ネパール キルティプール

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 キルティプールの坂道を登りつめていくと、レンガ造りのしゃれた門に出会う。
 この門はタンマール・トールの入り口である。
 今回のキルティプール訪問の主な目的は、ここを訪れることだった。
 7ヶ月前 この場所にやってきたとき、このタンマール・トールと呼ばれる地区の
 住民が、一団になって 村興しを始めていた。
 この地区の至る所に飾られている民具もその一環である。
 地区全体をネワール族の農民カースト マハルザンの民具を並べ、民芸博物館のように
 仕立て上げている。
 この地区の隅々まで掃除が行き届き、客を迎える準備も出来ている。
 地区の中心に至る途中の道筋には、伝統的なマハルザンの黒い衣装を身につけた女たちが 
 昔ながらの仕事を昔ながらのやり方で実演している。
 足踏み式の杵をついて、もみから米を搗き出したり、手つきのうすと杵を使って、
 チューラと呼ばれる乾し飯を搗き出している。
 所謂 エクジビッションである。しかし、それを眺める外国人の姿はない。
 
 そこを抜けると、広場に出る。
 広場の横には、古い民家を改造したレストランがある。
 そこからの展望は、なかなか素晴らしい。
 採り入れ時前の黄金色の麦畑を期待していたのだが、まだ緑のままだ。
 昔は一面の農地だったが、今は、たくさんの建物が建ち並んでいる。
 それでも吹き渡る風は、カトマンズ市内のものと違って、心地よく爽やかだ。

 ネワールの昼間に食べる簡単な食事 カザのセットを注文する。
 バーラ(大豆を磨り潰して、焼いたもの)、チューラ(乾し飯)、ツェラ(水牛肉の和え物)、
 大豆の煮たもの、菜種の芽の油いためなどが、木の葉で作った皿に盛られてくる。
 それに米のロキシがついて、百ルピー(170円)である。
 街のネワール族の軽食屋に比べると高めではある。
 メニューを見たが、大体2倍近くしているようだ。

 少し、気になったのでアドバイスをすることにした。
 なんとなくやっていれば、お金が儲かるだろうという安易な姿が見えたからだ。

 1、セットメニューは、おかずの種類は少なくして、値段を抑える。
  お酒つきの値段にせず、酒は別料金にする。人それぞれによって個人差がある。

 2、ゲストハウスも備えているのだから、1泊2日程度のツアーを組んで、
  夕食、朝食付き、宿泊付のキルティプール体験コースを作り上げ、カトマンズの
  旅行会社に売り込む。

 3、籾から白米を搗きだす、チューラ作り、バーラ作り、ネワール料理、
   ロキシの造り方などの体験コース、機織体験コースなどのツアーメニューも
   加える。

 ネワールの昔ながらの生活様式を経験することは、先進諸国の旅行者には
 興味深いことのように思われるが、どうだろう。
 そんなことをアドバイスしたが、どう受け止めたのだろうか。
 ネワール文化を体験することは、本当の意味での文化交流になる。
 外国人旅行者の反応を眺めることで、もう一度、彼ら自身、自分たちの文化を
 見直すことにもなるだろう。

 そんなことも含めて タンマール・トールのプロジェクトの成功を願っている。  


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 キルティプール旧市街に入る門を潜ると、ネワール族の一時代前の日常が始まる。
 喧騒のカトマンズからやって来ると、心休まる瞬間だ。
 迷路のように入組んだ路地に入り込んでみると、至る所に古い宗教的遺産が静かに
 佇んでいる。こうした遺跡の周りはきれいに清掃され、人々の心の中で宗教が 
 まだ生き生きと生き続けていることがわかる。

 今日は土曜日の休日、キルティプールの人々は それぞれに自らの時間を過ごしている。
 女たちは休日にもかかわらず、こまごまとした仕事に明け暮れている。
 男たちはといえば、パッティと呼ばれる寄合い所で、賭け事にふけっているのは 
 いつものことである。
 ネワール社会は男にとっては天国のようなところである。
 昔ながらのカトマンズの生活が、化石のように存在し、時の流れは、この町の中では
 ゆったりと流れていく。
 25年前と同じ時間の流れを 今なお留めている不思議な場所だ。
 丘の上に建つ町という特殊な条件は、大して人口増加をもたらすこともなく、
 現在に至っている。
 しかし、この町の周辺は、時代の流れの真っ只中にあり、急激な建築ラッシュである。
 旧市街とその外の対比がはなはだしければ、はなはだしいほど、キルティプールの
 良さは際立ってくる。

 まだ充分に観光化されていないこの町には カトマンズ、パタン、バクタプールと
 違って ぎすぎすしたところもなく、無理に自分たちの町を自慢する態度もなく、
 自然に自分たちの住むところを受け入れている穏やかさもある。
 とりたてて、外国人に自慢するような豪華な王宮があるわけでもなく、自慢できるものといえば 
 当たり前の静かな日常だけである。
 ネワール族の昔ながらの平和な日常、あわただしい先進諸国からやって来た旅行者に
 とっては、これほどの贈り物はない。

 我々日本人が失ってしまった大切なものが ここには凝縮されている。
 濃厚な人間関係を持った共同体、敬虔な信仰への姿勢、貧しいながらも日々の糧に
 喜びを感じる心、当たり前に生活することがどんなに価値あることであるが無意識に
 実践され手いる社会、それが、キルティプールにはまだ残っている。

 発展、所得倍増、モダンライフと謳い続けてきた日本は、人々の生活に何をもたらした
 のだろう。
 つつましく美しい日本人の生活はどこに行ったのだろう。
 今の日本に自慢すべきものが経済発展だけであるとすれば、こんな悲しいことはない。
 おかしいことに気がつかないままに、どうして味気ない日本になってしまったのか 
 わからないままに突き進んでいく日本、無感動、無批判、諦め、とんでもない罠に
 嵌っているような気がしてならない。
 あと2,30年もすれば、その悲惨な結果がはっきりしてくるだろう。


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 日中、外に出ると、真夏の暑さだ。カトマンズもすっかり本格的な夏を迎え、
 照りつける陽射しの強さには負けてしまいそうだ。
 毎日変ることなく計画停電が続き、今日は午前10時から午後2時までと
 午後8時から12時までの2回である。
 体調は先日からよくないが、電気のない家の中ではすることも限られ、電気を待つ
 気持ちも鬱陶しいので、カトマンズの郊外に出かけてみることにした。

 カトマンズのほうには向かわず、カトマンズのカリマティに近いバス停を目指して
 歩き始める。もう歩きまわるには 快適な気候とは言えなくなってしまった。
 真っ黒に汚れたバグマティ川にかかる橋を渡り、テクにある停留所に到着する。
 目的地をキルティプールかダッチンカリのどちらかに決め、マイクロバスかミニバスで
 早く来た方に目的地を決めることにする。
 やはり、本数の多いキルティプール行きが先にやって来た。
 運賃はテクからキルティプールまで9ルピー、20分近くで到着する。

 キルティプールは丘の上に造られたネワール族の古い町である。
 町を覆うように多くのレンガ造りの建物が建ち並んでいる。この町並みを見ると
 キルティプールにやってきたという実感が湧いてくる。

 キルティプールの旧市街へ行くには、石造りの階段を登りつめていかなくてはならない。
 その石段の横を走っている通りが、ナヤ・バザールと呼ばれている通りで、旧市街の外 
 にあたる。
 キルティプールのメインバザールだ。

 キルティプールに向かう石段の前に立ち、ため息をつく。
 この階段を一挙に登りつめるだけの体力は、 今の私にはもうない。
 一段一段、石段を踏みしめ登っていくと、目の前に幼い子が立っている。
 彼らにとっては、石段を登るのは日常のこと、いとも簡単に行き来しているのだろう。
 ハアハアと息を吐きながら、登っていくと、70歳近い老人が私と同じように辛そうに
 登っている。
 それでも私のように休憩はせず、ゆっくりゆっくりと登っていく。
 後ろを振り向くと、ネパールの国立大学 トリブバン大学の敷地が見える。
 25年前は、キルティプールの子供たちと一緒にこの敷地内で夕方になると、
 サッカーをしたものだ。
 まるで昨日のことのように子供たちの顔が目に浮かぶ。
 彼らももう30過ぎの大人になっているはずだ。
 その向こうには、スワヤンブナートが霞んで見える。
 25年の空気の汚染は、山も遠景も霞んだものにしてしまった。

 この石段の途中にダマイカースト(縫製職人)のプルナの家があったはずなのに、
 なくなってしまっている。
 ダマイというとネパールの低カーストに属することから、
 ときどきそのことでからかわれていたが、素直ないい子だった。
 マハルザンのラムやラッチマンと一緒に毎日のようにいえに遊びに来ていたものだ。

 その近くの畑地では老婆が、猫の額のような畑で作業している。
 その様子を見ながら、やっとのことでキルティプールの旧市街の門にたどり着いた。
 25年の歳月の経過は、確実に私の体力の衰えを証拠だてている。


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 ヨーロッパの中世を感じさせるようなレンガ造りの建物、ゆったりと流れる時間、
 物憂げな人々の表情や動き、こんな中で、バッハ、ヘンデル、テレマンなどを聴いていると、
 音楽が、心の音楽へと変貌し、心の中に深く染みとおって行くのがわかる。

 キルティプールが見渡せるような高台に登って、周囲の田園風景は眺めながら、
 バッハやヘンデルのフルートソナタ、テレマンの無伴奏フルートソナタなどに耳を傾けていれば、
 あなたはの心は、時間の流れの中に 自由に飛翔し、心豊かになっていくのがわかるはずだ。
 麦の収穫前の4月ごろ、米の収穫前の10月ごろには、田畑は、黄金色に染め上がる。
 そんな時には、ビバルディの四季を聴いてもよい。

 都会の喧騒に疲れたあなたの心を、キルティプールの風景とバロック音楽は、
 やさしく癒してくれるはずだ。
 聴くのなら、木管楽器がいい。
 キルティプールの人たちもよく木製のフルートを吹いている。
 
 私もここに住んでいた頃には、よく聴いたものだ。
 このキルティプールの時間の流れが、バロック音楽のゆったりしたリズム、
 のびやかさに実にぴったりと共鳴しあうのだ。バロック時代の人々の生活と、
 今のキルティプールの人々の生活の時間の流れの速さが一致するためかもしれない。

 次第にセピア色へと変わっていく夕暮れ時の風景、丘の上を目指して家路を急ぐ人々、
 すべてがバロックの世界なのである。
 キルティプールは カトマンズやパタンなどと違って、商いを糧とする街ではない。
 人々が、住み、生活するだけの街である。
 ただそれだけの街である。
 だから、変化の流れは遅い。だからいいのである。


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 このキルティプールで 3年近く、私の住んでいた家を探す。
 3ヶ月ほど住んだことのあるドルバドール・ビスタ氏の別宅であった家は、すぐに見つかった。
 ビスタ氏はネワール族ではない。チェットリー族である。

 キルティプールのすぐ下にある当時ネパールで唯一の大学、トリブバン大学の人類学教授であり、
 キルティプールの各家庭にトイレを作るプロジェクト、キルティプールの低カースト、
 ポーレ(掃除人カースト)、サイ(屠殺カースト)などの子供のために基金を集めて、
 小学校を造り、その子供たちに教育の機会を与えるプロジェクトに参加もしていた。
 その小学校を手伝うことを条件に、ビスタ氏の家を3ヶ月ほど 借りたのである。
 石造りのなかなかしゃれた家で、1階が台所と居間、2階が寝室とバスルームという
 間取りだった。
 電気は来ていたが、水道は来ていなかった。

 当時のキルティプールの丘の上に立つ家は、すべて同じ事情であった。
 ビスタ氏が、家にトイレを設置すれば、必要な資材は与えるというプロジェクトを
 勧めていたにもかかわらず、彼の家の周りの野原は、相変わらず、
 近くに住むキルティプールの住民のダーティプレイス、トイレの場所だったのだ。
 ビスタ氏が いくら説得しても、彼らは昔ながらの習慣を変えようとはせず、
 雨が降れば、降ったで傘をさし、カトマンズを眺めながら、毎日のお勤めを果たすのだった。
 その怒りと汚さから、どうもそこに住む気はなくなったようだ。

 このビスタ氏も今は行方不明である。行方不明になって、もう7,8年になるようだ。
 彼の息子が、彼を見つければ 10万ルピーの報奨金を与えると 新聞広告に掲載したが、
 見つからないままである。
 政治的な理由から抹殺されたか、放浪の旅に出たのか 誰も知らない。
 生きていれば、もう70歳近いはずだ。

 その家を管理している一人の青年がいた。
 名前は、サンカール・マハルザン、ネワール族の青年である。
 当時、サンカールは高校を卒業し、高校卒業資格試験の結果待ちの状況にあった。
 彼が、キルティプール社会の橋渡しをしてくれたのであった。
 そうこうする内に3ヶ月が経ち、ビスタ氏の家を出なくてはならなくなった。

 そこで浮上してきたのが、小さないえを建てるという話である。
 私のほうで3年分の家賃として10万円を前金で払うと言う約束で、
 サンカールの母親は、必要な残りのお金をかき集め、家を建てることになった。
 出来上がった家は、台所と居間兼寝室、そして家の外にトイレを作った。
 小さな一軒家だったが 眺めは素晴しかった。

 その家を探すが、見つからないのである。
 ビスタ氏の家はまだ残っていたから、その位置から推測してもそれらしい建物はなく、
 4,5階建ての家が建ち並ぶばかりである。
 サンカールの母親がその家にまだ住んでいるという話をを聞いていたので、
 場所に見当をつけ、その場所あたりの小さな雑貨屋で店番をしている女性に 
 「息子が、ドイツにいて、娘がアメリカにいる母親の家はどこか。」聞いてみると、
 「ここだ。」と答える。

 私の住んでいた場所は、雑貨屋兼住居に変わり、その上に4階を建て増し、
 大きな建物になっていた。
 「サンカールの母親はいるか。」と尋ねると、「いる」と言う。
 「元気でいるか」と尋ねると「元気だ」と答える。

 それがわかればいいと思い、その場を立ち去ろうとすると、「すぐ 案内するから」と言う。
 まあ、会ってみるのもいいかと思い直し、上階に上がっていく。
 「犬がいるかもしれないから、待つように」と言い残し、サンカールの母親を呼んでいる。
 「何のようだ」と言いながら、サンカールの母親が出てくる。
 20年ぶりの再会である。彼女は少し太ったぐらいで そんなには風貌は変わっていない。
 私を見ても、「こんな人、しらないよ。」「思い出せないよ」と言っている。
 どうも私のことをネパール人だと思っているらしい。
 「前に、ビスタ氏のうちに住み、その後、あなたが、家を建ててくれたではないか。
 その家に住んでいた日本人の私を忘れたのか。」と言うと、
 目が輝き、「入って!入って!」と部屋の中に案内してくれる。
 「太ってしまったから、わからなかった。」という。
 「冷たい飲み物は、いらないか。タルカリとチューラがあるから食べないか。」と歓待してくれる。
 早くに夫を亡くし、幼いサンカールとサンギットを抱えて、苦労してきた彼女は
 初めて出会った23年前は 42歳という歳以上に老けていた。

 それが今、65歳に近づいている彼女だが、当時と同じ面影を残している。
 とにかくよく働く人だった。
 それが 今は5階建ての建物の大家である。多くの部屋を賃貸し、
 ある程度収入もあるようだし、他にも土地を買ったと言っている。
 息子のサンカールは、ドイツに出稼ぎ。「母さんが、動けなくなったら、帰ってくるよ。」と
 言っているらしい。
 娘は娘でアメリカ在住のネパール人と結婚し、両方にはもう何人かの孫もいるようだ。
 何度か、アメリカにもドイツにも息子、娘に呼ばれて行って来たこともあるようだ。
 家の建て増し、増築で毎日忙しそうで、元気いっぱいの様子だ。
 「今まで、大きな病気もしたこともなく、当分は大丈夫だ。」と言っているが、
 内心はさびしいのだろう。

 5階建ての建物の屋上に案内してくれる。建物は、やたら増えたが、
 それでもその向こうの風景は昔ながらの姿を残している。
 私が住んでいた野中の小さな一軒家は、なくなったけれど 目を閉じれば、
 大きな荷を背負って、坂道を登ってくるキランの姿がここから見えるのだ。
 「又、来てね。」と言う彼女の声を後ろにキルティプールの坂道を下っていく。


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