日々の出来事

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 今 自分にどれだけの時間が残されているのかはわからない。
 抗がん剤療法で病院に縛り付けられたような人生を選ぶか、自分を主人公とした
 人生を選ぶか、大きな選択を迫られていることがよくわかる。
 生きたいように生き抜き、それで駄目なら駄目で納得の行きようがあるだろう。
 このまま何もしないでいたら、後悔するに違いない。

 バンコクへ向けての出発日は3月6日のフライトだ。
 どうにか航空チケットの予約が出来た。
 この旅の始まりが 再生への旅の始まりになればよい。
 籠の中の鳥になってしまってはならないのである。
 どうせ人間 いつかは死ぬのである。やりたいことをやっているうちに死ぬほうが
 はるかに納得できる人生だろう。
 自由な羽を使って羽ばたかなくてはならない。
 自分の身体との闘いではあるが、どうにかなるのではと思おうとしている自分が
 いるのも確かである。

 医者には3月26日までに帰ってくるように言われているが、旅の流れの中で
 身体の状態を見ながら、決めることにしよう。
 1ヶ月の旅か3ヶ月の旅になるのか、今は決まっていない。
 これから何ヶ月かの間は、自分の身体の変調には充分注意を払わなければならない。
 自分のことは自分で見ていくより方法はない。

 それにしても今回の入院体験は凄かった。
 部屋では朝から激しい咳が響き渡り、隣のベッドの患者は意味不明の言葉を
 発している。
 別のベッドの患者は 息苦しいといいながら酸素呼吸器から酸素を摂っている。
 デールームと呼ばれる集会所には食事のたびに長期入院患者の80歳以上の
 老人たちが集まり、まとまって食事をする。
 姥捨て山の様相で ちょっと異様な光景と化す。
 ここに集まる老人たちに家に帰るという可能性はあるのだろうか。
 食事が終れば、各大部屋に戻り、ひたすら時間を持て余している。
 語りかけるものといえば、看護士だけである。
 赤ちゃんに語りかけるよう語りかけていくうちに 老人たちはますます
 幼児化していくのだろう。
 最低限の刺激しかない毎日、足は萎え、車椅子でしか移動できなくなっていく。
 そんな恐ろしい場所でもある。
 家族がやってくるのを待ち続け、家に戻ることに憧れながら、期待はずれの毎日、
 刺激のない生活は ボケを促し、帰宅への道は遠ざかっていくばかりである。

 そんな環境の中にいれば、私のほうもおかしくなっていくのは当然のことだ。
 こんな場所には再び帰ってきたくないという気持ちもある。
 私のベッドへ今日も別の患者が入ってきた。
 抗がん剤の投与のために70歳過ぎの老人がやってきた。
 抗がん剤を使い始めてからもう長いと言う。
 スムーズに歩くことも難しくなっているようだ。
 抗がん剤の治療が終れば、10日後には再び家に帰っていくのだろう。
 ここにやってきて 抗がん剤の投与を終えれば、3週間後には再び抗がん剤投与と
 いう繰り返しの人生である。
 副作用に耐えているうちに次の抗がん剤投与がすぐにやって来る。
 そして体力は どんどん蝕まれていく、そんな気がしてならない。



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東京 今日 退院

やっと退院の日を迎えた。抗がん剤の副作用の影響で 食欲は減退、味覚や嗅覚が
すっかり変わってしまっている。
口の中が 一枚別の膜に覆われているようで 何を食べても違和感を覚える。
抗がん剤の治療を受けているものの大半は味覚の異常さに苦しめられるというのが
普通のことのようだ。
これだけは再度の抗がん剤投与で慣れていくことはない。

確かにがん細胞によって膨れ上がっていた箇所は 普通の状態に近づき、胸水も減り、
生活しやすくなったことも確かである。
しかし、どこまでも抗がん剤治療に頼っていていいのだろうかという疑問も湧いてくる。
もっと健康との関係で 癌について考えていく必要があるだろう。
抗がん剤で本当に健康を取り戻すことが出来るのかという 単純な疑問である。

抗がん剤の副作用が 健康を損なうケースも少なくないようだ。
私の隣で寝ていた患者がそうだった。
口内炎に苦しめられ、ほとんど何も口を通らず、皮膚にも異常が現れ、お尻がただれ、
寝返りも難しくなっていた。
そんなケースを目の当たりにすると、自分がそうなったらどうしようかと考え込んで
しまう。
成功したケースは目立たないが、うまく行かなかったケースは目立つから、余計に
深刻に考えることになる。
又、費用の点でも気になる。
確かに新しい抗がん剤がどんどん開発されているようだが、患者自身が実験台に
されているところも感じられる。
そんなことを感じ取れた10日間の入院生活だった。
薬の開発に頼るには それなりの経済的な基盤も必要である。
そのことも考えておかなくてはならない。
今回はブログで知り合った人たちの協力で一時的に治療を行うことが出来たが、
こんなことは そんなにあるものではない。

少し元気になった間に次のことを考える必要がある。
今のところ、まだ解決方法が見つからないが、見つけ出さなくてはならない。
抗がん剤を使えば、使うほど 体力が落ちていっては 困るのだ。




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 昨日は 点滴第2日目 10本の点滴があった。
 ただの電解液の点滴が5本、薬の点滴(抗がん剤 アリムタ、
 シスプラチン、抗嘔吐剤、その合間の電解液)の5本が 並行して
 点滴された。
 2台の点滴のための器具に点滴袋を取り付け、点滴を行い、その時間は
 午前11時から午後8時半までの9時間半にも及んだ。
 9時間半にわたって 点滴に時間と自由を奪われるのは 
 中々の苦痛である。
 ひたすら 苦行に耐えるだけである。
 自分がやっていることについては我慢 我慢でしか耐える方法はない。

 点滴第1日目はリンゲル液4本と薬の点滴で 8時間半、
 点滴第3日目の今日は 電解液4本と薬1本で8時間というような毎日、
 自分でもよく耐えていると思う。
 比較的体力が回復してきている自分にとっては 
 前回より今回の点滴の方が苦痛に感じられる。勝手なものだ。

 後3日間 点滴が残っている。
 少しずつ 時間は減っていき、楽にはなる。
 3月1日が退院予定になっている。それだけが救いである。


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東京 薬漬けの毎日

 この1ヶ月半ばかり、薬、薬の毎日である。
 ここ3週間ばかり不眠症で悩んでいたのであるが、抗欝剤と睡眠薬の
 お陰で不眠症が治り、正常な眠りを得ることができるようになった。
 こうも簡単に不眠症の問題が解決してしまうと、自分の脳みその単純さに
 あきれ果ててしまうところもある。
 人間というのは 案外 あっさりと薬によってコントロールされるものだな
 ということがよくわかった。

 今日から 抗がん剤投与の過程が始まる。
 まずは慣らしに4本の普通の点滴から始まる。
 1本に付き2時間だから、4本で8時間の点滴になる。
 そして2日目に抗がん剤の投与が始まり、アルムタとシスプラチンという
 抗がん剤とともに普通の点滴4本が同時に行われ、9時間近い点滴になる。
 3日目からは体内に入った抗がん剤シスプラチンを急いで体外に排出する
 ための点滴になる。
 シスプラチンが体内に残ると腎臓を傷めるからだ。
 それを防ぐための点滴が6日目まで続くことになる。
 この6日間は自由に動くことは出来なくなり、どこに行くにしても
 点滴用のスタンドを引いて歩く。
 シスプラチンという抗がん剤を対外に排出するためだから、当然
 トイレに行く回数は増える。
 トイレに行くたびに点滴のスタンドをまるで散歩させる犬のように
 引き連れて歩いているようにすら見える。
 今週の月曜日から土曜日まではひたすら点滴に耐えるだけの毎日になる。

 そして日曜日か月曜日にレントゲン検査と血液検査をして第2回目の
 抗がん剤投与は終了である。
 そして第3回目の抗がん剤投与は 1ヵ月後である。
 今回の抗がん剤投与に問題がなければ 次の抗がん剤投与までの1ヶ月の
 間にバンコク、カトマンズに行くことも可能である。
 行くとしたら 出来るだけ早く日本を出る必要がある。
 チケットの予約さえできれば、3月6日前後にバンコクに向けて 
 出発したいが予約できるかどうかははっきりしない。
 身近な人間にチケットの予約の変更を頼んでいるが、可能かどうかは
 まだはっきりしない。

 前回の抗がん剤投与で咳きと痰は収まったし、胸水も減ってきている。
 その分 呼吸も随分楽になった。
 1月にバンコクから成田に帰ってきたときよりも状態はいいから、飛行機の
 旅も楽になっているのではと思う。
 急ぎ足の旅は難しいから、のんびりと無理のない旅にすることが必要だ。
 ネパールのカトマンズに何日滞在できるか 自分の身体と相談している
 ところである。




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東京 暇な毎日

 不眠症の解決のために 抗がん剤の投与が 来週の月曜日になり、
 時間を持て余している。
 不眠症のほうは 抗鬱剤と少し強い睡眠薬を使うことでどうにか
 解決した。
 
 病院は三食昼寝付きだから、何もすることがないと 時間つぶしに
 困ってしまう。
 こういう時には本を読むというのが一番なのだが、活字を追うのが
 辛く、長い時間 文章を追いかけることが出来ない。

 この10日の間に 以前に知り合った人たちの大半は退院しており、
 世間話をする相手もいなくなってしまった。

 そんな感じだから 朝ご飯を食べては眠り、昼ごはんを食べては眠っている。
 冬季オリンピックも時々 デイルーム(娯楽室)で見る程度で、集中して、
 テレビを見ることも出来ない。
 このデイルームもご飯時は 世話の必要な老人たちが集まり、年齢80歳
 以上の老人ホームと化す。
 80歳というより90歳に近い年齢の人たちである。
 服を汚さないようにビニールの前掛けをかけ、入れ歯洗い用器も用意され、
 病院というより老人ホームといった様子で、私など自分がどこにいるのか
 錯覚を起こしてしまう。

 治療という名の下に用意された老人ホーム以外の何ものでもない。
 どこか姥捨て山の雰囲気すら感じさせるのである。
 保険を使えば、こうした老人たちを病院に入れることは安上がりである。
 老人たちも 納得づくでやってきているわけでないから、病院に長くいると
 ボケが始まってくるようである。
 どんどん幼児化が始まっていく。
 周りの人間の扱い方に合わせて 変わっていくようだ。
 人間の終わりの時期をどこで迎えるのか、どこで迎えるのがよいのか
 考えてしまう。
 今の老人医療や老人施設を見ていると、どうもどこかがずれているように
 思えてならない。



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