東京

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 台風18号が関東地方を通過する最中に カトマンズ、バンコクでの5ヶ月の生活を
 終え、帰国した。
 5月の連休後に 日本を発ったから、春から秋へと季節は移っている。
 カトマンズ、バンコクともに真夏のような季節を5ヶ月も過ごして帰国すると、
 汗をかくことのない日本の秋の気候は 快適なものである。

 帰国してからの10日間は 展示会のための案内状作り、展示会場になるギャラリーの
 オーナーとの打ち合わせと落ち着かない日が続いた。
 案内状も出来上がり、やっと一息ついたところだ。

 今やっていることといえば、展示会で展示するブータンの野蚕の手紡ぎ布などの選択で
 ある。
 古い布を出してきては ほつれている箇所を 針と糸を使っての針仕事で修復している。
 ブータンのキラ(女性用衣装)などは 織り上げた幅50cm 長さ250cm前後の
 3枚の布を縫い合わせて作る。
 そのために 古い布になると その縫い合わせの部分がほつれてくる。
 それを縫い直す作業である。
 こうした手作業は 時間がかかり、面倒なものだが、黙々と手を使って 
 針を動かしていると 意外と心が落ち着いてくるものだ。

 朝からそんな作業をしていると 眼がしょぼしょぼしてきて、肩も凝ってくるので、
 近くの公園に散歩に出かけることになる。
 昨日の日曜日は 秋晴れの上天気だった。
 寒くもなければ、暑くもない絶好の散歩日和、少し外を歩けば、汗が噴出してくる
 バンコクの気候とは大違いだ。

 公園の中の木々は 春とはすっかり様変わりをしている。
 前回帰国した桜の季節の公園とは違って 今は桜の木もすっかり葉を落としている。
 イチョウの木も少しずつ黄色に色づき始めている。
 東京の都心の紅葉の最盛期は 11月の始め頃だろう。
 公園の中では 人々はジョギングに精を出し、テニスコートでは若者たちがテニスに
 励んでいる。
 公園の中の広場では 親子連れがキャッチボールやボール蹴りを楽しんでいる。
 平日は ホームレス風な人やただただベンチに座り込んでいる人の目立つ公園の中で
 あるが、休日には 公園も生気を取り戻す。
 平和な日曜日の午後である。

 公園を出て 運河沿いを歩く。
 運河に釣り糸をたれて、はぜ釣りを楽しんでいる人の姿が多い。
 この不況時 お金のかかる娯楽より、こうしたささやかな楽しみの方が好まれるのかも
 しれない。
 1番上の写真は 帰国した翌日の台風一過の空であるが 今日は雲一つない秋晴れの
 空だ。
 運河の水に映る建物の姿が美しい。これも春とは違う点だ。

 こうして東京の秋の自然を楽しみながらも 自分にとっては 日本も異国のような
 ものになっている。
 毎日 途切れることなくそこで生活しているから 故郷にもなるし、母国にもなる。
 今の自分から見れば、故郷でもあったし、母国でもあったという過去形の世界に
 なっている。
 豊かな人間関係が育ち、つながりのある地域社会があって、故郷も母国も現実のものに
 なる。

 40年前に田舎から出てきて 15年ばかり住んだ東京、田舎から出てきたときに
 いつも耳にし、口ずさんでいた曲に 吉田拓郎の『どうしてこんなに悲しんだろう』が
 ある。
 東京に溶け込もうとしてもがいていた自分の気持ちと同じものを感じたのだろう。
 その思いは 40年たった今も どこかに残っている。


   どうしてこんなに悲しいんだろう
            吉田拓郎 作詞・作曲

   悲しいだろう 皆同じさ
   同じ夜を むかえてる
   風の中を 一人歩けば
   枯葉が肩で ささやくョ

   どうしてだろう このむなしさは
   誰かに逢えば しずまるかい
   こうして空を 見あげていると
   生きてることさえ むなしいョ

   これが自由というものかしら
   自由になると 淋しいかい
   やっと一人になれたからって
   涙がでたんじゃ困るのサ
   やっぱり僕はひとにもまれて
   皆の中で 生きるのサ

   人の心は 暖かいのサ
   明日はもう一度 ふれたいな
   一人ごとです 気にとめないで
   ときには こんなに思うけど
   明日になるといつもの様に
   心を閉ざしている僕さ

 どうしてこんなに悲しいんだろう/吉田拓郎
 http://www.youtube.com/watch?v=XnBoha90koM&feature=related


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東京 共生する社会

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 よく訪れるブログの中の記事を読んでいると こんなことが書かれてあった。

  「西洋文明と東アジア文明の違い」  世界経済を認識する基礎
   ●西洋文明と東アジア文明の違い
   http://sun.ap.teacup.com/souun/1764.html

  〜 西洋文明は、「悪」を強調することで「善」を高め、「悪」の脅威をふれまわることで
  まとまってきた。はじめから共存を否定しているので、まとまるためには、
  どこかに「悪」という「敵」が必要になる。

  一方、東アジア文明は、「共存」が基本だった。西洋文明は「異質な敵」を見つけ出し
  「排除」するのが常識だったが、東アジア文明は「異質」の「混在」が常識だった。
  過去から現在まで、東アジアが同じだったことはない。両者の歴史を比較してみれば、
  文明に本質的な違いがあったことがわかるだろう。

  欧米のように、わざと違いを際立たせ、すべてを善悪で判断しようとしたら、
  永遠に共存(和)などありえない。違いを認めることが、共存への第一歩だからだ。
  自分と違うものをみな敵にしてしまえば、いつまでたっても平和がくるはずがない
  だろう。

  西洋文明と東アジア文明は、まったく正反対といっていいほど異なる文明だった。
  基本となる価値観が違いすぎるため、文明の観点から語らないととんでもない過ちを犯す。
  それなのに、文明の違いを無視して強引に比較してくるので、東アジア文明
  など存在しないとまでいい出す人間がいる。西洋文明の常識を世界の常識にして
  しまうのは、とんでもない誤りである。

  東アジア文明は、ひと言でいうなら多様性である。東アジア文明には寛容という
  共通点があるから、文明の多様性を保っていられる。

  西洋文明は、同一性である。だが、同一性があるのは、排他的な文明だからだ。
  常に自分の考えを他人に押しつけ、多様性を認めないからみな同じなのだ。

  東アジア文明は、たとえていうなら寄せ鍋だろう。寄せ鍋の良さは、ひとつ一つの
  具がダシとなって、互いに生かしあっている点である。あくまで、似ていて異なる
  文明なので、具のひとつを取り上げて、それが寄せ鍋だとはいえない。

  寄せ鍋をするなら、同じ鍋に色々な具を入れる寛容さが必要である。
  この「多様性」を許す「寛容さ」で「共存」することで、ひとつのまとまりに
  なっていた。

  西洋のように、「排他性」で「同一性」を保つのとは、本質的に違うのである。

  それにも関わらず、東アジアはバラバラで共通点がないから、「西洋文明の常識で、
  東アジアを統一しろ」と平気で主張する人間までいる。驚いたことに、東アジアの
  多様性を評価するどころか、悪いことだといっている。
  民族にも宗教にもこだわらずに、みんなで仲良く共存してきた文明を否定して、
  常に自分が正しいといって譲らない文明を受け入れることが本当にいいことなの
  だろうか。

  資本主義や民主主義は、“一本化された文明が作った制度”である。
  それを多様性のある文明が取り入れれば、矛盾が生まれて当然なのだ。
  だからこそ、日本型資本主義も誕生した。

  日本型資本主義と欧米型の違いは、自分さえよければいい資本主義と、みんなで
  豊かさを分かち合う違いである。この差は、すべて文明から生まれていた。
  東アジア経済が復活したのも、日本が無意識に進めた共存の概念のお陰だった。

  もし日本が自分さえ儲かっていればいいと考えたら、東アジア経済の復興など
  ありえなかっただろう。

  すべては、文明の違いをどう解決するかにあった。資本主義や民主主義のために
  「自分の文明を捨てる」のか、それとも資本主義と民主主義の方を妥協させて
  「自分の文明に合わせる」のか、どちらの道を選ぶのかである。

  西洋文明の常識から逃れなくては、東アジア文明の価値を見い出すことはできない。
  東アジア文明を愚弄する前に、まず理解することが必要だろう。〜
           
              〜 晴耕雨読(http://sun.ap.teacup.com/souun/)より

 
 この26年間 日本で生活するより、タイやネパールで生活するほうが長い。
 カトマンズで生活していると カトマンズ庶民の生活水準は 日本と比べると
 はるかに低い。
 カトマンズを流れるバグマティ川の岸辺には バラック建てのスラムが建ち並んで
 いるし、多くの人たちは狭い部屋を借りて、家族3,4人で生活している。
 大半の部屋には 台所もトイレ・浴室もない。
 ここ10年以上に渡って、カトマンズの人口は増加し続け、地方からカトマンズに
 やって来た人たちが住む場所を見つけることも難しくなっている。
 確かに皆 貧しいといっていいだろう。
 しかし、こうしたカトマンズ庶民の表情を眺めていると 意外と明るいのである。

 貧しい人たちの生活を見ていると 孤立していないのである。
 貧しいもの同士が寄り添って 互いに支えあって 生活していこうという姿がある。
 少なくとも カトマンズについていえば 飢え死にしたという話はあまり聞かない。

 カトマンズ盆地に昔から住んでいる民族はネワール族という民族で 彼らは民族や地域、
 血縁関係の絆を強めるために 数多くの行事がある。
 行事の際に作られた食べ物は 余れば、貧しい人たち、物乞いの人たちに与える習慣が
 ある。
 多くの行事を通して 過剰な富を分配していくことにもなっていた。
 寺院を造る、仏像を喜捨する、数多くの宗教行事、血縁関係の行事を行う 
 これらのことで過剰な富を社会に還元していたのである。

 私が初めてネパールを訪れた26年前は こうしたことが 当たり前のこととして
 行われていたが ここ10年ばかりで 世相は随分変わってしまった。
 金持ちたちは 投資のために土地を買いあさる、株式投資に熱中することで富を
 貯め込むことばかりに興味を示し、宗教的な行事や血族関係の行事などはだんだん
 簡素化し、持っている富を吐き出すことはなくなってきている。
 遅ればせながら、ネパールも日本や欧米の価値観を追いかけ始めている。

 昔も富裕層が大半で 大半が貧しい人たちだったが、機会があれば、富裕層は
 その富を社会に還元していたが、今では儲けたお金を貯め込むだけで 社会に
 還元することはない、そして 貧しい人たちに分け合うこともなくなっている。

 カトマンズは ここ10年ばかり カトマンズ庶民は 水不足で苦しんでいる。
 カトマンズ庶民の唯一の救いといえば、今から 3,4百年前のマッラ王朝時代に
 造られたドゥンゲ・ダーラ(石造りの共同水場)である。
 こうしたドゥンゲ・ダーラが街の至るところにある。
 しかし、民主化後 20年近い時間が流れたが、汚職ばかりが横行し、カトマンズ
 市内のインフラは 一向に進まない。
 水不足と電力不足は ここ4,5年最悪の状態である。

 それでもカトマンズ庶民は 少ない収入の中で どうにか生活している。
 日本人だったら、到底耐えられない状況でも お互いに助け合う、支えあうことに
 よって どうにか耐えている。
 親・兄弟、親戚など絆がしっかりと残っており、助け合う形が残っているからだ。
 自己責任、個人主義といった西洋的な価値観ではなく、人間は基本的には弱い存在で
 あることを知っているからだ。
 それが優しさにつながっている。だから、助け合うのである。
 この優しさを忘れた社会が 今のアメリカであり、それに追従してきた日本なのでは
 ないだろうか。
 強い人間だけが生き残る世界、ずる賢い人間が富を独占する世界、そこには優しさと
 いう言葉はない。
 東アジアだけでなく 東南アジアも南アジアも 共生を大切にする社会だったはずで
 ある。

 日本人旅行者が ネパールにやってきて ほっとするのは 古き良き日本の原型を
 見出すからなのではないか、そんな気がしてくる。



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 日本に帰国したときに 今の場所に滞在するようになって 14,5年になる。
 初めの頃は 近くにスーパーマーケットはなく 買い物をするといえば、
 1キロ以上まで行く必要があった。
 それから2,3年経つと 近くにスーパーマーケットが出来、そこをもっぱら
 利用することが多くなった。
 このスーパー、出来た頃は 閉店時間は夜8時、それが9時、10時となり、
 今では真夜中の1時が 閉店時間になっている。

 閉店時間が遅くなってくると、閉店時間の1時間前から肉・魚、惣菜、弁当類が
 割引価格になってくる。
 閉店時間に近づけば、近づくほど、どんどん安くなる。
 収入の少ない私にとっては 有難いことだが、閉店時間が遅くなるにつれて、私の
 食事の時間も遅くなってしまうことになる。
 時間に追われる生活をしているわけではないので それは構わないのだけれど、
 夜12時過ぎても この安売りになる時間を目当てにやってくる人たちも
 意外と多い。
 私もその中の一人である。
 
 閉店時間の30分前ぐらいから その日に売り切らなくてはならない肉・魚、惣菜、
 弁当類は 定価の3分の1程度になる。
 このことは 最近 気がついた。半額以下にはならないだろうと思っていたのである。
 大半の客は 独り住まいの人が多いようだ。
 収入が少なければ、少ないなりに 工夫するよりは仕方がない。
 年収200万円以下の労働者が1千万人を超え、年収300万円以下の労働者が
 日本の人口の半分以上を占めるようになってきている世の中である。
 節約するか、共稼ぎでもしなければ 生活していけない世の中だが、家族がいれば 
 こんな時間にやってきて 夕食の材料を買うというわけにはいかないだろう。

 私が日本に住んでいた25年以上前といえば、夜中の10時を過ぎれば、大半の店は
 閉まり、買い物などは出来なかった。
 それでも 皆の生活はそれで成り立っていたのである。
 コンビニエンスストアやこんなスーパーが出来、便利にはなったが、
 人間が生きていくための生活時間という面では どうなのだろう。

 私は 1年のうち 大半はネパールのカトマンズかタイのバンコクで過ごすことが多い。

 バンコクは バンコクの中心部に住んでいるが 小さな商店は夜8時、9時になれば
 閉まり、大型スーパーであれば、夜9時閉店、遅いところで10時閉店である。
 バンコクのスーパーなどでも 閉店間際になると 惣菜類が割引になる。
 唯一開いている店といえば、24時間営業のセブンイレブンかファミリーマートだ。
 バンコクの一般の人々の生活もだんだん 日本並みの生活時間に近づき、
 特に刺激を求める若者たちの生活の仕方が 日本に近づいてきている。

 カトマンズであれば、旅行者の集まる場所を除けば、大半の店は夜8時過ぎになれば、
 閉まり、遅い店でも9時になれば 閉店になる。
 夜9時を過ぎれば、通りを歩く人の姿もまばらになる。
 カトマンズの人たちの生活の基本は まだ陽が昇れば 起き出し、日が沈めば 
 仕事を終え、夕方からはのんびり過ごすという生活の形が残っている。
 お金にはゆとりはないけれど 時間にはゆとりがあるという生活だ。
 夕方5時、6時には家に帰り、ネパールでは夕食時間が9時、10時だから、
 それまでの時間は 家族と一緒に過ごす、あるいは 通りに出て、行きつけの
 雑貨屋の前に並べられた椅子に座り込んで 近所の人たちと世間話を楽しむといった
 過ごし方である。
 刺激がないといえば、刺激のない生活ともいえる。

 刺激ばかりを追いかけ、家族、地域の中で共生する生活が失われていけば、
 孤立した自分が残るだけだ。
 今の日本の都会では 地方からやってきた働く若者にとっては それが当たり前の
 生活になっているのかもしれない。
 20代の若者が 凶悪な犯罪を引き起こす、片棒を担ぐ、自殺をするというのは
 育っていない他者と共生する能力や場の喪失、足場のはっきりしない未来に対する
 不安から来るのだろう。
 深夜遅く コンビニエンスストアやスーパーで カップヌードルや弁当を
 買って帰って、一人で食べる。
 そんな生活を長く続けていれば、いつか心は荒涼としたものになるだろう。

 私の場合は 20代から30代初めの頃までは 仕事にひたすら打ち込み、
 仲間もいたが、もし それがなかったら、どうなっていただろう。
 今の東京だったら、生きていけないかもしれない。
 過度な孤独は やはり 人間から 暖かい気持ちや希望を奪い取ってしまうものだ。

 バンコクでも カトマンズでも 遅い速いの差はあっても 若者たちの世界は
 確実に日本に近づいてきている。
 我々が望んでいた未来社会とは どんなものだったのだろう。
 皆 どこか こんなはずではなかったのにという思いがあるのでは
 ないだろうか。



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 展示会の案内状の写真を撮る、印刷会社へ送る原版を作ることが終わり、やっと
 一段落終了である。

 昨日は 気分転換に 夕方の4時過ぎに近くの運河沿いに作られた公園を散策して
 見ることにした。
 運河の秋晴れの雲ひとつない空の西の端では 陽が沈みかけている。
 この夕陽を追いかけて、歩いてみようという気になった。
 どこか 夕陽のよく見える場所を求めて 横十間川と呼ばれている運河沿いの歩道を
 歩き始める。
 この辺りは 横十間川親水公園になっており、子供たちのためのアスレチック公園や
 ボート乗り場がある。
 運河沿いの木々の葉は 紅葉にはまだ程遠い。
 東京の紅葉は 11月近くなってから始まる。
 この運河は南北に走る運河であるから、夕陽を見るには都合が悪い。
 この運河の南の端で 運河 仙台堀川に交わるから急いでそこまで行き着かなくては
 ならない。
 江東区には 親水公園が多く、この仙台掘川沿いも 仙台堀川親水公園になっている。
 この運河は 東西に流れているから この運河沿いに夕陽を追いかけて 西に向かう
 ことが出来る。

 夕陽は沈みかけているので 急ぎ足で夕陽のよく見える場所を目指す。
 途中 警察官は 自転車に乗ってやってきた若者をチェックしている。
 どうも 盗難自転車かどうか調べているらしい。
 マニュアル通りのチェックをしているような若い警察官である。
 自転車をみたら、盗難車だと思えといった対応ぶりである。
 秋の公園でのサイクリングにやってきた人たちからすれば、こんなチェックは
 不快感を与えるだけである。
 無線で自転車の登録番号を知らせ、盗難の自転車かどうかを確かめている。

 ひたすら歩き、仙台堀川親水公園の西の端までやってきたが 夕陽のよく見える
 場所には行き着かない。

 公園を出て 再び 運河沿いに歩き始める。
 そうすると 1キロばかり先に 大きな吊橋が見える。
 あの上に上れば、夕陽がよく見えるに違いないと思い、吊橋を目指す。
 吊橋の下は 都立木場公園という名の公園になっている。
 吊橋に上る道を探しながら、公園の中に入っていく。
 公園のベンチでは 70歳近い老人が眠り込んでいる。

 吊橋の入り口にやってくると てっきり 自動車のための吊橋だと思っていたら 
 運河の向こうの公園とこちら側の公園を結ぶ歩道としての吊橋だった。
 なんとも贅沢極まりない吊橋である。
 高度成長期の産物だろうか。
 あきれ果てて物が言えなくなってしまった。
 1日 何人の人間が渡る吊橋なのだろうか。

 吊橋の上に立つと もう夕陽は沈み、夕焼けが始まっていた。
 橋の下の草原では 何人かの高学年の小学生が 遊んでいる。
 大人に干渉されないような場所を探し当てたといった様子で遊び興じている。
 こんな草むらが 私の幼少年時代の遊び場だった。
 大人に管理された遊び場などでは 本当の楽しさは味わえないものだ。

 吊橋の上から夕陽を眺め、家路へと向かい始める。
 都会のビルの谷間に沈む夕陽を見ることは出来なかったけれど 夕焼けをのんびり
 眺めることは出来た。
 2週間前は バンコクのチャオプラヤ川に架かるサファン・プット(仏陀橋)の上で
 沈み行く夕陽を眺めていた。
 はるか遠い出来事のように思えてくる。

 夕闇がどんどん迫ってくる。
 後を振り返ると 夕焼けの中に吊橋が 浮かび上がっている。

 再び 親水公園の遊歩道を歩き始める。
 公園の中では 若い警察官が 飽きもせず 盗難の自転車のチェックをしている。
 口うるさい老人のチェックをしているらしく どうしてチェックをするのかと
 さんざん 文句を言われているようだ。
 確かに 自転車泥棒のように見られ、チェックをされれば、誰だっていい気持ちは
 しない。腹も立つ。
 東京も ますます世知辛くなっている。

 すっかり暗くなった公園の中を歩いて、部屋へと向かう。
 東京では この時期になると 夕方の6時を過ぎれば 暗闇の世界である。

 今までは 部屋の近くだけを散策していたけれど、江東区という場所だけ限っても
 興味深い場所は多い。
 江東区内の橋や運河を巡っても 楽しい散策になる。
 バンコクやカトマンズに比べると 自然も多く残っている。

 しかし、こうした親水公園も 犬の散歩、行き場を失った老人たちの
 時間つぶしの場所になっていて、生活のざわめきが聞こえてこない。
 皆 忙しすぎて こんな公園を生活の中で活用できなくなっているのだろう。
 定年退職をした人々も いきなり 海外長期滞在を考えるのではなく、身近な場所を
 もう一度 見つめ直してみる、そして自分の足元を考える落ち着きも大切なのでは
 と思えてくる。



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