カトマンズ バグマティ川の辺にて

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 13歳のカルカ・チェットリ族の少年と別れて、パタンの旧市街へと向かう。
 日中の暑さは うなぎのぼり、1時間をかけた日向の中、すっかり 喉が渇いて
 しまった。
 履いてきたサンダルも 少し大きめで歩きにくく、ほとほと疲れてしまった。

 パタンの旧市街の外に 一つの寺院がある。
 凶暴な女神 カーリを祭っている寺院で カーリの別名の神様で ややこしい名前で
 憶えることができなかった。
 寺院の境内では その神様の像を洗ってきれいにしている。
 その像は この寺院の中に置かれている像ではなく、特定の家族に委託して置かれて
 いるもので 土曜日の休日ごとに運んできては 洗ってきれいにしている。
 こうした像は何体かあるようで 使われる像は祭りによって使い分けられている。

 この寺院は ネワール族の最下層のカースト デワーレ(ポーレ)が祭儀を司っている
 寺院である。
 デワーレというのは 汚物の処理、火葬場の清掃などを職業とするカーストで
 いわゆるアウトカーストの人々であるが ネワール社会では こうした人々が
 祭儀を司る寺院もあるというのが 興味深いところである。
 今でも カトマンズでも 他のカーストの人たちが 彼らと一緒に食事をすることは
 ほとんどないといってもよい。
 汚物や火葬場で仕事をするということで 穢れていると考えられているからである。

 その寺院を通り過ぎると パタンの旧市街の小さな裏門に近づき 、パタンの旧市街に
 入っていくことになる。
 あまりに喉が渇いていたので DEWと呼ばれている清涼飲水を飲んだが、あまり
 冷やしておらず、暑さを吹き飛ばすことも出来なかった。
 バウン族の店のコーラ、ファンタにしても どうも電気代を節約しているらしく
 充分に冷えていないことが多い。

 暑さにやられ、疲れ果て どうにかこうにか 旧市街の中を歩いたが、
 ひたすら、家に帰ることばかりを考えていた。

 パタンの旧市街の大きな門 パタン・ドカの手前のマハルザン・カースト(ネワール族)
 の人たちの集落の中にある仏塔(チャイティア)を見たくなった。
 カトマンズの中で1番気に入っている仏塔である。
 集落の中に入っていくと 男たちは 集団になって トランプ賭博に興じている。
 女たちは 女たちで集団を作って座り込んで 世間話に興じている。

 仏塔に近づくと 仏塔の近くに老婆とその嫁らしい女性が一緒に座り込んでいる。
 この老婆 90歳をとっくに過ぎ、三度目のジャンクーも間近である。
 ジャンクーとは 77歳になった年寄りを祝う大掛かりなお祝いの行事で
 2度目は80歳を過ぎて、3度目は90歳を過ぎたときに行う。
 年をとればとるほど 神様に近づくと言われ、家族の中でも共同体の中でも
 大事にされている。
 ネワール社会では 3世代、4世代が同居というのは 当たり前である。
 農民カースト マハルザンの集落では 未だに集落の中の人々のつながりは強い。

 昨年の秋に見かけたときは 年寄り集団の中に混じっていても 横になってばかりで
 元気そうではなかったが この日は身体の調子がよくなったのか しっかり座り、
 集落に棲む犬たちに 餌を与えていた。
 元気そうで何よりで ほっとした。

 いつもながらの変わらぬ集落を眺め、パタンの大門 パタン・ドカを潜ると
 その向こうに大きな菩提樹が堂々と聳えていた。
 その先に停まっているカトマンズ ラットナ・パーク行きのバスが出発寸前だったので
 重い足を引きずりながら バスに向かった。
 早く家に帰って 汗を洗い流し、身体を休めたい。
 3時間ばかりの散歩だったが 雨が降らない天候異状の中で 
 暑さばかりが気になるこの頃だ。



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 いつもの散歩コースの途中になっているバグマティ川の河川敷のグランドの横に
 小さな公園がある。
 子供が遊んでいるよりも 中年のネパール人がバトミントンをしていることが多いし、
 若者たちがクリケットに興じていることが多い。
 その小さな公園の入り口に ヒンズー教の神様の一人 ガネーシュの石造りの
 レリーフが置かれているのをよく見かけた。

 ガネーシュというのは 象の顔をした神様で シバ神とその妻であるパルバティとの
 間に生まれた子供で 困難を取り除き 福をもたらす神であり、商売の神であると
 されている。

 カトマンズの先住民族 ネワール族の住む地域には このガネーシュの神様が
 祭られているのをしばしば見かける。
 ネワール族の仏教徒の多く住むパタンでも例外でなく、ネワール族の中で 
 仏教徒カーストのサッキャ・カーストの人々は 古くからチベット貿易、インド貿易に
 従事している人々であることから、商売の神様 ガネーシュ信仰が広がったのだろう。
 ネワール族の社会では シュレスタ・カーストを中心とするヒンズー教徒とサッキャ・
 バジャチャーレを中心とする仏教徒に大きく分かれているが 両者ともにガネーシュは
 重要な神様である。

 この小さな公園の入り口にあるガネーシュの像は まるで道祖神のようで、
 このあたりに多く住む貧しい人たちを優しく眺めているような様子で座り込んでいた。
 その顔つきも優しく「良い行いをし、誠実に生活していれば、そのうちいいことが
 あるから 頑張りなさい。私の住んでいる館だって、こんな風に片方が壊れていが
 そんなことは気にもしていない。」と言っているかのようで その姿も神々しく輝いて
 いるかのようだった。

 又、再びこの小さな公園にやってくると あのガネーシュの像が無くなっている。
 誰か不届き者が ガネーシュの石像を盗んで行ったのかと 近くにいた人に尋ねると
 別の場所にレンガ造りの館が 造られ始めていた。
 あまりにガネーシュの館が貧弱だったので 皆でお金を出し合って、新しい館を
 造っている。

 その館の中にいるガネーシュの像を見ると 以前の神々しさが消えてしまい、
 ただのガネーシュの石像に変わってしまっている。
 有難みがなくなって、貧しい自分たちとともに居るという親近感がなくなり、
 商売の神様の面ばかりが目立ち、『困難を取り除き 福をもたらす神』といった面が
 感じられなくなってしまっている。

 貧しい人々を支えていた以前の貧しい館に住んでいたガネーシュ、朝夕に人々が
 願いをこめて祈り、お供えをしていたガネーシュは もういなくなってしまったような
 気がしてきた。
 ここに信仰の根源があるような気がする。
 人々とともに居るという信仰の原点、貧しさを分け合い、そして支えあうという姿、
 あのガネーシュは 誰のためのガネーシュになってしまったのだろう。
 狐に鼻をつままれたような 何か騙されたような思いがしてきた。
 私の大切なガネーシュは どこかに行ってしまった。


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 今から180年前にバハドール・ラナ家との争いで勝利をおさめたシェムセル・
 ラナ家が 建てたナラヤン寺院の中へ 散歩の道連れになったカルカ・チェットリ族
 の13歳の少年と入っていく。
 私がこのナラヤン寺院には 何度もやってきていることを知らず、しきりに説明
 しようとするが 大半は思いつきで話しており、ヒンズーの神様の名前も
 この寺に祭られている神様が ナラヤン神であることも知らず、しきりにシバ神で
 あると言っているので 私のほうが彼に説明していく。

 彼が映画のロケだと思ったダンス音楽は この寺の中に住む若者たちが 
 ネパールダンスの練習のための音楽だった。
 田舎から出てきている子供にとっては 映画のロケというと華やかな世界のことは
 大いに引き付けられる出来事であるが、残念ながら 彼の期待は 外れてしまったのである。
 素直で人懐こく、その上 おしゃべり、ちょっと間の抜けたところもあるから
 彼との会話を寺院の中でしばらく楽しむ。

 この寺の中には多くの石像がある。
 寺院の中心にある塔もインドの古典的なスタイルで カトマンズ盆地の中の
 ネワール建築とは異なっている。
 ネワール族にとっては ナラヤン、シバ神に対する信仰よりも インドラ、バイラブ、
 カーリーに対する信仰の方が大切である。
 そのためか サハ家、ラナ家の建てたシバ寺院、ナラヤン寺院に訪れる人々は少ない。
 このすぐ近くに ガートと呼ばれる火葬場があるから、そのために訪れるだけである。

 ネワール族の寺院は木彫り彫刻によって 寺院が装飾されているが、サハ王制以降の
 ものは 木彫り彫刻は数を潜め、石造りの彫刻が増えてくる。
 しかし、職人はネワール族の石の彫刻をする人たちである。

 ネワール族の寺院は 木の暖かさを感じさせ、雑多な雰囲気にあふれているが、
 サハ家、ラナ家の建てた寺院は サハ王家、ラナ家の権力、権威の象徴的な存在で
 馴染みにくい雰囲気がある。
 如何にも力を表わしていて、民衆とはかけ離れた感じがする。
 誰でも受け入れるという優しさは感じられない。
 それが 民衆たちがここにあまりやってこない原因だろう。

 ただ、サハ家、ラナ家の建てた寺院の中や周りには 人々の住む住居が建てられ、
 そこには カトマンズの外からやって来た人々が住んでいる。
 それが 寺院の持つ権威的な雰囲気を和らげている。
 生活のにおいを感じさせてくれるのは 魅力の一つではある。
 私がバグマティ川沿いの寺院やその周辺にやってくるのは 寺院の中やその周辺に
 住んでいる人々の素朴な生活を眺めるためである。
 このナラヤン寺院周辺には そうした人々の落ち着いた生活がある。

 彼らの生活の発する生活感は 日本の寺院のようにやたらきれいに整備され、
 人々を寄せ付けない素っ気なさを和らげている。
 この権威的な寺院の中にいても 意外と寛ぐことが出来るのである。
 観光客の姿もなく、権威的な僧侶もいない。
 いるのはこの場所に住む素朴な住民だけということになれば、
 静寂を相手にのんびりした時間を過ごすことも出来る。

 今日は散歩の道連れの少年がいたのでそういう訳には行かなかったが、
 それはそれで楽しかった。
 ナラヤン寺院を離れ、道連れの少年はたらいを抱えて 少し先にある広場の水場に洗濯に
  私は 道を右に曲がってパタンの旧市街に向かった。



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 ネパールの暦で 雨の降る月 アサールは それほどの雨をもたらさないまま
 過ぎ去り、サウンというネパールの月に入ってしまった。
 雨期のはずなのに 人々の期待するほどの雨が降らず、今日も朝から上天気である。
 散歩がてらに バグマティ橋にやってきて いつものネワール・カザの店で 軽い
 昼食を摂る。
 そのまま家に帰ってもよかったのであるが バグマティ川上流のパタン側の岸辺
 近くにあるナラヤン寺院に行ってみることにした。
 バグマティ橋からカトマンズ川の岸辺に降り立つと そこは2年前から拡がってきた
 スラムがある。

 そのスラムの入り口に差し掛かると スラムの入り口付近のビニール張りのバラックに
 住んでいる家族の子供たちが近づいてきて、しきりに自分たちの写真を撮れと声を
 かけてくる。
 時々やって来ては カメラを向けて写真を撮っている私は すっかり顔なじみになって
 しまったようだ。
 スラムの入り口周辺には インド系の人たちが住んでおり、声をかけてきた子供たちも
 やはり、インド系の子供たちである。
 3人の男の子たちの写真を撮っていると、近くにいた女の子たちも自分たちの写真を
 撮ってくれとせがんでくる。
 撮った写真を カメラの液晶画面で見せると 大喜びである。
 インド系の子供たちといっても インドと国境を接するネパール側、タライ地方
 生まれの子供たちのようで 写真と撮られることを嫌がらない。
 ネパール国籍を持ったインド系民族ということで 親も子も気持ちの上では
 安定しているのかもしれない。

 スラムの中を抜け、バグマティ川の川辺に沿って歩いていくと パタン側に渡る
 小さな橋がある。
 その橋の途中で バグマティ川下流を眺めると 川面に白い雲が映り、その向こうに
 カトマンズを囲む山、そして上空には白い雲、牧歌的な風景に心も和む。

 橋を渡ると 国連の援助で造られている細長い公園がある。
 この公園の中に地下水を汲み上げる施設も造るらしいが、完成は何年先のことだろう。

 公園を抜けると ナラヤン寺院へと向かう石畳の道へと入っていく。
 このあたりは 外国人旅行者はほとんど来ない場所で 昔ながらのカトマンズの
 雰囲気が濃厚に残っている場所だ。

 ラナ家専制時代に建てられた150年近く前にの古い遺跡が建ち並んでいる。
 その中の塔の一つに何人かのネパール人が座り込んでいる。
 その中にいた7,8歳の男の子が 私の方にやってきて 「ギブ・ミー・ワンルピー」と
 声をかけてきたので ネパール語で 「人の顔をみたら、お金を恵んでくれと
 言うのか、なんという子供だ」とネパール語でやり返すと 「何だ ネパール人だ」と
 言いながら、逃げ出していく。
 大人たちもそれを聞いて笑っている。

 マガール族の家族たちである。
 「何の仕事をしているのか」と訊ねると 「仕事はないよ。朝起きて ご飯を食べ、
 1日ぼっと過ごして、晩飯を食べ、寝ているだけだ」と冗談半分に言っているので
 「仕事をしないで 3食昼寝付きで 夜になったら寝る。それが出来るなら、
 1番いいことだ」とやり返すと 大笑いをしている。
 カトマンズにやってきてから 10年以上になると言う。

 近くに洗濯物を抱えた少年がいたので 何族だと聞くと カルカ・チェットリだと
 周りのマガール族が教えてくれる。
 13歳の少年である。
 南ネパールのタライ地方のヘタウダに近い村からやって来て、ネワール族の農民
 カースト マハルザンの仏像造りの作業場でした働きをしている。
 村の子供丸出しで 全く警戒心もなく、ぺらぺらと私に話しかけてくる。
 私と一緒に歩くことに決めたらしく、散歩の道ずれになってしまった。
 洗濯はどうするのと訊くと この先に水場があるから、そこでと言いながら、
 いくつかの水場を通り越してしまっている。
 土曜日は ネパールの休日、この少年ものんびり休日の午後を過ごしているのだろう。

 二人でテクテクと石畳の道を歩いていると 目的地のナラヤン寺院の中から 
 なにやら ネパールダンス風の音楽が聞こえてきた。
 少年はしきりに「きっと 中で映画の撮影をしているに違いない。一緒に見に行こうよ」
 と誘いかけてくる。
 それではと一緒にナラヤン寺院の中に入っていった。


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 昨日から ネパール暦のサウンという月の1日に入った。
 雨期の始まり、田植えの月のアサールも 期待するほどの雨も降らず、
 1年のうちで もっとも雨が多い7月も半分を過ぎてしまった。
 まとまった雨が降らない。
 1日1時間ほどのスコールがあると、次の日は晴れるといった繰り返しで、
 田植えの終わった田んぼを見ても 水などは溜まっていない。

 こんな天候の毎日であるが 相変わらず、雲の変化だけは素晴らしい。
 雨をもたらす雲であれば いいのだが、期待ばかりを募らせる雨をもたらさない
 雲である。

 夕方近くなって、いつもの散歩コース バグマティ川沿いに歩いていく。
 西の空には 湧きあがる雲が 墨を流したような姿を見せている。
 まさに墨絵の世界である。

 田んぼの脇の道を通って、河川敷の広場に入っていくと 子供も若者も サッカーに
 興じている。

 そのグランドを抜けて 先日 見かけたインド人の子供たちが戯れていた草原まで
 足を伸ばしたが、ひっそりと静かで 子供たちの姿はない。
 草原の向こうの雑木林の木のてっぺんで カラスたちが 夕暮れ時の光の中で
 忙しげに飛び回っている。
 飛び立ったと思えば、又、木々の上に戻ってくるといった繰り返しである。

 ふと後ろを振り向くと 東の空に うっすらと虹がかかっている。
 雲の切れ間に わずかばかりに姿を見せた虹である。
 何かいいことでもあればいいなと願うが どんなものだろう。
 しかし、自然のくれる贈り物は有り難いものである。
 心が豊かになったような気持ちになれる。

 西の空の夕陽も 川向こうのシバ寺院の後ろの雲の中に沈もうとしている。
 毎日姿を変える夕暮れのこの光景は きっといつまでも私の記憶に刻み込まれるに
 違いない。
 雨期の夕暮れのカトマンズの風景は 叙情的で 心の奥底まで染み入ってくる。

 河川敷を離れ、再び 大通りに出ると 一人の少年が 凧を揚げている。
 巧みに糸を操り、空高く 凧は舞い上がっている。
 少年の顔を見ると 去年のダサインの祭りの頃も 毎日のように凧を揚げていた
 少年だ。
 1年近く経つと あどけなかった顔つきも 少年らしい顔つきに変わっている。
 子供の成長は 早いものだ。
 目が合うと 私のことを憶えていたらしく 笑いかけてきた。
 
 10月のダサインの祭りには 早い凧揚げだが、今は 子供たちの間では
 流行になっているようだ。
 コンピューターゲームに夢中になるより 余程 健康的だ。
 五感を使って世界と総合的に関わる力は 先進諸国の子供たちの
 欠けている能力の一つだ。
 暮れなずむ空を見上げながら 凧を操る少年の心には 何が刻まれていくのだろう。
 意識はしていないかもしれないが 自然そして 世界との一体感には包まれているだろう。

 夕陽はすっかり雲の中に隠れ 夕闇だけが迫ってきた。
 この夕闇に包まれて 遠い昔の自分の少年時代へと 心は向かっていった。


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