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チャ(ツバキ科) 今の時期、散歩コースのいたるところでお茶の花が咲いています。ぷっくりした丸っこい花は田舎娘のようで可愛い。イメージ通りの田舎娘なんて、もう居ませんけどね(笑) まん丸なつぼみも可愛い。お茶の実は堅い丈夫な殻に守られていて、中に茶色の、固い大きな種が3個入っています。もっともお茶の種は親の性質をほとんど受け継がないのだそうで、性質を維持するためには挿し木で増やすそうです。 茶畑もありますが、土地の境界に目印に植えられたり、そのついでの生け垣になっていたものが多いのです。山の畑の方へ行くと、薮の中にぽつりぽつりとお茶が生えています。種が落ちて自生したものもあるでしょうが、畑の境界の名残りだったりします。 お茶と違って境界に植えてはいけないのが漢方薬に使われるクコだそうで。いったん根付くと匍匐茎を伸ばしてまた根を下ろし、どんどん増えるので、隣の畑の方に伸ばして、他人の土地を取り込むのに使われたのだとか。なんともみみっちい。(笑)「クコを植えるものに気をつけろ」と、これは亡き父から聞いた話。 |
栽培植物
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今日のように暗くて寒い日には、庭に咲き残った小菊にひときわ目が引かれます。こんな菊を見ていると、思いだすのはあのアイルランド民謡“庭の千草”です。原題は“夏の最後のバラ”。(The Last Rose of Summer) アイルランドの国民的詩人トマス・ムーアの詩にジョン・スティーブンソンの曲。明治時代に訳されたころにはバラよりも菊の方が身近に思われたんでしょう。 もとの詩より日本語訳の方が明るい感じがします。気候の違いか、明治という、ガンバラナクッチャとみんなが思っていた時代のせいか。 里見義訳の日本語の詩は、霜に耐えた白菊が凜と立っている様がうかびます。人に遅れている人間に、遅れていてもいいからがんばりなさいと言ってくれているような気がして、私なんぞは少なからず慰められていたんですが。 庭の千草も 虫の音も かれてさびしく なりにけり ああ白菊 ああ白菊 ひとりおくれて さきにけり 露にたわむや 菊の花 霜におごるや 菊の花 ああ あはれあはれ ああ白菊 人のみさおも かくてこそ 原詩では摘まれて散らされてしまうんですね。 素晴らしい歌を聞かせてくださるブログを見つけたので、そちらをごらんください。原詩に翻訳を付けてくださってます。 |
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ヒガンバナ(=曼珠沙華 ヒガンバナ科) 杉の垣根のところに今年もヒガンバナが咲きました。 お彼岸のころに咲くからヒガンバナ。 曼珠沙華は赤い花を表わす梵語。(葉が出る前にまず花が咲くから“先ず咲き・真っ先”だったのがこの梵語と結びついたのかも、と牧野図鑑に。) 別名は死人花、幽霊花、地獄花など。葉がなくて真っ赤な派手な花だけが咲く異様さや、お墓によく咲いて有毒であることがお彼岸と結びついたんでしょうか。 子供のころはこれが咲くと、触ると死ぬとか、風が吹いてきただけで死ぬとか、指さしてもいけないとか、大騒ぎする子がいました。 アルカロイド系の毒を持っていますが、これは水に溶けやすいので、昔は水にさらして鱗茎からでんぷんを採り、食用にしたようです。あぜに多いのは救荒作物として植えた名残りだと言われます。 昔々読んだ植物の本に、その著者が旅行中、あぜにヒガンバナを植えているおばあさんがいて、何のためですかと聞くと「知らないが昔からこうすることになっているから」と答えたそうです。 そんな形で伝承されてきた生活の知恵とか文化とかがたくさんあるんでしょう。美しい話だと思われる方もあるかもしれませんが、私はこれが日本文化の弱点だと思います。自分がなぜそうするのかどんな意味があるのか、知らないし、知ろうとしたこともない。 鎖国してればいいんですが、他の文化が入ってきたときこれでは抵抗できない。していることは間違ってないのに説明できないためにあっけなく押しまくられる。自分でもわかってないから簡単に撤回するか、そう決まってるんだからそうしなさい!とかたくなに押し付けて若い者に嫌われるか。素晴らしい知恵が含まれていても人を納得させる力がない。後になって外国から来た人がこれはこういう意味でしょう、素晴らしいことです、と解説してくれるとそうだそうだとふんぞりかえる。それでは遅いってば! ヒガンバナを植えていたおばあさんにしても“いわれ”の説明はできなくてもいいんです。 「私が聞いた時にはもう年寄も知りませんでした。考えてみたけれど分かりません。でもとても大事そうに言われたからとりあえず植えておきます。昔の人の言った来たことにはそれなりの理由があることが多いので。あなたこの理由をご存じですか?」と“考えて判断した”ことが説明できれば。 |
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オシロイバナ(オシロイバナ科) 私の姑の姑が植えたオシロイバナが今年も元気に咲いています。なぜか当時印象的だったと見えて、「お宅のあのオシロイバナ、今でも咲いてますえ?」と聞く人があります。咲いてますえどころか庭中いたるところに広がって、裏の畑にまで生えてまっせ(笑)。 いろんな色がありますが、家に生えているのはこの紅色だけです。全部1株から広がったんでしょう。 オシロイバナは花と同じ色をした長いおしべがきれい。子供のころ、近所の家のオシロイバナが咲くと、そっとおしべを抜いて集めてままごとの「おそば」や「お吸い物の具」にしていました。お椀の水に浮かべるとほんとにきれいですよ。花には迷惑な遊びですが、いっぱい咲くからまあいいか、と。 オシロイバナの種を切って中の粉を出したりもしました。真っ白で良い匂いのする粉が取れるので、おしろいはこの粉で作るのかな、なんて、けっこう本気で思ってました。それはね、おしろいの空き箱に粉を入れてたからでしょ、と大人になって苦笑いしてたんですが・・・。 いや、今日この写真を撮って、指につけて擦り込んでみると・・・ほんとに良い匂いがします。!。もう、かすかなかすかな匂いですけど、自分の手の匂いとは違う、「花の名残」みたいな匂いが。 オシロイバナがあったら試してみてください。錯覚じゃないと思います。 前の記事のヤブガラシの実について、くわしいHPをみつけました。コメントのところにリンクをつける方法が分からないのでここにつけておきます。
http://w2222.nsk.ne.jp/~mizuaoi |
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道端で見つけた白いサルスベリ(百日紅・花期が長いのでこの字を当てるようです)。生えている場所はこんなです。 植え込みを石で囲った外側。スレスレに車の通る道端で、このまま成長されたら困ったことになる場所です。どう見ても植えたんじゃありません。 すぐ近くにお地蔵様の祠があって、確かサルスベリの木が花を添えるように植えられていたと思います。最近祠が撤去され、そのサルスベリも抜かれてしまったんでしょうか、見当たりません。落ちていた種がコンクリートの隙間から芽を出したんでしょう。 人間世界の事情からいって、いつまでもここに生えていられるとは思えない状況。それまでに次の住処を見つけられるかどうか。お気張りやす、サルスベリ。
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