カトマンズ バグマティ川の辺にて

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 シバ寺院の中庭の一角に 夏の花 ひまわりが咲いている。
 この1年半という歳月の流れは ビックラムの家族に不幸な変化をもたらしてしまった。
 きっと不幸の種はその前から 育ち始め、母親の失踪という形で 邪悪の花を
 咲かせてしまったのだろう。

 母親がいる間は 酒浸りの生活で 気が向けば、対岸にあるゴミ捨て場から廃品を
 集めて日銭を稼いでいたのだろうが、父親の方に4人の子供たちの養育は 重く
 のしかかってきてしまった。
 母親がいる間は ほとんど見かけることのなかった父親の姿を シバ寺院の近くや
 シバ寺院の中庭でもよく見かけるようになった。
 それだけ 子供たちに眼を向けるようになったのだろうが、大抵は子供たちを
 怒鳴り散らしている有様である。
 降って湧いたような養育の負担に翻弄され、いつも苛立ちの表情を浮かべている
 父親である。
 しかし、子供たちにとっては 唯一頼ることの出来る大人なのである。

 父親に怒鳴られながら、食後の後片付けをする、深刻な水不足の中、橋を渡って
 往復1キロの道のりを 朝夕 水汲みに出掛ける三人の子供たちの姿をよく見かける。
 何はともあれ、飢えをしのぎ、生き抜いていくことが優先される生活である。

 日本なら、この子供たちは 施設に収容され、その不幸は皆の目の届かないところに
 置かれるだろう。
 日本だって、この子供たちと同じような不幸は山ほどあるだろう。
 母子家庭、父子家庭 やっと雨露と飢えをしのいでいる家族だっているはずなのに、
 他人の生活に関心を持たない今の日本の社会では その実態に眼を向けることはない。
 生活の苦しさから 隣の部屋に住む家族が 親子心中するまでは 気がつかない。
 なんと殺伐とした社会なのかと思えてくる。

 そんなことには眼も向けず、ネパールが貧しい国だからと 援助を趣味のような
 気持ちでネパールに自慢げにやってくる日本人もいる。
 今の日本には貧困はないのか、日本で援助すべきことはないのか、そこにもっと
 眼を向けてもいいのではとも思えてくる。
 見ようとしないから放置されている不幸が 日本にも山ほどあるはずだ。
 それが見えない日本人がネパールにやって来て 援助を始めても 援助を食い物に
 しているネパール人にうまく利用されるのが関の山である。

 日本政府が 日本人の弱者にすべきこと、ネパール政府がネパール人の弱者にすべき
 こと、このことがしっかり見えていないと援助など出来るものではない。
 世の中の不公平、不公正に対する厳しい批判の眼が 援助の基本である。
 バラックのような住居に住み、汚れた服を着た子供たちが 可哀想だというだけでは
 援助も資金も底をつくのは見えている。

 ビックラムたち4人の子供たちを見て可哀想に思い、 何かにつけてお金を与え、
 衣服を買い与えていたオーストラリア人がいた。
 そのオーストラリア人も自国に帰ってしまった。
 子供たちが覚えたことといえば お金を恵んでもらうことを当たり前に思うように
 なっただけで 自立をしようという気持ちは少しも育たなかった。
 見通しのない援助は 人を駄目にするだけである。
 自立しようとする姿勢を 殺ぐだけのことだ。

 この子供たちをみて あなたならどうしますか。
 酒浸りの父親とどういう会話を始めますか。

 今日も小さな妹を連れて、ビックラムがバグマティ川の河川敷を歩いている。
 どうすれば、彼らの未来が用意出来るだろう。
 彼らを援助するためには お金も必要だが、お金だけでは解決しない大きな問題も
 あるように思えてならない。



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 バウン族の女性が まだ1歳にもならない子供を抱きかかえている。
 抱きかかえたままで 我が子にズボンを履かせようとしている。
 近くにいたビックラムの一番下の妹が その親子にさっと近づいてきて
 ズボンを履かせているのを手伝おうとしている。

 その仕草に 何やら物悲しいものを感じてしまう。
 3歳か4歳になったばかりのビックラムの一番下の妹にとっては まだ母親の
 ぬくもりがほしい年齢である。
 そんな彼女の思いは このバウン族の女性には伝わってはいない。
 このバウン族の女性にとっては ビックラムの幼い妹は 異民族であり、
 下のカーストに属する民族である。
 バウン族の女性からみれば、ビックラムの幼い妹は 違った社会にする存在で
 共生する存在ではない。
 家が近くであるから、このバウン族の女性も ビックラムの家族がどんな状況に
 あるかは知っているが 関わりを持ちたくもないし、持とうとする必要もない。
 民族、カーストは違ってしまえば、積極的な関わりが生まれないのがネパールである。

 カトマンズの外に出れば、村では バウン族、チェットリ族、タマン族、マガール族、
 ネワール族などは 同じ地域に混ざって住むことはなく、それぞれの民族同士で
 固まって住んであり、互いの関わりは非常に少ない。

 ビックラムの住んでいるシバ寺院のいくつかの部屋にも バウン族、タマン族、
 ビックラムの家族のネワール族、チェットリ族が住んでいるが てんでばらばらに
 生活しており、大人同士の密接な関わりはないし、助け合いもない。
 むしろ、スラムなどの方が 助け合いは多いし、大人同士の関わりも濃厚である。
 しかし、そのスラムの中でも バウン族などは他の民族やカーストとは打ち解けない
 ところがある。

 子を持つ母親であれば、ビックラムの一番下の妹が 赤ん坊の世話を手伝おうとする
 気持ちがわかって当然だが、カースト、民族の壁は 子供の切ない気持ちを
 読み取ろうとはしない。
 汚れた衣服、水浴びをしていない不潔さだけが気になるのである。

 1年以上前に写した母親と一緒にいる姉妹たちの写真がある。
 ビックラムの下の妹は まだ母親に抱かれて当然という年齢だった。
 それから、何ヶ月か後に 母親は姿を消してしまう。
 どんな母親であっても この幼い女の子を抱きかかえていた母親のぬくもりは
 忘れられるものではない。
 そのぬくもりを思い出して、このバウン族の親子にふと近づいてみたくなったのだろう。
 この子の中に残っている母親が残した人間的な優しさが 呼び起こした行動である。
 母親がいなくなって 9ヶ月近い月日が流れた。
 2歳、3歳といえば、一番母親と一体感を感じる時期でもある。
 4人の子供たちの中で 喪失感を一番感じ、心の傷を負ったのは この一番下の
 妹なのかもしれない。

 そんなこの子の心の動きを感じようとすると 周りで見ているだけでも
 辛くなるところがある。
 やはり、世の中は理不尽だ。
 親の因果が 子に報うという世のおきては 子供たちにとっては理解しがたいものだ。
 何はともあれ、兄弟姉妹で力を合わせて 今の苦境を乗り越えてくれることを
 願うばかりである。



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 今日は ビックラムと三人の妹たちとタマン族の女の子スジータが 一緒に遊んでいる。
 1年前は ビックラムとスジータは 同じ公立小学校の2年生だった。
 それが 昨年の10月に出会ったときには ビックラムは学校へ行かなくなり、
 住んでいる部屋の近くをふらふらするようになっていた。
 どうも両親が子供の教育には関心がなかったようである。

 ビックラムの両親は異民族間の結婚である。
 ビックラムの父親は カトマンズの先住民族 ネワール族であるが、彼らの家族が
 ネワール語を話すのを聞いた事はないから、カトマンズ盆地の外に住んでいた
 ネワール族なのかもしれない。
 母親は ボティアと呼ばれる民族で どういった民族なのかよくわからない。
 ネワール族は 異民族間の結婚に対して 受容性はなく、もし、異民族と結婚すれば、
 勘当され、家の敷居をまたがせないということにもなる。
 相手が高カーストであれば、柔軟に対応する場合もあるが、低カーストの場合は 
 厳しく勘当され、血縁のかかわりを失ってしまう。

 そんなことから ビックラムの家族は 彼らの民族の中での血縁関係、共同体から
 孤立して生活しているのだろう。
 そうでなければ、子供の教育についても 親戚から何らかの忠告や援助があるはずで
 ある。
 ネワール族のグッティと呼ばれる氏族共同体の絆は きわめて強いものである。

 同じ寺院の中に住むタマン族の女の子 スジータとビックラム、そしてその妹たちとは
 幼馴染である。
 スジータの学校が 今 夏休みなので シバ寺院の境内で 幼馴染同士でよく遊んで
 いるのを見かける。
 寺院の境内の中は 彼らの生活場所であり、避難場所でもある。
 このシバ寺院 サハ王制初期に建てられた古い寺院であるが、参拝者が訪れることは
 ほとんどない。

 今日もスジータとビックラムたちの5人が この境内で寄り添うように群がっている。
 スジータとビックラムのすぐ下の妹とは いい遊び相手である。
 日本のお手玉のような遊びを 小石を使って遊んでいる。
 この日は いつも怒鳴り散らしているビックラムの父親の姿もなく、子供たちは
 伸び伸びしている。
 彼らの心が ゆったりとしていることがよくわかる。

 貧しいから不幸ではない。貧しい中で助け合い、支えあう信頼し合える家族や
 仲間がいないことが不幸なのである。
 未来への道筋をつけてくれる大人がいないことが 子供たちにとっては不幸なのである。
 スラムの中に住んでいても 少しでもそこから這い上がっていくための方法を考えて
 いる家族もいる。
 読み書き・そろばん程度の教育だけは 子供に身につけさせたいと思っている親もいる。
 掃除、洗濯、料理と生活の技術をしっかりと身につけさせる、そのことで子供たちの
 自立を促す親もいる。

 ビックラムの家族の場合、家族の中での自立のための技術の伝承・伝達の形がすっかり
 崩れてしまっている。

 村から逃げ出して カトマンズにやってきて ストリートチルドレンになる子供たちも
 そうである。
 家族関係が壊れ、そこにいることが嫌で カトマンズに逃げ出してくるが、生活の
 基本的な習慣、技術を持っていないから 食堂などの下働きなどが出来ない。
 彼らは ストリートチルドレンという生活の中で崩れていくのではなく、家族生活が
 崩れ、大人との信頼関係を失っていることが原因で、村を逃げ出してくるのである。

 彼らが社会生活に再び適応していくためには 大人との信頼関係を回復し、
 基本的な生活習慣・技能を身につけることが出発点になる。

 そういう意味では このビックラムの家族も危ない状況の中にある。
 父親の自覚がなければ、子供たちの将来は 明るいものにはならないだろう。


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 カトマンズの街とパタンの街を隔てるバグマティ川 この川の岸辺は 
 私の心惹かれる場所の一つである。
 ここには 人間の喜怒哀楽が色濃く渦巻いている。
 この場所を歩き回っていると 人間の多様な生き方を眼にすることが出来る。
 幸福、不幸、悲しみ、怒り、諦め、希望、絶望 それがここに住む人たち表情に
 誤魔化されることなく そのまま表れている。

 川辺に並ぶスラム、ゴミ山の中から お金になる廃品を探し出し、それを生活の糧に
 する人々の集落、貧しいぎりぎりの生活を強いられている人々が 肩を寄せ合って
 生きている場所だ。

 今日もバグマティ川の川沿いを歩き、川に架かる黒い鉄製の吊橋を渡り、
 カトマンズ側にある川辺の古いシバ寺院に行ってみた。
 橋の袂にあるレンガで造られた昔風の階段を降り、左側に曲がると そこは 川辺に
 建つ古いシバ寺院の表の庭になっている。
 この寺院の中には 寺院を囲む小部屋がいくつかあり、その中には 食べていくために
 精一杯生き抜いて人たちの家族が住んでいる。
 その家族たちの中の一つにビックラムの家族も住んでいる。

 父親は ネワール族の中のカースト ナガルコティ どういう職業カーストなのか
 ネワール族の人たちに訊いてみるが 詳しいことはわからない。
 母親は ボティアと呼ばれる民族であることから、二人は異民族間の結婚をしたことに
 なる。
 二人の間には 4人の子供がいる。
 12歳の長男のビックラムを頭に 三人の幼い娘たちがいる。
 母親は8ヶ月前に 子供たちを残して、若い男と失踪し、そのまま帰ってこない。
 父親の一人では 子供を食べさせるのが 精一杯で 子供たちの世話にまでは 
 手が回らない。
 子供たちの衣服の洗濯をするものもいなければ、家の中を掃除するものもいない。
 ビックラムとそのすぐ下の妹を躾ければ、少しは子供たちも身奇麗になるのだろうが
 そんな余裕も父親にはないようだ。
 母親が失踪して以来、子供たちはある服をとっかえひっかえ着回しているだけだ。
 だから、会うたびに着ている服は 薄汚れていくばかりである。

 シバ寺院の前の庭に敷いたゴザの上で ビックラムの幼い二人の妹が 夏の暑さの
 疲れからか、ぐっすりと眠り込んでいる。
 水不足のこの季節のせいか、二人の妹に水浴びさせるものもなく、すっかり薄汚れ、
 眠り込んでいる二人の妹の顔や身体には 無数のハエが留まっている。
 私がネパールを離れての4ヶ月間 彼らにとっては 生活は好転の方向には
 向かわなかったようだ。

 父親は 女房の居るときは酒浸り、母親も暇があるときは 男の尻を追い回す、
 子供の躾などどこ吹く風だった。
 このシバ寺院を訪れるアメリカ人がこの4人の子供たちに 一人ずつ2,30ルピーの
 お金を与え、新しい衣服を与えていたようだが、お金は父親の酒代に消えていたようだ。

 ただ 今から思うに彼らの母親といわれている女性も 彼らの本当の母親であるか
 どうかは定かでない。
 4人の子供たちの顔もよく似ていないし、余り 母親の顔との共通点もない。
 長男のビックラムやその下の妹は どうにか食事のしたくも出来るようだが、見ると
 いつも同じ献立で、ご飯に豆汁をかけただけの料理である。
 彼らの1日の仕事といえば、朝夕の水汲みと自分たちの飢えを満たすご飯作り、
 そして、その後の汚れ物を洗うぐらいで、それ以外の時間は 住んでいる近くを
 うろうろしているだけである。
 彼らにとって 未来に向かっての足がかりはないに等しい。


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 昨日は 計画停電が 午後6時半から8時半までだったので バグマティ川周辺の
 散歩を兼ねて、そのついでに モモを食べに行くことにした。
 先日 知り合いとバグマティ川岸辺周辺を 日中 散策し あまりの陽射しの強さから
 喉が渇き、カトマンズのテクまで飲み物を頼める店を探した。
 外から見ると 黄色のペンキを塗りつけたちょっとこぎれいな店を見つけ、
 知り合いはスプライト、私は朝から何も食べていなかったので ミックス焼きそばと
 バナナミルクシェークを頼んだ。
 周りを見回してみると 客の大半は ちょっと変わった形のモモ(蒸し餃子)を
 食べている。
 メニューを見ると シュウマイ・モモと書かれており、味見をしてみたかったので
 あるが、他のものを注文したばかりで 横目に他の人たちが食べている様子を眺めて
 いただけである。
 モモの形も変わった形で 見た目には四角いモモだ。
 それを是非食べてみようと 出かけてきたのである。

 いつもと同じように バグマティ川の河川敷にあるグランドを通り抜け、その先に
 ある鉄製の黒い吊り橋を渉って、テクへと向かった。
 今日は 雨も降らず、夕焼け空も美しい。

 橋を渡りきると カトマンズ側のテクの入り口になる。
 坂道を上って、大通りに出ると その向こうに黄色い色のレストランがある。
 中に入って 水牛肉入りのシュウマイ・モモを注文する。
 周りに座っている客は 皆 シュウマイ・モモを食べている。

 私の頼んだ シュウマイ・モモがやってきた。
 10個の四角い形のシュウマイ・モモが 四角い皿の上にきれいに並んでいる。
 食べてみると あっさり味のモモである。
 テーブルの上には 3種類のたれが並んでいる。
 唐辛子味、ゴマだれ味、そしてトマト味、この三つを混ぜ合わせて 自分好みの
 味付けにすれば いいようだ。
 私がいつも食べているモモは バグマティ橋のそばのタパタリ交差点脇のネワール・
 カザの店のもので 同じく一皿10個入って、25ルピー、このレストランのモモは
 大振りであるが、一皿75ルピー、税込み80ルピーだ。
 形は変わっていて面白いのであるが、味は取り立ててどうこういうほどのものでもない。
 どうも私には 一皿25ルピーのもののほうが 合っているようだ。

 支払いを済ませ、すっかり暗くなった夜道を戻っていくことにした。
 計画停電の夜道は暗く、通り過ぎていく人の顔もよく見せない。
 色の黒いインド人なら、顔など全く見えない。
 このあたりには 多くのインド系の人たちが住んでいる。

 暗闇を抜けて、人々が集まっている界隈にやってくると 
 路上に灯明がともされている。
 何だろうと近づいていくと いろいろなものを盛り付けた小さな素焼きの皿の上に
 火が灯っている。
 辻ごとにそんな灯明が置かれている。

 近くにいた人に訊くと ガテ・マンガールと呼ばれているカトマンズの先住民 
 ネワール族の行事で 巷にいる悪霊(ブット)たちを追い払う行事だという。
 この行事の中心はネワール族の中でも 農業に従事するカーストのためのものだ。
 田植えをすると 泥の中に入っていくために 出来物が出来ることもあるし、
 疲れから病気になることもある。
 それはすべて 悪霊がもたらす災いであるとされている。
 その悪霊を追い払うのが この行事の目的である。
 辻に灯明を置いてくると 悪霊が一緒に付いてくることもあるので 家の玄関の
 前では その悪霊が家の中に入ってこないように 水を振り掛けて 御祓いをする。
 この夜は どうも悪霊たちが 暗闇の中を歩き回っているようだ。
 折からの計画停電の日である。
 悪霊たちにとっては 格好の舞台である。

 近所のネワール族の家族と悪霊の話をしていると 電気がやってきた。
 「私はまだ お化けは見たことがないから、今夜、会ったら 私のところに寄こして
 ほしい」と頼むと笑っていた。


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