|
今日は ガイ・ザットラのお祭りだ。過去1年以内に家族の中で、亡くなった人のいる家の子供たちが、ガイ(牝牛)の扮装をして、町の中を練り歩くお祭りだ。
カトマンズの町の中は喧騒だということで、カトマンズから7,8キロメートル離れた、キルティプールという小さな町に、カトマンズを訪れている旅行者4人と私で行って来た。
この町は、私が、1984年から1986年まで住んでいた想い出の町だ。20年の年月の流れが、どう この町に変化をもたらしているのか、確かめたい気持ちもあった。私にとっては想い出の多い大切な場所だ。朝になると、近所の子供たちが、やって来て、水を汲んで来てくれ、そして、すぐ下にあるバザールに毎朝売りに来る牛乳を買ってきて、それでミルクティーをこしらえ、毎日のように一緒に飲んだものだ。
双子の兄弟のラム、ラッチマン、シュレス、シュレンドラ、プルナ、ナビンなどは常連の子供たちで、あの当時の子供たちの素顔や声が、昨日のことのように思い浮かぶ。
おもちゃ作りをしたり、サッカーをしたりして良く遊んだものだ。
そんな想い出が、頭の中で渦巻く中、キルティプールの街中へと 歩を進めていく。町の中心部へへ向
かうほど、昔ながらの家並みが残っているが、所々は、新しく建て替えているところも多い。建物のレンガとレンガの間に土を詰めている家は昔ながらの家だ。家が古くなり、建て替えたセメントを使った家も同じ住民が住んでいる。
このキルティプールは、ネワール族が住む町で、今から300年前に、ゴルカから今の王族の祖先の、プリビナン・サハがカトマンズに攻め入ってきた時に、最後まで抵抗したために 征服された時には 耳をそがれ、鼻をそがれたと今でも、住民が語るほど、心の中では、現王政に対する恨みが根強く残っているようだ。ネワール族の中では、反体制的な動きの強いところだ。
キルティプールの町は、商業地という場所ではなく、住宅地であるため、町の中はひっそりしており、平和な雰囲気が漂っているが、よそ者に対しては、何者と、何気なくこっそり観察しているようなところもある。住民は、昔は ダッカルミ(左官屋)、シッカルミ(大工)が多く、朝、カトマンズに仕事に出かけ、夕方、戻ってくる。農作業は、女の仕事だ。そのため、週日は街の佇まいはひっそりとしている。
今は、オフィス勤めの人間が多くなり、左官屋、大工は少なくなっているとのこと。
今日は、ガイ・ザットラ そのため、休日で女たちは 軒先にござを敷いて、座り込み、男たちが楽器を鳴らしながら、歌いながら、ガイになった子どもたちを引き連れてくるのを待っている。
この町は ネワール族のカースト制を町の構造性の中にあらわしている。町の中心の神社が多い場所にネワールの高いカーストのバジャチャーレ、サッキャ、プラダン、シュレスタが住み、その周りをマハルザン(農民カースト)が住み、町の周辺部にサイ(とさつをする人)、ポーレ(掃除人)が住んでいる。
今もそういう形をとっているのだろうが、周辺部は昔、空き地が多かったため、そこに家が建ち並び、はっきりしなくなっている。
周辺部には多くの家が建ち並び、新しく土地を買った、バウン族、チェットリ族、その他の民族もたくさん住んでいるようだ。
町の中心にある寺に登ると、カトマンズの全景を見渡すことが出来る。なんと、家の増えたこと、20年前とは、格段の違いだ。キルティプールの周辺部も建物がやたら増え、農地もすっかり少なくなっている。
あーあ、という思いで、この町を下り始める。よく通った道、石畳の道、その場所に20年前にもあった空井戸が、昔ながらの姿である。すっかり水の涸れた古井戸、何の役にも立たないままの古井戸。
人間の姿は、変わってしまったけれど、その古井戸はそのままの姿で残っている。人生なんてこんなものか。そんなつぶやきが、出てくる。
この古井戸を少し下ったところに、私の住んでいた家がある。あるはずだった。道が変わり、たくさんの家が建ち並んだために その場所がわからないのである。あの当時は、平屋であったが、今は姿を変えたらしく、全くわからない。
夜になると、毎日のようにカトマンズの夜景を眺めていたあの家、子供たちが屋根の上でゲームを楽しんでいたあの家を見つけることが出来ないのだ。
本当に 歳月が 流れてしまったのだ。どこにも無い場所、私の心の中だけにある場所になってしまった。
[https://www.blogmura.com/ にほんブログ村]
|