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何でこんなところに門を造っているのだろう。門の屋根部分にオレンジ色の瓦を貼っている。
不思議に思って、その仕事を監督している中年の男に聞いてみる。
「この下にレストランとミュウジアムがある。一度来て見てくれ。」と言う。
のども渇き、それなら、何か冷たいのもでも飲もうと思って、案内の男の後についていく。
門をくぐり、坂を下っていくと、その道々の建物の壁に、様々の古いネワールの民具が所狭しと
飾られている。
これは、農作業に使う道具、これはロキシを作る壺、これはチャンを作るときの壺と、
説明してくれる。
20メートルほど下ると、少し広いところに出る。
そこは見晴らしの良い場所で、古い農家のわきに 一段高くしたレストランを造っている。
ネワール方式で 床に座って食事を摂るようになっていると言う。まだ完成していないのだ。
話を聞いていると、このレストランは、この近辺のタンマール・トール(地区)に住む
マハルザン(農民カースト)の70近い世帯が、協力し合って、作っているとのこと。
このキルティプールでは、9割がたが 農民カーストであるマハルザンだといわれている。
彼らより上位のカーストには、シュレスタ(商業に従事)、バッジャチャーレ(祭祀を司る)、
サッキャ(仏教徒、金、銀の細工をする)、プラダン(王の相談役)、ジョイシ(占い師)
などがあり、それぞれが、かたまって住んでいる。
そのそれぞれのかたまって住んでいる地域をトールと言う。
マハルザンは、人口が多いから、いくつかのトールがあるのであろう。
その中の一つが、タンマール・トールである。まだ、造っている最中、このトールの、男も女も、
期待に胸を弾ませている。
9月8日が開店の日に当たるようだ。その日の開店日の食事券を100ルピーで売っている。
ゲストハウスも付随しているようだ。
ビジネスには、あまり長けないマハルザン、上位カーストの連中から、
「全く ジャプー(上位カーストの人が、使う蔑称)のやることは。」と馬鹿にされないよう、
成功してもらいたいものである。
ネワール族の文化が、花開いたのは、13世紀から18世紀中期までのマッラ王朝時代だ。
今あるカトマンズの重要な遺跡は、その当時に造られたものである。
時の王は、仏教を崇め、街の整備に努め、もうこの時代から、ヒッティと呼ばれる共同水場、
下水道も完備され、街の所々には、乾期の水不足に備えてため池も多く造られたようだ。
インド・チベット貿易で財を成した商人たちは、こぞって喜捨し、多くの仏教寺院、
ヒンズー教の寺院が建てられたのもこの時期だ。
その繁栄豊かなネワールの里、カトマンズが ゴルカの豪族 プリティビ・ナラヤン・サハに
突然の侵略を受け、支配を譲り渡すことになってしまうのである。
それ以来、ネワール族の苦難の道は続く。
ネワール族の賢い支配階級は、新しい権力に取り入るため、宗教を仏教からヒンズー教に変え、
下級官吏の職を得ていく。
土地とともに生きてきたマハルザンは、容易に生活を変えようとはしない。変える必要もないのだ。
彼らには、耕す土地があり、たくましい体力があり、生活を支えていく職能がある。
彼らは不器用に頑固に マッラ王朝時代からの営みを 当たり前のように続けていく。
彼らの信仰は、マッラ王朝時代から、そのまま受け継がれてきているだ。
ところが、一方 上位カーストのネワール族は、信仰をヒンズー教に変え、礼拝の時には、
ネワール族の僧侶でなく、バウン(ブラーマン)族の僧侶を呼ぶことになってしまうことになる。
それもこれも身の保全ためだ。
侵略者を憎みながらも、従順を示さなくては、生きていけないのである。
彼らは、行政を司るカーストであって、物を産みだす人間ではないからだ。
そこにネワール族の悲しみがあるのだ。
マハルザンと上位カースト、一見共生しているかのように見えて、
本当は、心を許しあってはいないのである。
この250年の他民族による支配は、ネワール族を2つに分断してしまったのである。
もうマッラ王朝時代のように互いに、支えあってきた豊かな共生はないのである。
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