タイ 事情

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 これからタイを旅行しようとする人にとっては、悲しい出来事が起こってしまった。
 タイの観光地 スコタイで、27歳の日本女性が、刺殺されてしまったという事件である。
 
 日本を出て、価値観、習慣の違う国を旅行するときは、やはり気をつけなければいけないことがいくつかある。
 ひとつは、旅行する国の犯罪情報には、ある程度 目にしておく必要もあるだろう。
そうした情報は、インターネットからかなり得ることが出来るであろう。
タイについていえば、「タイの地元新聞を読む」、「newsclip.be タイ発ニュース速報]
「バンコク週報、タイの情報」などは、ある程度 信頼できる情報を得ることもできるはずである。
 旅行者がどういう犯罪に巻き込まれるかという情報とともに、タイ人もどういう犯罪に巻き込まれているのかについて、知れば対策の立てようもあろう。

 何人かのタイ人なり、アジアの人に親切にされたからといって、次の人が、親切にしてくれるとは限らないことは、いつも肝に銘じておくべきである。
 初対面で 相手の人格まで読み取るのは、至難の業である。この辺について無頓着な人は、タイでも、インド、ネパールでも犯罪に巻き込まれる可能性は大である。
 ネパールでも犯罪は増える傾向にあうし、インドでも強姦、暴行の話は良く聞く。
 物を取られるのは我慢できるとしても、命まで奪われては適わない。
 表通りでは、ひったくり程度で済むが、人気ないところでは、何が起こるのかわからないから、一人歩きも危ないし、よく知らない現地の人に誘われていくことはきわめて危険である。
 誰もいないから、静かでいいなどとんでもない話である。
 ネパールあたりでも、カトマンズ近郊の山に一人で出かけ、そのまま行方不明になっている女性もいるのである。
 一人旅、一人歩きはきらくでいいが、大きな危険と背中合わせであることを忘れてはならないのだ。
 ネパール、インド、タイと25年間、うろうろしている自分にとっても、これらの国は、決して安全だと思えず、夜間のみならず、昼間であっても、どこかで危険に対する感覚が働いているのである。
 空港へ行くタクシー、空港からのタクシーも怖い。運転手が若いと、しっかり相手の顔を見て,どういう人間か、判断しようとするのはいつものことだ。

 日本だっていい加減 危険な国になりつつあるのに、どうして 一歩日本を離れると、たがが はずれてしまうのか、理解できないことである。
 言葉が理解できない国にいるというだけでも、危険なことなのに。

 どういう犯罪が、タイで起こっているのか、情報を集め、それを警戒するだけでも、
犯罪に巻き込まれる可能性は、かなり減るだろう。
 是非、紹介した3つのサイトには、目を通しておくことを、切に願う。
 あなたの安全のために。

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 東北タイの中のコンケンという町に、7年ほど住んだことがある。住んだといっても、1年のうち5ヶ月という形で、7年だ。
 だから、私にとって、タイは 東北タイを意味する。タイ料理も、東北タイ料理が 口に合い、今、バンコクにいても、東北タイ料理を口にすることが多くなる。

 20年以上も前、カムプーン・ブンタヴィーの「東北タイの子」を読んだことがある。ウボンラチャタニーの村の生活を描いたものだ。東北タイ農民の素朴で誠実な姿がひしひしと伝わってきて、そこから タイ人のイメージを作り上げたのであるが、バンコクのタイ人を見ていると、自分の作り上げたタイ人のイメージとバンコクに生活する人々との違いに驚いたことも少なからずあった。大都市のバンコクには、誠実さも、素朴さもなかった。
 利害関係以外でのタイ人との交流を生み出すことも難しかった。

 20年前のことである。東北タイを旅していたときのことである。バンコクからコラート、コンケン、ウドンタニ、ノンカイへと旅をし、その終点が、メコン川をはさんで、向こう岸にラオス ビエンチャンが見えるノンカイだった。その頃には、タイ・ラオス友好橋は建設されてはいなかった。

 ビエンチャンへの川船の船着場付近の喫茶店で、一人の日本人に出会った。20年前というと、ノンカイはまだまだ、日本人の姿を見かけることは、少なかった。
 そんな場所で、日本人と出会うと、懐かしさがこみ上げてくるものだ。
 彼は、海外青年協力隊で農業指導のために派遣されている青年だった。現地になじみ、真面目に仕事に取り組んでいる様子が、彼の話す言葉から、うかがうことが出来た。
 その彼に、「明日、村で結婚式があるけれど、行かないか」と誘われた。街から街への移動で、村に踏み入ることのなかった私にとっては、絶好の機会だった。
 翌日、彼は、オートバイで待ち合わせの場所にやって来、オートバイの後ろに私を乗せ、村へと案内してくれた。
 村では素朴な結婚式の宴が開かれていた。ラオカオといわれる米焼酎、生の牛肉のたたき、ラープなど東北タイの料理をご馳走になった。ネパールでの食になれていた私には違和感はなかった。焼酎も、牛肉のたたきも、ネパールでは体験済みだったから。村人たちは、モラムを歌い、踊り 結婚式を祝っていた。

 酔い覚ましに、二人で村の池の近くに行くと、池の中で子供たちが泳いでいた。
 彼は 村の様子を話してくれた。この村にはまだ電気は来ていないけど、テレビはあること、電気はバッテリーを利用していること、そういう家は、アラブ諸国に出稼ぎに行って、お金を稼いできた人の家であること、大半の家は、貧しいことなど。
 もうこの頃から、東北タイでは、外国への出稼ぎがはじまっていたのである。

 この村には、「東北タイの子」の村の原型が、残っていたこと、そのことを体験できたことを、彼に感謝しながら、村を後にした。

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 バンコクに到着して、一夜明けた今日、2ヶ月半ぶりの部屋は、ほこりだらけ、最低限住める形にしていく中で、カトマンズからバンコクへの生活の変化へと自分をなじませていく。夜の気温さだけでも10度以上の差がある。
 私のいるところは、バンコクのど真ん中にあるので、カトマンズの自然のあふれた光景とは、全く真反対の大都会の中だ。林立するビルディング、建設中のビルディングと、心休まる風景はない。
 便利さだけでは、バンコクの中では、一番だ。しかし、便利さは、心を休ませてはくれない。
 唯一の慰めは、通りにある屋台の人たちの会話である。今日は、いつも朝飯代わりに利用しているラーメン屋さんのところで、私の定番であるバミー・ヘン(スープのないラーメン)を食べた。勝手に味付けが出来るから、食べやすいのだ。ラーメン玉を二つ入れてもらって30バーツ、前回の滞在中より5バーツ値上がりしていた。
 「長い間、見かけなかったけど、どこに消えていたの」という笑いながらの挨拶が飛び出す。
 カンボジア国境に近いスーリンから出てきているまだ若いお姉さん、ウッタラディット(スコタイ遺跡の近く)から出てきているだんなと一緒に、屋台のラーメン屋を切り盛りしている。
 以前は、前のこの屋台の所有者のところで、見習いをしていたが、やっとのことで買い取って、自分たちで始めてから、半年近くになる。
 6万5千バーツで、屋台とこの場所での商売の権利を買い取ったようだ。

 次は、両替、近くに私設の政府公認の両替所がある。現金を両替すると、TC並みのレートで交換してくれる。今日のレートは、一万円札で2千9百55バーツだった。
 午後からは、インターネット料金の支払い、3か月分の支払いだ。3千バーツ近い支払いは、痛い。
 こんな日常的な些細な事柄を一つ一つこなしながら、バンコクでの生活に慣れていくのである。もう若くはないから、時間をかけて、体調も心も整えていくのです。

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