンズの昔からの先住民族であるネワール族は、他の民族に比べれば、
 土地も家もあり、豊かな民族といえる。
 しかし先進諸国に比べれば、決して物質的に豊かだとはいえない。
 豊かでないから、互いに支えあうともいえる。
 そこから来た実りの証が、このネワール族の年老いた女たちの姿である。

 日本では、子供たちの世話にならないことを前提として、生活を考えていく。
 年金、医療など社会制度もどうなっていくかわからない。
 老後のために貯めておいたお金をねらう振り込め詐欺、おれおれ詐欺、
 ものを買わせる悪徳業者、孤独な老人だけでは防ぎきれないくらいの執拗さで
 迫ってくる。
 アメリカ的な似非自由主義、似非個人主義を謳ってきた核家族制度の結果が
 今の家族問題、老人問題だ。
 古い伝統を捨て、すぐに新しいものに走る日本人の欠点の結果だ。
 それを進めてきた政府、それを信じてきた国民、にっちもさっちも行かないところまで
 日本は来てしまった。

 こんな時には、一番身近な家族で支えあうというのが本当であるが、
 その家族も崩壊寸前だ。
 それすら、気がつかないで、安心しきっているところもある。

 いつかは誰しも歳を取り、老後を迎える。
 支えあう人間を失った老後を考えることも出来ないくらい想像力を失った日本人なの
 だろうか。
 みんな自分だけは違うと思っているのだろうか。


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 制憲議会選挙で新しい国会議員が選ばれてから、早3ヶ月以上も経つというのに
 新しい政府は、成立しない。
 国のため、国民のためという姿勢のない政党、政党の幹部たちが、利権だけを
 追い求めている結果だ。

 カトマンズのハヌマンドカの旧王宮広場からバグマティ川方面のテクに向かって
 歩き始めると、昔と少しも姿を変えていない古い商店街の街並みがある。
 このあたりの建物は、100年、150年前に建てられたものが多い。
 商いの形も、昔ながらのネワール族の商いの形だ。

 ネワール族といえば、リッチャビの時代、今から1500年以上前から
 このカトマンズ盆地に住みついてきた先住民族である。
 昔は、チベット貿易、インド貿易を担っていた民族だ。
 ラナ家専制時代に、インドのマルワリ商人にその地位を奪われ、昔のような勢いはない。

 昔は賑わいを見せたと思われる通りを歩いていると、
 古い装いの雑貨屋が 目に入ってきた。
 店の前では、何人かのネワール族の人たちが、おしゃべりに興じている。
 別に買い物にやってきたという様子もなく、店の前で、談笑しているだけだ。
 
 カトマンズの雑貨屋の店先は、地域の人の談笑の場であり、情報交換の場所だ。
 店の主人も、それを邪魔にすることもせず、むしろ、固定客を作るために利用しており、
 嫌がる様子もない。
 店によっては、地域の情報交換、触れ合いの場所を与え、気楽に店にやってくることが
 出来るように、いくつかの椅子を並べているところもある。

 スーパーやデパートが数多く出来てきたカトマンズであるが、
 カトマンズ庶民たちの買い物の場所の主流は こうした気安い店だ。
 カトマンズ庶民たちにとって、こうした店は、懐具合で物を買うことが出来る。
 米、小麦粉、砂糖なども 200グラム単位で買うことも出来るし、
 相手の素性がはっきりしていれば、付けで買うことも出来る。

 東京の板橋区にある高島平団地の中の商店街が 住民の高齢化のために半分以上が
 閉店になっているという。
 このカトマンズの店のように、地域の住民たちとの気楽な触れ合いが
 あったのだろうかと気にもなる。
 売れればいい、儲かればよいというだけでは、いつかは、住民に見放されてしまうのは
 必然の結果だろう。
 商い+アルファがなければ、人を長くひきつけることも出来ないだろう。

 この雑貨屋の主人は ネワール・カーストのマナンダール(菜種油の製造・販売)と
 いうカーストに属している。
 この地域一体は、マナンダール・カースト、ランジットカール・カースト
 (布のプリント、染めに従事)の人たちの生活場所だ。
 店にやってくる人たちも昔からの古いつながりの人たちが多い。
 地域の住民との深いつながりがなければ、商いは時代の流れに押し流されていくだろう。
 個人商店が 無味乾燥な大型スーパーに対抗していく知恵を、
 カトマンズの小さな店は 実践しているのである。


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 カトマンズのアッサン広場は、カトマンズの中心でありながら、
 昔からの姿が、そのまま残っている地域だ。
 そんなアッサン広場の片隅に 昔ながら商いをしている古ぼけた雑貨屋がある。
 20年以上前も同じように 古ぼけた店だった。

 20年以上前、この店で フィンと呼ばれているチベット経由でやってきている
 春雨のようなものを買ったことがある。
 もうこの頃から、チベット経由で多くの中国製品が入ってくるようになっていた。
 中国製の陶器などもよく見かけるようになっていた。
 ネワール族のトゥラダと呼ばれているチベット貿易を扱うカーストの人たちの
 仕事だった。
 古い昔にチベットへ出かけたサッキャ・カースト(仏教徒)の人が、
 チベット人女性と結婚して、生まれたカーストであるといわれている。
 このアッサンバザールの商店の大半は トゥラダ・カーストの人たちのものだ。

 フィンと呼ばれる春雨のようなもの、日本で売られている春雨に比べると
 かなり太めのもので よく白滝代わりに使った。
 すき焼き風な煮物をつくると、煮てもしっかりしていて重宝したものだった。

 この店の前を通ると、そのフィンという食べ物のことを思い出す。
 今は、そのフィンという食べ物は姿を消し、日本と同じような春雨が、売られている。
 店の姿は昔ながらのものであるが、店主は代が替わり、その息子の代になっているようだ。
 売られているものも相変わらず、カトマンズ庶民相手のもので、目新しい今時のものは
 置いていないようだ。

 そんなカトマンズの姿を見ているとほっとする。
 変わっていくことが 進歩のように錯覚しているこの世界であるが、
 変わっていくで 人間に何をもたらしているのかを吟味していく必要もあるだろう。
 人間が生きていくうえで、本当に必要なものは何か、
 そんなことを 昔ながらのこの店は 問いかけている。


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 バンコクの繁華街、シーロム道路とスリウォング道路に囲まれた界隈を当てもなく
 歩き回っていると、時代に取り残されたかのよう建っている木造住宅に出会うことが
 ある。
 そんな木造住宅を見ると、古いアジアを見つけたような気持ちになり、
 懐かしい気持ちになる。
 4,50年前のバンコクの木造住宅の姿から、同じ時代の日本の木造住宅を 
 思い起こさせるせいもあるのだろう。

 蒸し暑いバンコクでは、こうした木造の家屋に蒸し暑さから逃れるための知恵が
 工夫されている。
 今時のセメントのブロックを使った家は、壁にも暑さがこもり、夜になっても
 家の中は、涼しくはならない。
 それは日本でも同じだろう。
 エアコンなしでは、耐えられない生活になってしまっている。

 それぞれの国の天候や環境にあった家造りは、人々の知恵が凝縮されている。
 カトマンズでは、昔は レンガと木と土を使って、家が建てられていた。
 木と土が断熱材の役割を果たし、冬でも温かく寒さを防ぐことが出来たが、
 今は土がセメントに変わり、暖房設備なしには冬は堪えられないものに
 変わってしまっている。

 快適な生活のために自然素材を生かすのではなく、文明の利器を使うことによって
 快適な生活を保障するというのが、今のやり方である。
 電気、ガス、石油なしには 成り立たない生活だ。
 都市に人口が集中すれば、土地不足から、高層住宅が建ち並ぶ。
 そして、それに見合ったモダンライフを人々は求めていく。

 今バンコクで、こうした木造住宅に住んでいるのは、間借りの人たちだ。
 家主は、とっくに郊外に今風のモダン住宅を建て、移り住んでいる。
 収入の少ない間借り人からすれば、こうした木造住宅であれば、扇風機だけで
 涼を得ることも出来る。1階には炊事場もある。
 余計なお金を使う必要もない。

 地球に優しい環境造りということが話題に上ることが多い昨今である。
 省エネ、エコーもブームである。
 それを実践していくなら、昔ながらの生活の知恵、特に環境に対する家造りの知恵と
 今ある知恵なり文明を組み合わせることも必要だ。

 どこまで便利さと快適さを求めるのか、それが何によって支えられているのか、
 一考することも必要だろう。
 便利さと快適さを求めれば、それに見合った財力も必要になり、ひたすら働き続ける
 ことになる。
 便利さと快適さを求めるあまり、生活するための本当の知恵は失われていっている
 ようにも思える。
 少し、生活環境が一変すれば、すぐさま不適応を起こすのが、
 今の日本の人々なのではという気もしてくる。


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 カトマンズのバソンタプール 旧王宮広場といえば、旅行者が必ず訪れる場所だ。
 この界隈には 仕事をするでもなく、日長一日座り込んで時間の流れるまま、
 その日を過ごしている人たちをよく見かける。
 カトマンズに仕事を求めてきた人もいるだろうし、ここにやってくる旅行者を目当てに
 やってきている人もいるだろう。

 普通の人、変わった人、おかしな人、異常な人と人間は、その行動、姿・形によって
 人を分類していくのが 人間の常であるが、ネパールなどは、その区分けがあまり
 はっきりしない世界だという気がする。

 普通であるとか普通ではないとかという絶対的な基準など、国によって様々だし、
 これほど曖昧なものもないだろう。
 これは社会が人を受け入れることが出来る受容性、寛容性によって違ってくる
 ものだろう。
 ヨーロッパにおいても、人より変わった生活をしている、変わった能力を持っていると
 いう理由で、多くの女性が、魔女だとレッテルを貼られ、魔女裁判で多くの女性が
 命を奪われている。

 正常である、異常であるという境界線は、それぞれの時代の、
 あるいはそれぞれの基準があって、生きている人間とは無関係に 動いていくものなのだろう。

 日本だってそうだろう。
 今の日本、50年前の日本、100年前の日本と 正常・異常の基準、境界線は
 かなり違ったものだったに違いない。

 100年前まで、あるいは50年前だったら、受け入れられていた人間が、
 今の時代では受け入れてもらえない。
 受け入れてもらえなければ、不適応と見なされ、普通ではない、ひどい場合には
 異常ということにもなる。

 今の日本のような能力主義の社会では、生産をする上でその能力が有用かどうか、
 日本の経済発展のために有用かどうかで判断されることが多くなっている。
 教育現場では 学力主義が再び蘇っている。
 日本の経済力を育てるためには、高い学力が必要というわけだ。
 ここには、子供たちが 人間らしく生きるという発想は感じられない。

 こうした日本の流れに乗れなかった人間は、不適応者を見なされ、
 生きる場を失ってしまう。
 正社員、派遣社員、パートと職場の中に 区分けは生まれ、人間同士のつながりは薄れ、
 支えあって仕事をすることもなくなる。
 仲間意識など生まれようもない。
 人付き合いが良い、人当たりが良いという表面的な能力は有用されても、
 無口で、人付き合いの悪い人間にとっては 居心地の悪い世界になっていく。

 昔は無口で人付き合いの悪い人間は、自然を相手にする農業、
 物を相手にする手仕事の世界で生きるということも出来たが、
 こういう世界は どんどん失われ、生きる世界は 益々狭まってきている。

 人間が人間らしく生きることを無視した経済成長は、不適応者をどんどん生み出して
 いくだろうが、それは当人たちの責任だけではないような気もするのである。
 不適応者がどんどん増えていけば、その不適応に対する行動様式に 病名がつけられ、
 レッテルが貼られていく。
 儲かるのは、精神科や心療内科の医者たちというわけだ。
 こんな治療は、対処療法で、本当の治療にはならないだろう。
 問題の本質は、社会そのものが病んでいることなのだから。


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