カトマンズ バグマティ川の辺にて

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 雨期に入ったカトマンズ盆地の空と雲の変化には 心を奪われてしまう。
 不安定な天候の変化は その変幻自在な姿を夕暮れ時に現す。

 そんな夕暮れ時になると バグマティ川沿いに散策を繰り返し、川辺のシバ寺院が
 対岸に見える運動場のようになっている河川敷の広場に佇むことにしている。
 夕闇が迫ってくると 広場で遊んでいた子供たちの姿もいつの間にか見えなくなり、
 薄暗闇の中のバグマティ川岸辺の水場で 水浴び、水汲みをしている人たちだけの
 姿が残る。

 河川敷の広場を囲む雑木林の上では カラスたちが しきりに騒ぎ、飛び回っている。
 対岸に見える川辺の二つのシバ寺院もだんだんとシルエットに変わっていく。
 茶色に色を変えたバグマティ川の水の流れも 黒く変わり、その水音、せせらぎが
 目立ち始める。

 山の町 カトマンズが美しい装いを見せる瞬間である。
 人口増加ですっかり変わってしまったカトマンズであるが、まだどこか懐かしい
 山の町の姿が感じられるときだ。

 二つのシバ寺院のシルエット、その上に広がる空と雲の饗宴、沈み行く夕陽とともに
 その色合いを変えていく。
 バグマティ川の流れ行く音に耳を傾けながら、その色彩の変化に心を奪われ、
 その色彩が心の奥に沁みてくる。

 暮れなずむ田畑の向こうには 一本の木がある。
 その後ろには 妖艶ともいえる夕焼け、この夕焼けを背に家に向かった。


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 ネパールは 雨期に突入したらしいのだが、このカトマンズ盆地では なかなか
 集中した雨が降らず、田植えの終わった田んぼには まだ十分な水はない。
 日中は 雨期前より気温も下がったが、湿気が多く、蒸し暑さを感じる。
 夜には気温が下がり、扇風機など必要はなくなった。
 扇風機など使っていると 寝冷えをして、風邪を引く基になる。
 私も1週間前の雨の降った夜に扇風機をかけて、寝込み、それが原因で風邪を引き、
 いまだに回復していない。

 一昨日の夜は カトマンズの中心部では雨はわずかだったが カトマンズの山間部では
 激しい雨が降ったらしく、バグマティ川の水位が上昇している。
 川の水の色も 汚染された黒い水の色から泥を含んだ茶色へと変化している。
 この水をどこかにプールすれば、農業用水として利用も出来るだろうに 
 そうした試みはないようだ。

 カトマンズのタパタリとパタンのクポンドールを結ぶ橋 バグマティ川のすぐ上流に
 あるスラムでは 川の増水から 岸辺近くに作っていた簡易トイレのいくつかが
 流されたようだ。
 昨年の雨期の際にも 川が増水して 浸水を避けるためにスラムの住民たちは 土嚢を
 積み上げ、大変な思いをしたようだ。
 バグマティ川の河川敷に違法に建てたスラムなど、川の増水で流されてしまえば
 いいのだと平気で口に出す人もいる。
 そういう意見を持つ人たちは 昔からカトマンズ盆地に住み、土地、家を持ち、
 豊かに生活している人たちの間に多い。
 それはどこの国でも同じことで 自分は困っていないから、貧しい人たちに対する
 関心はない、自分たちは頑張ったから、今の豊かな生活を享受しているのだと思って
 いる。

 昨夜も夜8時から10時までの計画停電だったが、その間、部屋にいても仕方が
 ないので 通りにある店の前で行われている近隣の男たちの井戸端会議に参加して
 見た。
 昨日の話題は 学生と警官隊との衝突の話で 警察側からの発砲でせいか定かでないが
 負傷者が出たというものだった。

 それから、近頃、カトマンズにインド系の住民が増えているということだ。
 親インド派であるネパール共産党(エマーレ)とネパール国民会議派を中心とする
 連立政権が1ヶ月半前に出来て以来、カトマンズでは インド系の顔つきをした
 人たちの数がやたら、増えているような気がする。
 通りに屯している人たちの言葉に耳を傾けても ネパールの南部のタライ地方の方言か
 インドのヒンディ語で話している。
 彼らは ところ構わず 大声で話しているから余計に目立つ。
 タライ地方の住民など インドとネパール両方の国籍を持っており、
 ネパールで選挙があれば 大量のインド側の住民が入り込んできて 
 選挙に参加するというのは暗黙の了解になっている。
 タライを中心として インドの影響力を強化するというインドの政治的な意図が
 見られる。
 親インド派の政権が出来、インドの言いなりになる政権が出来たことで
 インド側が ネパールにインド人を大量に送りつけているような気すらしてくる。
 シッキム王国がインドに併合される前にも 今のネパールと同じように大量の
 インド人を送り込むというインド側の策略があったのではと思えてくる。

 インドに国境を接するネパール南部の住民も 国境の向こう側に住むインド人も
 同じ民族で 実際 ネパール人なのかインド人なのか、顔つきや言葉からは
 判断できない。
 ネパール人もよほど気をつけていないと そのうちインドにネパールを乗っ取られて
 しまうだろう。
 今の政府は 何事もインドの言いなりで インドのやりたい放題に任せている。
 今のカトマンズでのインド人、インド系住民の割合は かなり増えてきている。
 その増加率では 村から出稼ぎにやってくる先住民族(タマン、マガール、
 ライ・リンブー、グルン)以上のはずだ。
 相手は 13億以上の人口を要するインドである。

 この小さな国 ネパールでも インド政府とアメリカのCIAが手を取り合って、
 ネパールに対する中国の影響力を殺ごうと躍起になっている。
 どこかの国の状況と同じである。


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 家を出て バグマティ川沿いの道路に向かい、そこから上流にあるパタンと
 カトマンズに架かるバグマティ橋に向かうか、それとも下流に下って パタンと
 カトマンズのテクに架かる黒い吊り橋に向かうかは その日の気分しだいである。
 どっちを取っても 回るコースは同じで 反対回りになるだけだ。

 この日は 上流のバグマティ橋を渡り、ラナ家の創始者 ラムバハドォール・ラナが
 2百年近く前に建てたラーマ寺院、ナラヤン寺院の石畳の敷かれた参道を通り抜け、
 ネパール軍の宿舎脇を通り過ぎると 6,70年前に ラナ家によって建てられた
 公立学校の建物の裏に出る。

 その裏道のわきで 食べ物を料理して売る屋台に出会った。
 今まで見かけなかったものである。
 そのすぐ近くでは 腹をすかせた学校帰りの中学生が 焼きそばをほお張っている。
 屋台の店主は ポカラ出身のグルン族の若者である。
 本来 料理をすることが好きなのだろう。誰にも習わず、料理は見様見真似で
 覚えたという。
 すぐ近くのスクムバシ(スラム)の中に 部屋を借りて住んでいるようだ。
 話を始めた以上 何かを食べないわけにはいかない。
 中学生の食べていたものと同じ焼きそばを注文することにした。
 わずかばかりの野菜を加えた野菜焼きそばで 値段は20ルピー 約30円である。

 フライパンを動かす手つきは なかなか器用である。
 お腹がすいていなかったせいもあるが、味はそこそこで食べることは可能といった
 感じだったが 出してくれたフォークを 親切にも 雑巾のような汚い布切れで
 しっかりと拭いてくれたのには ちょっと閉口した。
 たっぷりの量があり、食べ切れそうにもないので ちょうどそばにいた小さな子供が
 如何にも食べたそうな顔をしていたので 分け与えることにした。
 タパタリのいつもの店で モモ(ネパール風蒸し餃子)などを食べてきていたから、
 全部を食べるのは苦しく、近くに小さな男の子がいたのは 幸いだった。
 余程 お腹がすいていたのか 勢いよく食べてくれたのはありがたかった。

 バンコクなら タイに移民してきた中国人たちは 屋台を出発点にして、商いを
 始め、何年か後に 店を持つために努力を重ね、店を持つようになるが、
 このグルン族の若者、将来に対する見通しを持っているのだろうか。
 我流の味付けだけでは 次のステップは難しいかもしれない。

 写真を撮ったり、話をしているうちに 焼きそばの代金を支払うのを忘れてしまった。
 村から出てきた若者の遠慮深い性格からか、お金を要求してこなかったから 拙かった。
 家に帰ってきてから、お金を払わなかったことを思い出し、後味の悪い思いをした。

 昼の1時から夕方の5時まで 後ろにある公立学校の生徒相手に屋台を開いていると
 聞いていたので、翌日 お金を払いに行ったが、金曜日は ネパールの学校は半日授業で
 この日は 彼の商いも休みのようだ。

 すぐ近くのスクムバシ(スラム)の入り口近くに彼の屋台が置いてあり、
 近くの住民に彼の居場所を尋ねると 呼びに行ってくれ、奥のほうから彼が出てきた。
 今日は学校が半日なので 商いは休みだという。
 お金はいつでも良かったのにと言われたが、日本人の信用問題にかかわるから、
 そういうわけにはいかない。
 いつだって、人と人との関係の中では 誠実さを表わすことが大切である。
 言われて払うのと 自分のほうから払いに行くのでは印象は違う。
 このスクムバシには たびたびやって来るから、いい加減なことをしていれば、
 住民の見る目が違ってくる。

 彼に焼きそばの代金を支払い、すっきりした気持ちで家へと向かった。



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 カトマンズの隣の町 パタンに住み始めて 20年近くになる。
 こんなにこの場所に長く住むとは 思いもよらなかった。
 知らぬ間に 時が流れていってしまった そんな気持ちにとらわれてしまう。

 この頃は このバグマティ川周辺の夕暮れ時の雰囲気が好きで 夕方近くなると
 散歩に出かけることが 多くなっている。
 希望や未来を予見させる明け方よりも 郷愁めいたものを感じさせてくれる
 夕暮れの方が はるかに心に馴染む歳になってしまっているのである。

 夕焼けを眺め、裸電球の中で人々が夕闇の中でうごめいている姿を眺め、
 ラベンダー色に染まる通りを急ぎ足で家路へと急ぐ人々を眺めていると 
 心は いつの間にか 過去の時間へと向かっている。
 こんなに夕暮れの中に どっぷりとつかることなど、今まであったのだろうか。

 20年前に この町にやってきたときには どことなく未来に対する期待もあった。
 しかし、20年経った今では もう期待すべきものは何も残っていないような気も
 してくる。
 もうあるがままでいい、余計な希望や期待の中で心を悩ませるのはやめよう。
 この歳になると もう10年後のことすら、確かなことではないし、
 10年後に 果たして この夕暮れの中にいることすら予測できない。

 今 感じていることは このバグマティ川沿いの町に住んでいることが
 しっくりと自分に馴染んで 快いということだけだ。
 ここに住む人々と別段深いかかわりがあるわけではないけれど、いつも顔を合わせる
 人々と言葉を交わし、目を合わせ、互いにこの場所に生きていることを確かめ合って
 いるだけのことだが、それが妙に心を和ませてくれるのである。
 生活する そして生きていることが どこかでつながっているという気持ちが
 感じられるのである。

 異国に住んでいながら、この場所は 私にとっては 異国ではなくなっている。
 むしろ 自分の生まれた祖国のほうが 余程 異国のようなものになっている。
 不思議なものである。

 決して清潔とはいえない雑然としたこの界隈は 不思議に居心地がいいのである。
 橋の袂の市場で野菜を眺め、気に入ったものがあれば買う。
 通りを曲がれば、タマン族のおばあさんが 道の隅っこに座り込んで スモモや
 大きな瓜を売っている。
 橋の上に上がれば、ラーマ寺院と流れ行くバグマティ川、通りに戻り、家路に向かえば、
 インド人たちの果物の露天商、もう目を閉じても、通りのひとつ、ひとつの場所が
 思い浮かぶ。
 20年という月日の流れは 町とのつながりを細々ながらも作り上げてきたようだ。
 ただ そこにいるというだけで つながりが生まれてくるのが カトマンズの良さで
 ある。
 旅行者が カトマンズという街に惹かれるのもそんなところからかもしれない。
 街が2千年の歴史を持っているということは そういうことなのだろう。



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 コンピューター部品を購入し、小雨の降る中、家まで持ち帰り、すぐさま 部品を
 組み立て始めているうちに 夕方の6時近くになってしまった。
 今日(6月30日)の計画停電は 夕方6時から8時までの2時間、終わっていない
 コンピューターのセッティングをそのままにして、バグマティ川沿いの道を 橋に
 向かって 散歩することにした。

 雨上がりの夕刻、雲の変化の模様が美しく、それが心を打つ。
 東西南北 山に囲まれたカトマンズ盆地、その山々の上にかかる雲の動き、
 光の当たる色合いの変化に惹きつけられながら、ゆっくりと歩いていく。
 カトマンズとパタンに架かるバグマティ橋の中間に佇み、西の空を眺める。
 沈み行く夕陽が 雲に神々しい色彩を与え、このカトマンズ盆地が 神々の棲む地で
 あったことを十分に彷彿させてくれる。

 橋を渡り終え、ラーマ寺院に向かって歩き始めると、ラーマ寺院に棲みついている
 猿たちの動きが いつもと違って興奮気味だ。
 ラーマ寺院の隣にあるナラヤン寺院の中へと階段を下りて、中庭を通り過ぎ、石畳の
 敷かれた川沿いの道を 夕陽を見ながら静かな気持ちで歩いていると 猿たちが
 興奮して、動き回っている。
 こんなにこの寺院の中に猿がいたのかと思わせるほど、猿たちが集まっている。
 一体 何が起こっているのか、猿たちを興奮させるものは何かと 気にかかって
 仕方がない。
 とんでもない出来事でも起きる予兆なのだろうかと気になり始める。
 そのうち、猿たちは 寺院を囲む建物の屋根に上り、西の空を眺め始めた。
 地面近くにいた猿たちも どんどん屋根に向かって上っていく。
 夕方近く何度もこの場所を訪れているけれど、こんな猿たちの姿を見るのは
 初めてである。

 ラーマ寺院に猿が棲みついているのは あの有名なインドの叙事詩 ラーマヤナの
 中に出てくる猿の王 ハヌマンが ラーマ王子を助け、魔王からラーマ王子の妻
 シタを救い出すことに協力したことに由来する。

 あの美しい雲に向こう側に 猿たちは ラーマ王子の姿を見つけ出したのだろうか。
 西の空に広がる神々しいまでに美しい雲の姿は カトマンズが 世界の中で
 特別な場所で ここが神々の棲む町だったことを暗示している。

 この沈み行く夕陽、そして雲、その周りの山々、やはり、このカトマンズは
 神々の棲む世界の中心なのだ。
 それを感じさせてくれる場所は もう僅かしか残っていないけれど、
 この時間の この空間に佇めば、それは十分に感じられるのである。
 見ようとするものには見えるし、見ようとしないものには見えない。

 猿たちには それが見えたのである。それが感じ取れたのである。
 そして、私も今日のカトマンズの夕刻のこの場所、この時間で
 何か特別なものを感じたのである。
 私の愛したカトマンズが そこに僅かの時間であるが たち現れたのである。
 それは涙が出てきてしまうような美しい光景だった。



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