カトマンズ バグマティ川の辺にて

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 スクムバシ(スラム)の東の端っこの木陰の下では この近辺に住む住民たちが 
 暑さのこもる家の中から抜け出し、涼しい風を身に受けてのんびりと土曜日の
 休日の午後を過ごしている。
 といってものんびりと過ごしているのは 大人ばかりで、子供たちは学校の宿題に
 大わらわである。

 ゴザを敷いた上に座り込み、学校の教科書とノートを置き、しきりに書き込んでいる。
 小学校前の子供たちであっても 学校の宿題は山ほどある。
 親たちに話を聞くと 公立学校ではなく、近くの私立学校に通わせていると話す。
 カトマンズの私立学校は 詰め込み式で 自分で考える力をつけるというより、
 暗記をさせることが主になっている。
 子供たちは 自分で考える力、自立して生活していくための能力は 学校の外で
 身につける。
 ネパールでは 高校卒業資格試験というものがあり、これに合格しないと 
 大学には進学できないし、これが出世への道と考えられているが、実際のところ、
 それは形ばかりで、公務員や楽な事務員の仕事の大半は 縁故が必要で、そうした職業は
 現在の支配階級の大半を占めるバウン族(僧侶カースト)、チェットリー族
 (武士カースト)に独占されているのが現状である。
 僅かでもチャンスにかけているのである。
 この木陰の下に集まっている人たちは 先住民族のグルン族である。
 彼らにとって 昔からの唯一の出世の道は イギリスの傭兵 グルカ兵になること
 だった。
 その仕事も以前に比べると 先細りのようだ。
 グルカ兵の仕事を得ても イギリス軍の前線の1番危険なところに送られ、命を失う
 危険も大きい。

 このグルン族の人たちは この集落の中でも古くから住み着いているグループの
 人たちである。
 このスラムの集落には二つのグループがある。
 20年ぐらい前から住み着いている人たちと 1年ほど前から住み着き始めた人たちの
 二つのグループがある。
 新しい住民は 8ヶ月前にマオイストが政権と取ったときに マオイストの政府で
 あれば このバグマティ川河川敷に住み着いても 追い出しはしないだろうと
 期待し、木箱をばらし、それを使って バラックを建て始めた人たちで 
 バグマティ川に近い側に住んでいる。

 ネパールの場合、スラムのような集落に住んでいるからといって、本当に生活に
 困っているとはいえない。
 というのも どんな粗末な家であっても いざ建てようと思えば、ある程度の資金が
 必要である。
 その資金がなければ、大変でも 最悪の部屋を借りての間借り生活をするより方法が
 ない。
 カトマンズでは 安い部屋を借りても 最低千ルピー以上、少し広めの部屋であれば、
 2千ルピーはしてしまう。
 この部屋代を節約するには バグマティ川の河川敷に違法に住み着いてしまうのが
 手っ取り早い方法である。
 ある意味では庶民の悪知恵でもある。

 どんな形であっても 自分の家が持てたということは 間借り生活者よりも生活が
 楽になるということを忘れてはならない。
 だから、カトマンズのスラム生活者が 貧しい人たちであるとは 一概に言えない
 のである。
 だから スラムに住みながら 私立学校に通うという子供もいるのである。
 カトマンズ盆地の外の村から カトマンズに出稼ぎにやって来た人たちが 
 カトマンズで土地を買うなど不可能である。
 彼らが住んでいるスラム周辺の土地価格は 15坪で7,80万ルピー(約百万円)
 である。
 余程のことがない限り、こんなお金を手にすることは出来ない人々だ。
 だから、ちょっと知恵の働く人間なら、まず土地確保のためにバラックを建て、
 お金が用意できるようになれば、レンガ造りの家に建て替えるという方法をとる。
 スラムに住んでいるすべての人々が そうすることが可能であるとは言えないが、
 2,30パーセントの人々は 確実にそうしている。
 そんな視点でスラムを見つめることも必要なのである。
 そうしないと 彼らよりもっと苦しい生活にある人たちのことを
 忘れてしまうからである。



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 ネパールでは 土曜日が休日だ。
 日本や欧米なら日曜日が休日であるが、どういうわけかネパールでは
 土曜日が休日である。

 今日は 昼間の12時から2時までの計画停電である。
 現在 ネパールでは 1日4時間の計画停電であり、今日も他に夜8時から
 10時までの計画停電がある。
 つい先日、1日1時間半程度の計画停電になると言った口先の乾かないうちに
 新しい計画表を発表し、しっかり4時間、そして、途中に予定外の停電もあるから、
 実質5時間といっても間違いはない。
 予測していたように雨が降らないために 予定を変更してしまったのだろう。
 政府に 計画性のないのはいつものことである。

 昼間の2時間の計画停電中、部屋の中にいても扇風機が使えず、暑いばかりで
 何もすることも出来ないので、気分転換に外へ出掛けることにした。
 日中の午後の戸外も 気温35度を超え、暑いのには違いないが、電気が来るまでの
 時間 気がまぎれるので 近くのバグマティ川周辺を散策することにした。
 近頃は帽子もかぶらず、外を動き回ることが多いので すっかりネパール人並みに
 色が黒くなってしまった。

 対岸にあるスクムバシ(スラム)あたりまで足を運んだ。
 黒い鉄製の吊橋を渡り、川辺のシバ寺院の前を通り、スラムの中に入っていった。
 ここのスラムは どういうわけか、木箱をばらした木材で家が建てられている。
 スラムといっても かなり、見映えがいい。
 ネパールの山の村に行けば、こんな家も珍しくはないだろう。

 土曜日の休日のため、スラムの中では 子供たちの姿が目立つ。
 秋に始まるダサインというお祭りのときだけに揚げる凧を この暑い陽射しの中で
 3人の子供たちが楽しそうに揚げている。
 「ダサインのときに凧を揚げるのは 空の上に住むインドラの神様に もう雨は
 入らないと知らせるためなのに 雨がほしい今、凧を揚げていると インドラの
 神様が間違えて、雨を降らせてくれないぞ。」
 と子供たちに言うと笑っている。

 少し先に行くと 男の子が水浴びをしている。
 1週間に一度、土曜日の午後に水浴びをすることを決めているのだろう。
 近くの水場から、自分で水を運んできたのだろう。
 そのすぐ近くでは 女の子たちが 水を汲みに行く用意をしている。
 女の子たちの後をついていくと、自動車のタイヤを利用して造った小さな井戸があり、
 その周りに子供たちが群がっている。
 土曜日の休日は 子供たちが水汲み当番なのだろう。
 スラムの中で 少しでも快適に暮らそうと思えば、水は欠くことの出来ない
 大切なものである。
 飲み水、洗濯のための水、水浴びのための水、トイレの水、食器などの洗い物の水、
 どれもこれも生活のために必要な水だ。
 大人も子供も この日照りの続く季節の中で 水を求めて右往左往している。
 政治の不毛、政府の無策が生み出した災害である。
 カトマンズの外には 多くの川があっても、その水をカトマンズ盆地の中に
 引き込むことは出来ない。

 それでもたくましい庶民たちは 自力で生き抜こうとしている。
 子供たちも同じである。



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 夕暮れ近くなって トリプレソールにあるトリプレソール・マハデヴィ寺院の
 境内の中に久しぶりに入ってみた。
 暑い午後の陽射しは衰え、あたりを漂う空気の中にも涼しさが入り込み始めている。
 暑い午後を過ごした人々の表情にも ほっとした和やかな雰囲気に変わってきている。

 境内の中では 子供たち相手に遊びに興じている大人もいる。
 昔の日本にもこんな子供好きの大人がいたものだ。
 この寺の中に住んでいる女たちは 境内の片隅に座り込み、夕食の支度までの
 時間を ゆったりとした様子で過ごしている。
 なにやら、百年前のネパールの時間の流れの中に入り込んでしまったという
 錯覚すら憶えてしまう。
 人間にとって 大切な時間と空間が そこにあるといった感じなのだ。

 しばらく、この境内の中に佇み、そして、昔は表門であったのだろうが、
 今は裏門になってしまっている門から外に出ると、そこでも女たちが 
 昼間の暑さから開放され、これから始まる夕餉の仕度前の時間を過ごしている。
 カメラを向けても気にするわけもなく、それをごく当たり前のものとして
 受け入れてくれるのは 有り難いことだ。
 そんな女たちの姿を眺めながら、石段を下っていく。

 このあたり一帯にはラナ家の創始者 ランバハドール・ラナの建てたいくつかの
 寺院があり、その寺院の中や外には 小さな家屋が建てられ、そこにはカトマンズの
 外からやって来た貧しい人たちが住んでいる。
 申し訳程度の家賃で 10年、20年と住み着いている人たちだ。
 どこもかしこも ゆったりとした至福の時に包まれ、この世のあわただしさなど
 どこにあるのだろう。
 そんなことを感じさせてくれる夕暮れ時の寺院内外(うちそと)である。

 カトマンズを囲む西の山に沈み行く夕陽、そのオレンジ色に染まった赤いレンガ造りの
 古い家々と石畳、心の奥底まで染み入るような光景が あたりに広がっている。
 これが 本当のカトマンズだったのだ。
 こんな光景に憧れて異国の旅人は カトマンズに身を置き、心の安らぎを覚えたに
 違いない。

 ラーマ寺院の方から 1頭の牛が ゆっくりと歩を進めてくる。
 何か声をかけてやりたくなる。
 どこに帰っていくのだろう。
 牛の後ろには オレンジ色の夕陽を浴びた長い石畳が続いている。
 大人も子供も牛も犬も この至福の時間の流れに身を置いている。

 カトマンズでは こんな至福の時間と空間が 突然のように現れてくる。
 やはり この街は凄い、静けさというものが どこかに隠れていて、
 時間と空間の隙間から流れ出してくるのだ。

 心の中に沁みこんだ至福の時間と空間をぶら下げて 
 バグマティ川に架かるバグマティ橋を渡る。
 橋の上からバグマティ川を眺めると 水位の下がったバグマティ川を 
 子供たちが水の上の石段を 飛び跳ねるようにした 対岸へと渡っていった。


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 もう20日近く 雨が降らないカトマンズだ。
 私がカトマンズにやってきて、雨とは言えないお湿り程度の雨が降ったが、
 これでは雨のうちに入らない。
 空気はすっかり乾燥して、やたらに喉が渇く。

 先日もいつものように バグマティ川周辺を散策した。
 このバグマティ川のカトマンズとパタンを結ぶ1番大きな橋 バグマティ橋から
 1キロくらい下流にあるテク橋までのバグマティ川の周辺には まだ自然が
 多く残っている。
 ネワール族のタンドォカール(米の商いをするカースト)、マハルザン(農民カースト)
 の田畑が いくらか残っているし、雑木林もある。
 バグマティ川沿いに広い道が出来、このあたりの土地の値上がりは うなぎ上り、
 早晩 残っている田畑も住宅地に変わっていくだろう。

 ネワール族のマハルザン・カーストの若者が バグマティ川からポンプで畑に
 水を引く準備をしていたのでいろいろ訊いてみた。
 畑の広さは3ロプニ(1ロプニは約160坪)、現在の土地価格で1ロプニ
 1200万ルピー(日本円で1600万円以上) 3ロプニあるから 日本円で
 5000万円近い価値があることになる。
 ネパールの物価から考えると 大金持ちということになる。
 後から若者の両親が 薄汚い野良着を身につけ、やってきたが 貧しそうな農民に
 しか見えない。
 息子は土地を売って、何か別の商売を始めたいらしいが、両親は土地を売ることを
 認めないらしい。

 「へえー 大したもんだ」と驚きながら、再び散策を続けると、田畑の一角では
 このあたりで1番早い田植えが始まっている。
 稲の苗床を作っているのは見かけたが 田植えをこのあたりで見るのは初めてである。
 田んぼの畦道を歩いて、近づいて行ってみると、その田んぼは私の住んでいる家の
 すぐ前に住んでいるネワール族のタンドゥカールの家族のもので 昔からの知り合いの
 おばさんが 苗床の前に座り込んでいる。
 幼子を連れた女性もいたが 田植えの手伝いを頼まれた女性で 妹と一緒に
 やってきたらしい。
 ネワール族は 2千年も前から カトマンズ盆地に住み着いている先住民族で
 地味も良いカトマンズ盆地に多くの田畑を持っており、経済的には豊かで、
 農繁期には 近隣に住むタマン族などを雇うことが多い。

 この近所のネワール族のタンドゥカールの家は 元々 専業農家だったが、
 土地を切り売りして そのお金で 家を建て増し、15室以上の部屋を賃貸しし、
 それで生計を立てている。
 わずかばかり残っている田畑だけでは 自給自足に満たず、野菜以外の食品は
 市場で買っている。
 このあたりには ネワール族のタンドゥカールが多く、大半のタンドォカールの人々は
 土地を売ったお金で 通りに店を出し、家を建て、部屋の賃貸しに精を出している。

 後日 木の下に造られたチョータラと呼ばれている休憩所に 
 田植えを手伝っていたチェットリ族の女性が 子供を抱きかかえ 座り込んでいた。
 近くに部屋を間借りして住んでいるらしい。
 田舎はカトマンズ郊外のデュリケルという町の先にあるラメチャーブという村から
 やってきて どうにかこうにか生活している。
 両親はなく、村とのつながりもなくなってしまったと言う。
 田植えの仕事は 1日150ルピー(約200円)の日雇い仕事だったようだ。
 隣にいた男性は 彼女の夫だった。
 カトマンズの外からやって来たものにとっては 間借り代、食費と 
 生活は 大変だ。
 まだ子供が小さいうちはいいが、学費がかかるようになるとますます大変になる。
 親は苦しい生活の中でも我慢できるが せめて子供だけにはいい思いをさせたいと
 思うのは当たり前の親の気持ちである。



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 6月も中旬を向かえ、カトマンズ市民は 雨期の到来を待ちわびているが
 日々 気温は上がっていくばかりで 雨の気配はない。
 もうじき ネパールの暦では アサールと呼ばれる雨期入りの月を迎えるが
 暦通りに雨期がやってくるかどうかは 心もとない。

 耐え難い暑さの季節の中でも 樹木や草花は 雨のない暑いこの季節を
 しっかりと生き抜いている。

 カトマンズの季節の推移は 日本の季節と良く似ている。
 カトマンズの九州の気候に1番近いのかもしれない。
 カトマンズ盆地の中なら、寒い冬の季節でも 気温が零度を下ることはない。
 日中なら 冬でもぽかぽか陽気で セーターなどを着ていたら、汗ばむほどだ。

 夏は3月後半から始まり、6月中旬まで続き、それから雨期に入るのである。
 日本の場合は 梅雨のあとに夏がやってくるが ネパールは逆である。

 雨期入り前、近所を散策してみた。
 バグマティ川にかかる橋の袂にあるラーマ寺院のすぐそばには 世界の三大街路樹の
 1つであるジャカランタの樹がある。
 5月には満開になり、紫色の花を咲かせる妖艶な雰囲気を醸し出す樹である。
 6月になった今は、すっかり盛りも過ぎ、その梢にわずかばかり花を残すだけである。

 私が住んでいる家のすぐ裏手には バグマティ川が流れ、川の周辺には 
 残り少なくなった田畑や雑木林が残っている。
 ささやかな家々の小さな庭にも 路上脇の空き地にも夏の花が咲き誇っている。
 名前は知らないが 家の敷地の外へとはみ出すように オレンジ色の花が
 咲き誇っている。
 まさに夏の色である。
 路上脇に目を向けると 黄色、桃色、橙色に彩られたかんざしのような小さな花が
 一面に咲いている。
 誰が植えたものでもない野に咲く花だ。
 バグマティ川に沿った大通りから路地に入っていくと、夥しい白いラッパのような花が 
 ぶら下がっている。
 ここまで数があると 何かお伽話の世界の花のように見えてくる。
 宮沢賢治の世界の中で 咲く花のようである。
 
 路地に立つ1軒の家の庭では 梅の果実のような小さな桃の実が たわわに実っている。
 4ヶ月近く前の3月には 深紅の桃の花だった。
 あんな紅い桃の花を見たのは 初めてで どんな果実をつけるのか 楽しみにしていた。
 実るままに任せるのが ネパール式、実になったものはそのまま放ってある。
 だから、日本の桃のように大振りなものにはならない。
 あるがままに受け入れ、あるがままに食すだけである。

 自然の世界の中では 季節は確実に巡り巡ってゆく。
 人間だけが 自然に逆らいながら、争い、汚染と悪徳を撒き散らす。
 植物はすべてあるがままに受け入れ、不必要に奪い合わない。
 日本でもネパールでも ダニのような政治家、企業家が ささやかに生きている
 人たちのわずかばかりの領域すら奪おうとしている。
 全く情けない人間の業の深さである。
 奪うことだけに喜びを見出すダニのような亡者たちが 世界中 大手を振って歩いている。


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