カトマンズ 街道を行く

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バスの終点の村 ルブ

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 莚を編む人々の村 サナガウンを出た時、まだ夕刻までには、充分 間があったので、
 バスの終点の村、ルブまで足を延ばすことにした。
 終点であれば、きっと、もっと昔ながらの村があると思ったからだ。

 バスは、どんどん上り坂を登りつめていく。
 周辺は、田園地帯、収穫をひかえた黄金色の稲穂が、重くその穂をたれている。
 終点に近づくと、村の大きな門とその先に1本の大きな菩提樹が見えてくる。
 バスが 門を超えると、そこは 村というより、街道沿いのバザールの様相を示している。
 この村の周辺に住む村人たちが、生活必要品を買い求めに来るバザールなのだ。
 村を二分する道をバスは登りつめると、また、1本の大きな菩提樹があり、
 その向こうにも村の門がある。

 期待したような村ではなかったが、この村は、この村で興味深い。
 一体、どういう人々が住んでいるのかと尋ねてみると、ネワール族のシュレスタ
 (上位官吏カースト、現在は主に商業に従事)、農民カーストであるマハルザン、
 屠殺カーストであるサイ、そして、初めてお目にかかるネワールのカースト ラーズタラが
 住んでいるという。

 ラーズタラというカーストは、マッラ王朝時代の王族マッラにつながる人々で、
 直系ではないが、親戚筋にあたるカーストであると、このカーストの人から聞いた。
 現在では、ジャール(どぶろく)ロキシ(蒸留酒)を作るときに必要な麹を作る仕事に
 従事しているという。

 通りで ラーズ・タラというカーストに属する一人の男に会った。
 なかなか面白い人物で、この村で、親睦会を開き、その際、各カーストの代表を呼んで、
 お茶を一緒に飲むことになったが、その親睦会の席に最下位カーストのサイの人がいたために、
 73人集まった人々の中で、お茶を飲んだのは、13人だけだった。
 昔からのしきたりで、サイカーストの人とは、食、飲み物をともにしない、家の中にも入れない。
 そのしきたりにこだわった60人の人たちは、飲んできたばかり、腹の具合がよくない、
 お茶を飲むのを止めていると、様々の理由を述べ、その席ではお茶を一緒に飲まなかったそうだ。
 彼は、怒りをこめて、民主主義だのなんだかんだといっても、村人の頭の中は、
 ちっとも変わっていない。
 自分のカーストのことばかりにこだわって、互いに手を結ぼうとしないと。
 私も彼の意見に同感である。

 街道筋の店で商売をするのはほとんどがシュレスタ、道を挟んで、一方に、マハルザンと
 ラージュラタが住み、ラージュラタの居住地域では、直径5センチぐらいの白い麹が、
 軒先に並べられ、乾されている。
 道を挟んで、もう一方には、シュレスタ、マハルザン、そして、サイの人々が住んでいる。
 カトマンズ周辺の村では、手織りから 紡績機を使って織った布に変わりつつある。
 その仕事に主に従事しているのが、シュレスタカーストの人たちだ。村の中を歩いていても、
 紡績機の音が、うるさく響いている。

 バス乗り場のすぐ近くにある大きな菩提樹の下では、この村の周辺から来ている農民の女たちが、
 自分の畑で採れた野菜を売っている。
 カトマンズでは、一束5ルピーする油菜の新芽も2.5ルピーだ。安さに惹きつけられ、
 四束買ってしまう。
 (四束買ったのはいいが、その根っこを取って、きれいにするには、時間がかかりすぎ、
 結局、二束は大家にあげてしまった。)
 歩き続けたせいか、ラガニケルまでの帰りのバスでは、うとうとと居眠りをしそうだった。


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 もう10月の半ばに近づいたというのに、日中は、相変わらず、暑い。
 午前中、ヴィザ用の写真を撮り、その写真を見ると、自分の顔が、
 ネパール人のように日焼けしていることに驚く。
 日なたの中を帽子もかぶらず、村々を歩き回っているからだ。

 今日は、パタン・ラガニケルからサノガウンという莚造りで名の知れている村に行ってみた。
 ここも、ネワール族の農民カースト マハルザンの多く住む村だ。
 村の中に入ると、村の女たちが、スクルと呼ばれる莚を編んでいる。
 カトマンズでも有名な莚作りの村である。
 村の至る所には,今年 収穫した米が 所狭しと干されている。
 タイチン(ジャポニカ米)、ポカリマシーノ(インドラ米)と、干されており、
 もみのその形からわかる。
 それでも近頃では、村人が1年を通して食べていくには、足りず、 チューラ(乾し米)、
 ロキシ(蒸留酒)、ジャール(どぶろく)を作るのが 精一杯だと言う。
 女たちは、莚を編み、家計を助け、男たちは町へと仕事を求めていく。

 今日は、学校が休みだったらしく、子供たちが多い。
 カメラを構えると、すぐに子供たちがやってきて、デジタルカメラの映像を見ようとする。
 そして、私の後を、ぞろぞろとついてくる。
 村を案内して案内料を稼ごうという魂胆は、見え見えである。
 村には、老人もいれば、子供もいると思って、付き合ってみることにする。
 拙い案内ではあるが、それも面白い。子供と一緒にいると、村人も警戒心を溶くので、
 それはそれでいい。
 イチイチ、「ジ ジャパニーズ カー」(自分は日本人である)と、
 ネワール語で説明しなくても、子供たちが、代わりに説明してくれるので、楽である。
 旅行者であれば、神社仏閣を案内すれば、喜ぶだろうと思って、寺に飾られている像の説明を
 してくれるが、彼らの知識も曖昧で、子供同士で、ああでもこうでもないと、言い合いをしている。
 あそこに猫がいる、生まれたばかりの子犬がいる、触ると、親犬が、怒って噛み付くから、
 触ってはいけないと、至れり尽くせりなのである。
 じっくり、村を見ることなど、出来たものではない。

 「ダサインのお祭りまで、凧を揚げてはいけないのに、どうして凧をあげるのだ。
 凧を揚げるのは、ダサインの祭りの時に 空の上にいる神様に、もう雨はいらないと
 知らせるためだろう。今から凧を揚げていると、神様が迷ってしまうではないか。」と
 私が言うと、又、子供同士で、喧々諤々である。
 たまには、こうして子供たちと、付き合うのも楽しいものである。
 日本語でこんな言葉をなんというか、日本でも凧を揚げるのか、日本にも、犬や猫はいるかと
 質問攻めである。
 「日本では、店で、袋に入った犬・猫用のえさを買ってきて与えるから、皆よく太っている。」と
 言うと、眼を丸くしている。
 村では、残飯しか与えないのに なんと勿体無いことをするのだというように。

 今日は、そんな子供たちとの1日だった。10ルピーは与えてしまったが。


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 いつもながらに思うのだが、ネワール族の農民の老人たちは、
 どうしてあんなにも生き生きしているのであろうか。

 アルッシディ、人口3500人の村、1キロ四方の村の中に、
 ひしめくように建物が軒を連ねている。人口密度で言えば、大変なものだ。
 この村の建物の構造は、ネワール族独特のものだ。
 一戸建ての建物はなく、すべての建物が、くっつきあっているのである。
 その中の広場、露地は、人々の憩いの場所であり、交際の場所であり、仕事の場所でもある。
 そこには、必ずといってよいほど、老人たちの姿がある。
 ある者は、のんびり座り込んでおり、ある者は、仕事をしている。自分の分に応じて、
 そのときどきの時間を楽しく過ごしているのである。
 日本が失ってしまった遠い昔の年寄りたちの姿なのである。
 生き生きとした表情を持つ老人たちを見ると、ほっとするのである。
 社会が、健全に機能していることを感じるのだ。

 人生の到達地点が、アルッシディの老人たちの姿であれば、どんな進歩も発展もいらないはずだ。
 これほどの贅沢が、あろうか。
 それは、薄っぺらい福祉で手に入れられるものではない。
 日本は進歩、発展という名の下に、なんと大切なものを、失ってしまったのであろうか。
 何百年も、同じ生活を、繰り返し繰り返し営んできたアルッシディの村の人々、
 この人々にどんな援助が必要というのだろう。学ぶべきは、我々の方なのである。
 幸福とは、何か、満足とは何か。この村の人々は、意識することなく、実践しているのである。
 
 そういう姿を見ることなく、あなたたちは、貧しい、困っていると、
 自分たちの価値を押し付けるのは、一体誰なのだ。
 彼らの自尊心を失わせようとするのは誰なのだ。
 そんなことを言いたくなってしまう。
 援助ぶくれのネパール、そのことで彼らの心を踏みにじっていないのだろうか。


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 パタン ザウラケルから直接、村の入り口まで行くミニバスに乗って、再びコカナへ行く。
 コカナの入り口を少し過ぎた辺りの建物の2階から、かんかんと音がする。
 何を作っているのかと、建物の入り口座り込んでいた70をとうに過ぎた老女に尋ねてみると、
 仏像を作っているという。そのついでに、お金をくれと要求してくる。
 カトマンズ近郊の村に行くと、意外と、こうした要求をしてくる老女が、
 多いのには驚いてしまう。
 老女のみならず、女たちもお金を要求することが多い。男たちには、あまりいない。
 その言葉を無視して、中にいた住人に許しを請い、2階に上がっていくと、
 3人の男たちが、仏像の仕上げをしている。
 パタンのバジャチャーレ(仏教徒の上位カースト)からの請負仕事だという。
 バジャチャーレが鋳造した仏像を、鑢を使っての仕上げを請け負っているのである。
 仕上げが住むと、再び、パタンのバジャチャーレの下へ持って行き、手間賃をもらうのである。

 この村の特産は、菜種油とアヒルの飼育だ。
 この二つは、カトマンズでも有名だ。村のいたるところにアヒルが飼育されており、
 村人の現金収入のひとつでもある。
 そのせいか、コカナの村人は、鶏は食べないし、飼育もしていない。
 それともうひとつの主な現金収入は、チベット人が持ち込んだカーペット用の羊毛の紡ぎである。
 農作業を終えた女たちが、三々五々、軒下に道具を持ち出し、羊毛を紡いでいる姿は、
 村のいたるところで見かけることが出来る。

 露地に入り込んでみると、庭には、カシ(去勢山羊)が飼育されている。
 ダサインの祭りには、カトマンズに売りに行き、これも現金収入になるのである。
 決して貧しい村ではない。
 庭にいた女たちと話をした後、去ろうとすると、ここでもお金をくれといってくる。
 
 ― どうして?
 
 ― あなたは金持ちだろう。
 
 ― あなた達のほうがもっと金持ちだろう。私は、米も野菜も買わなくてはならない。
   あなたたちは、自分の田畑がある。
   家は、自分のものだし、家賃を払う必要もない。
   酒は、自分の家で造るから、買う必要もない。
   私は酒を飲みたくなれば、買わなくてはならない。
   アヒルもカシも飼っていないから、肉は買わなくてはならない。
   本当に貧しいのは、私なのか、あなたたちなのか。

 半分納得し、半分納得しないような顔で、笑いながら、聞いている。
 
 人間は、幸福の中にあっても、その幸福にはなかなか気づかないものである。
 互いに支えあう家族、親戚があり、食べることには事欠かない生活、濃厚な人間関係は、
 老人問題もなく、不安な老後もないのである。
 贅沢を追求すれば、限りはないのである。
 飽食文化の中で生き続ける日本を見れば、彼らも驚くことは、確かである。
 飽食文化、それは、ささやかに穏やかに平和に暮らすこととの交換に得たものだ。
 コカナの村人も、日本製品、工業化という一面だけで日本を眺めている。
 日本人が、今どういう精神状況にあるのかは知らない。
 日本は金持ちの国だという認識しかない。
 村人が、今の生活の価値をしっかりと知れば、自分たちが、
 いかに豊かな生活の中にいるのかを知るだろう。
 
 この村にも日本から、多額の援助が入り込んでいるようだ。
 援助と同時に、日本から見たとき、この村が、日本よりも 
 いかに精神的に豊かに生活しているのかを見抜き、彼らに伝えてほしいものである。
 そのときにコカナの村人も 自分たちの幸福の価値を知るだろう。



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 ブンガマティのバスストップ側にある入り口のそばに、小さな木工工房があった。
 バスに乗って帰りかけたときに、ふと目をやると、二人の少年が、
 木工の仕事にいそしんでいる。まだ、仕事見習いといった様子である。
 話を聞いてみると、二人は、兄弟で、兄の方は、15歳、弟の方は12歳だ。
 兄のほうは、学校は辞めて、木工の仕事専門に習い始め、弟の方は、小学校4年生、
 私が、「年齢からすれば、少し遅れた4年生だね」と言うと、
 兄の方が、「こいつはね、4年生を落第しているんだよ」と、弟の秘密をばらしてしまう。
 弟の方は、下を向いて黙り込んでいる。
 二人とも、勉学の方は、得意でないようだ。
 まだ、木工の腕の方も、拙いが、あと何年かすれば、立派な木彫り職人へと
 成長していくことだろう。
 二人の兄弟の父親が、奥に座って、二人の仕事ぶりを眺めている。
 二人が一人前の木彫り職人になれば、家族の生活は、安泰なのである。
 一人前の、木彫り職人の収入は、1日、3百から、4百ルピーになるのである。
 手間のかかる、神経を費やす作業ではあるが、どこかの事務所、会社で働くよりは、
 はるかに収入になるのである。

 猫も杓子も、進学、進学と、血眼になっているカトマンズではあるが、
 事務系の仕事は、楽であっても、給料は安いというのが、現実だ。
 私が住んでいる大家の息子も、私立小中高の私立学校に通い、私立大学に行ったが、
 今やっている仕事は言うと、月給3千ルピーの衣料品店の店員だ。もう26歳になる。

 こんなカトマンズの現状を見ていると、職人になるというのは、賢い選択だ。
 腕に職を持てば、飢えることはないのである。首にされることもないのである。
 どうも、ネパールでは、職人というと、低く見る傾向がある。
 こういう世界では、世界に通用する工芸職人を育てた方が、
 
 はるかに、失業者数を減らすことが出来るはずだ。
 ネパール政府も、外国のNGOも、学校づくりに熱心になるより、
 職業教育の充実に協力した方が、はるかに実りは大きいはずだ。

 日本でも先進諸国でも、教育伝説は、行き詰っているではないか。
 頭でっかちの人間を作り出し、身体と使って仕事をすることを嫌うことを教えたのは、
 どういう教育の結果なのか、今一度そのことを 考え直してみる必要があるだろう。

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