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カトマンズを歩いていると、自転車に大量の野菜や果物を積んで、
売り歩いているインド系の顔をした人たちに出会うことが多い。
旅行者の多いタメル地区では、これらの人たちの売る果物は、概して高めで、
余程親しくなるか、しつこく交渉しないと安くならない。
しかし、旅行者の多い繁華街を離れると、これらの人たちの売る野菜や果物は、
店を構えている八百屋、果物屋に比べて安いのである。
そのためには、充分に交渉しなければならないが。
特に野菜は必需品のためか、カトマンズ市民も安く手に入れることに、精出しているようだ。
このインド系の顔をした野菜売り、果物売りは、インド人なのか、ネパール人なのか、
彼らに聞いてみると、意外とネパール人が多いのである。
彼らは、インドと国境と接するネパールのタライ地方の住民であることが多い。
今日、聞いてみたところ、ジョナクプール、ビルガンジ近くの村から、
やって来ているとのことだ。
国境の向こうは、インド・ビハール州である。
インドの保守的な地域で 未だに大地主制度が残り、小作人との紛争が絶えない。
又、インドでも貧困な州の一つでもある。
このタライ地方は、もともとは、インドの土地で、19世紀初頭のイギリスとネパールの戦争、
グルカ戦争のとき、ネパールを攻めきれないイギリスが、ネパールと停戦条約を結んだ時に、
ネパールが占領していたインドのタライ地方などを、ネパール側が放棄する代わりに
毎年20万ルピーを支払うと約束をしたが、後に支払いをやめる代わりに、
タライ地方をネパールに与えたのである。
インドを植民地化していたイギリスの勝手な思惑で、
インド人として生活していた同じ地域の住民が、国境を境にネパール側とインド側に
分かれることになったのである。
そのため、タライ地方に住むインド系住民は、インドの生活習慣を持ち、
ビハールの言葉を話すため、インド人のように思われてしまう。
カトマンズ市民は、マディシャンと呼んで、タライ地方の住民、インド・ビハールの人間を
馬鹿にする傾向にある。
その為か、このタライ地方では ネパール人としての権利、市民権、選挙権などを
与えられていない人たちも多いようだ。
この地方も未だに大地主制度が残っているようだ。
今、タライ地方は、市民権、選挙権、土地の権利を求めて、大荒れだ。
何かにつけて、ゼネスト、政治的な殺人が横行している。
インド・ビハール州のギャングを雇って、混乱を作り出そうとしている人間たちもいるようだ。
こうしたタライ地方の住民は、小作人、もしくは、わずかの農地を持つ農民であることが多く、
次男坊、三男坊などは、結婚しても家族を養えないという理由で、カトマンズに出稼ぎに
来ることになる。
その一つの仕事が、自転車を使っての、野菜、果物も行商なのである。
特に野菜の行商は、なかなか大変のな重労働で、朝8時頃にカリマティにある卸売り野菜市場に
行って、70キロ近い野菜を仕入れ、野菜を積んだ自転車をひいて、
住宅地、小さな路地の隅々まで 行商に回るのである。
行き止まりの路地の片隅でネパール人相手に、ネパール人の値引きにも負けず、
たくましく生きている彼らの姿をよく見かける。
70キロ近い野菜を売り切ると、再び、野菜市場で、野菜を仕入れ、
夜8時近くまで行商をしている。
彼らは、重労働になれた農民だから、この仕事が出来るのである。
この仕事で彼らは、1日300ルピーから500ルピー近く稼ぐようだ。
懸命に働いて、田舎にいる家族に仕送りするのである。
そして、ある程度、生活の見通しがつくと、家族を呼び寄せる人もいるようだ。
よくカトマンズの人間が、仕事が無い、給料が安いと、泣き言を言うのを聞くが、
その時に、自転車での野菜の行商の話を持ち出して、1ヶ月に1万ルピー稼げるよと言うと、
あんなマディシャンのしていることが出来るか、と馬鹿にしている。
一時期、カトマンズで野菜、果物を売るこの人たちに 嫌がらせをすることがあったが、
安く果物や野菜を供給してくれる彼らは、庶民にとっては必要不可欠なのである。
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