エピソード

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 世界で初めて、ブータンの布を紹介したのは アメリカ人バーソロミューだ。
 彼は、1975年からカトマンズに住み、そこでブータンの織物に出会ったと
いうことである。
 1978年カナダのトロント染織博物館にて 初のブータン染織展を開き、
日本でも1985年に 東京の西武百貨店 渋谷店にて、
バーソロミュー・コレクション展を開催した。

 私が日本を離れたのは、1984年の春のことである。
 だから、日本で彼が開催したブータン展を見ることはなかった。
 私も彼と同じように、ブータンの織物に出会ったのは、
 ネパールのカトマンズでおいてである。
 最初にブータンのキラ クシュタラを買ったのは、ボーダナートにある
 チベット人の店だ。
 バーソロミューの名を聞いたのもこのチベット人からだ。
 彼もバーソロミューのためにブータンから布を運んでいたと言う。
 1984年には、もうバーソロミューは、カトマンズには住んでいなかった。

 その後、インドのカリンポンから移住してきたマルワリ商人が、
 インド・アッサム州とブータンの国境へ出かけ、
 ブータンの布を運んでくるようになる。
 カリンポンには、ブータン人も多く住み、マルワリ商人も、ブータン人と
 接触があったようである。
 カリンポンからカトマンズに移住してきたマルワリ商人は、
 インドのアッサムシルクをカトマンズに運び、
 チベット人相手の商いを主にしており、
 ブータン・アッサムの国境から、ブータンの布を運んでくるのは
 都合も良かったのである。
 1985年から1990年代初めまで、マルワリ商人も布を運ぶが、
 人口の少ないブータン、古い布は、ブータンからほとんど姿を消してしまう。

 私のブータンの布は、そんな時代に集めたものだ。
 その時代には、カトマンズで、何千枚ものブータンの布を見たものだ。

 ブータンに染織博物館を作ると言って、
 お金を集めていたバーソロミューであるが、そのコレクションも散逸し、
 世界各地のコレクター、博物館に散在しているようである。


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 ウッタラディットの市場の手前に残された我々が、
 まずしようとしたことは、最悪の場合を考えて、
 泊まる宿を探すことだった。
 駅の近くには、宿があるはずと思い、
 ウッタラディットの駅に向かった。
 そこに行けば、何か情報を得ることが出来るのではという
 期待もあった。

 ウッタラディットの駅は、洪水の様相はなく、
 今にも出発できるのではという様子であったが、
 2箇所の洪水地帯にはさまれ、動きが取れなくなっていた。
 駅の周りを二人でうろうろしていると、
 一人の外国人が、ピサヌルーク行きのバスが市場の手前から、
 出ているという情報をくれる。
 再び市場手前に帰り、バスを待っているとバスはやって来たのである。

 バスで2時間近くかけて、ピサヌルークの到着。
 ピサヌルークには、洪水地域を避けてチェンマイに行くルートを
 使っての冷房バスがあった。
 そのバスは、東北タイのウドンタニからやってくるというバスであった。
 腹ごしらえを済ませ、バスでチェンマイへ、
 途中、バスの故障で他のバスに乗換えというアクシデントはあったが、
 夜中の11時にチェンマイに到着できたのである。
 朝の7時に到着しているはずであったものが、
 12時間遅れでチェンマイに到着したことになる。

 大変なチェンマイ行きであったが、
 私は、こういうことは結構楽しんでしまうほうであるが、
 連れの知り合いにとっては、どうであったのであろうか。
 どうであれ、チェンマイには着いたのであるから、
 良しとしてもらうより仕方がない。

 私には、久しぶりの刺激的な旅であった。


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 プラットホームの上で、軍隊のトラックを待つが、来る気配はない。
 来るのは、小船に乗ってやって来る地元の人間ばかり。
 中には犬を乗せてやって来る。助けてほしいのは我々である。
 知人は初めてのタイ、すべては私に任せているという具合だから、
 すべて私が判断するより仕方がない。
 まずやったことは、この駅からチェンマイまでの料金の払い戻し、
 チケットカウンターに行くと、すぐに払い戻しをしてくれる。

 1時間近く軍隊のトラックを待つが、やって来ない。
 駅員に話をすると、
 水かさが増して、トラックがやって来れないのだろうという答え。
 乗客に対する責任は、微塵も感じていないようだ。
 日本なら、すぐに対応してくれるが、
 タイの国鉄では自然災害は自分たちの責任ではないという姿勢が見える。

 タイ人と話をしても、仕方がないという態度で、
 タイ国鉄には期待していない様子である。
 水かさは、どんどん増してくる。
 このまま、ここにいると動けなると思ったのか、
 タイ人たちは再び深い水の中に入って、街の中心に向かって歩き始める。
 我々も再び水の中へ、腰の上以上ある水の中を街の中心に向かう。
 荷は頭の上である。
 30分近く水の中を歩き続けると、やっと水も少なくなり、街の中心に到達。
 そこには、軍隊のトラックがあった。やはり、水が深くて来れなかったのである。

 ウッタラディットの市場に行けば、バスターミナルがあるということで、
 列車の乗客たちで、兵隊に市場まで行くように頼む。
 皆、喜び勇んでトラックに乗り込む。そして、トラックは市場へと向かった。
 みんなの顔にほっとした表情が浮かんでいる。
 20分位、トラックは市場に向かって走り続ける。
 そして、皆を乗せたトラックは市場の手前で停まってしまう。
 理由を聞くと、この先も洪水で先に進むことも出来ず、
 バスターミナルにはいけないと言われ、市場手前で下ろされてしまう。

 こんなところで下ろされて、一体どうすればいいのだ。
 思いは皆同じである。
 こんな時に、皆でどうにかしようと思わないのがタイ人である。
 それぞれの人たちが、その場から去っていく。
 解決の方法が見出せないのだ。我々二人は、ここに取り残されてしまう。
 チェンマイには行かなくてはならないのである。
 少なくとも、このウッタラディットの街からは脱出しなければならない。
     (3)に続く


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 2006年6月のことだ。
日本の知人が、タイを観光したいというので案内することになった。
その知人がチェンマイに行きたいというので、
チェンマイ行きの夜行列車の
寝台車の予約をし、夜、フアランポン駅(バンコク中央駅)へ行き、
無事に列車に乗り込んだ。
列車は予定通りの時刻に出発し、翌朝の7時近くには到着するはずであった。
缶ビールを買い込み、窓の景色を眺め、久しぶりの列車の旅を楽しみ、
互いに上機嫌であった。
夜も遅くなり、乗務員の敷いてくれた寝台ベッドに入り、
いい気持ちで眠りに入った。

朝の3時過ぎ、列車は停まったままである。
うとうとしながら、列車の動くのを気にしていたが、外は闇の中である。
朝5時過ぎに外を見ると、列車が動き始めたように見えた。
地面が動いているように見えたからだ。
しかし、動いていたのは水の流れだったのである。
水が流れていて、一瞬、列車が動いているように錯覚したのである。

何故、水が流れているのか、わからないまま、乗務員の説明を待つ。
上段に寝ていた知人を起こし、一緒に列車の外を眺める。
そうこうする内に、タイ人たちも起きだしてくる。
乗務員の説明では、突然の集中豪雨のため洪水が発生したというのだ。
ウッタラディットの次の小さな駅に列車は停まったままである。
水の量は増えるばかりで、減る様子はない。

しばらくすると、乗務員が列車は進むことも帰ることも出来ない、
ここで降りてください。この駅から、軍隊のトラックが、バスターミナルまで
運んでくれると言うのである。
駅のプラットホームに行くにも、列車の外は腰から上の水の流れである。
どうやって行けばいいというのだ。
タイ人たちが、荷物を頭の上にのせ、次々と水の流れに入っていく。
それを真似て、我々も、荷物を頭にのせ、プラットホームに向かう。
水は、胸近くあった。
プラットホームにたどり着くが、プラットホームの上も水の中であった。
そこにいる人たちは皆、水を避けるためにそこに置かれているベンチの上に
上がりこんでいる。
皆、軍隊のトラックを待っているのだ。
駅員に訊くと、今、人を乗せていったばかりだから、
じきに帰ってくるだろうと言う。
続く....(2)へ

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 カトマンズとパタンを結ぶバグマティ橋のパタン側に少し入ったところに不思議な店がある。ツバメたちが、やたら 店の中へ 店の外へと飛び交っているのだ。店の中に入ってみると、ツバメの巣と 店の中に張り巡らしている紐に止まって 羽を休めているツバメたちが、無数にいたのである。
 この店のことを知ったのは、20年近く前の話である。ツバメの巣が邪魔になるといっては、邪険に壊す人間もいれば、この店のように20年近くも 場所を与え続けている人間もいるのである。
 店の商売からすれば、マイナスであることは確かだ。店に並べている商品に ツバメの糞がかかってしまうことも事実である。しかし、毎年この店にやって来るツバメのいじらしさを考えると、追い払うことも出来ない。
 しかし、毎年増え続けるツバメの数には抗し切れず、ツバメが止まる紐の数を減らさざるを得なかったそうだ。あまりの糞害のひどさに、客が遠のいていってしまったからだ。食料品を売る店で、ツバメの糞が、商品にかかっては、商売にならないのは、当然のことである。
 それでも、やはり、ツバメを愛する気持ちには勝てず、今、商売の方とツバメの数とに折り合いをつけながら、頑張っている様子が、20年前と同じ女主人の言葉尻から伝わってくる。
 動物を愛する気持ちが伝わるのか、1匹の猫が、彼女のもとにやって来て棲みついたそうだ。その猫も、主人のツバメ好きを察して、ツバメのいる店の方にはやって来ず、別の入り口から、出入りをしていたそうだ。ネワール族は、猫は縁起の悪いものと考え、あまり家で飼うことはない。特に黒猫が自分の前を横切ると、御まじないをして、縁起直しをする。この女主人は、そんなことに構わない位の動物好きなのである。来るべきものは、阻まずを地でいっているのである。
 その猫も、交通事故に遭い、死んでしまい 悲しい思いをしたそうだ。


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