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本当に久しぶりにブログを更新しようという気になりました。 |
アスペルガー
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今日、昨日ガールフレンドから借りてきた、 |
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アスペルガー症候群と高機能自閉症などを区別している臨床家も多いらしい。 |
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私は文面からみてアスペルガー症候群ではないというご指摘があったのですが、論拠もはっきりとはしないのでとりあえず、もっとアスペルガー症候群に迫ってみたいと思います。 以下引用「」は筆者により強調。 自閉症とはどこが違ってどこが同じなのでしょうか 『自閉症とアスペルガー症候群はひとつながりのもので、どこかで厳然と二つに分かれるものではありません。幼児期には典型的な自閉症の特徴を持つ子どもが思春期になるとアスペルガー症候群の特徴が目立ってくる場合もあります。「強いて区別して言えばアスペルガー症候群の子どもや大人は一見して障害があるようには見えないことが多いのです。」「話もできるし勉強なども人並み以上にできることがあります。人前で独り言を言ったり常同運動をしたりすることは稀です。」一見自閉症にみえない自閉症といっても良いでしょう。』 私自身は、話もできるし、勉強なども人並み以上にできることはあるに当てはまります。学校の成績は常に上位に位置していましたから。ですから、一見して本人も障害があるとは思わない、気づかないというところに、アスペルガー症候群の特徴の一つにあります。 私自身は自分を現代という時代がつくった発達障害者という枠にいれることにためらいがありました。それはまるで自分がどんなに努力しても可能にならないことがあることを認めざるを得ない=自分の可能性を放棄する行為のように見えたことにあります。ですが、アスペルガー症候群などの人の中に存在する差異を認識することは、人間存在の多様性を一つの鋳型に無理やり押し込めることから解放するということに意義がありますし、"自分たちには通常の方法では達成できない”目標を最大限の意志力を使って努力するという非効率的な、緊張を強いられる状況から、もっと効果的な心地よい方向へと人生を転換できる可能性を増すことになります。著名なボディワーカーであるフェルデンクライスは、その著書の中で、現代という時代に存在するこの、「何が何でも達成さえすれば良い」という観点の無益さを強調していたように思います。それは意志力だけは鍛えられても、余りにも他の部分を犠牲にする道なのですから。 脳についてはまた今度書いてみようと思います。明日は、時間があれば個々のアスペルガー症候群の特徴と自分を検証していこうと思います。
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アスペルガー症候群について一から勉強していこうと思い、今日はアスペルガーが発見された歴史から紐解いてみようと思う。 以下引用。 『アスペルガー症候群はハンス・アスペルガーというオーストリアの小児科医の名前にちなんでつけられた診断名です。ハンス・アスペルガー(以下アスペルガー)は1944年に「小児期の自閉的精神病質」というタイトルで4例の子どもについての論文を発表しました。』 『英語圏で話題になるようになったのは1981年にイギリスのローナ・ウィングという児童精神科医がアスペルガーの業績を紹介し、再評価したことがきっかけです。ウィングは多数例の研究から、自閉症とは診断されていないが、社会性、コミュニケーション、想像力の3つ組の障害をもつ子どもたちがいることに気づきました。当時、自閉症という診断は、言語によるコミュニケーションが限定されており対人関心も非常に乏しい子どもにのみつけられていて、言葉によるコミュニケーションが可能であったり一方的でも対人関心がある場合は自閉症とは考えられていなかったのです。ウィングは3つ組の障害を持っていながら自閉症と診断されない子どもたちの一部はアスペルガーの報告したケースに似ていることからアスペルガー症候群という診断が適切であるとしました。』 『1981年以降、アスペルガー症候群はしだいに注目されるようになりました。国際的な診断基準であるICD-10(国連の世界保健機関による分類)やアメリカ精神医学会の診断基準(DSM-IV)にもアスペルガー症候群の概念は採用され現在にいたっています』 この部分的な史料による歴史をみると、アスペルガーが発見されたのは第二次世界大戦が終結する直前。 そこから40年ほどたってやっと注目されるようになったということ。ノーマライゼーションという概念がいつのころから社会に普及しだしたのかわからないが、あくまで憶測に過ぎないのだけど、社会福祉の概念が社会一般に広がり始めたのと同じくらいに、精神障害や発達障害についての研究がさかんになったのではということがある。「過労死」と「鬱病」など社会の精神に対する興味が形になり始めてきたのは、1960年代のニューエイジなどから考えてもこのあたりなのだろう。 ともかく、=アスペルガー症候群というのは、新しくほとんどの精神科の医師などにも専門にやっている人や勉強熱心な人意外は、理解が浅いというのが現状=らしいというのが、ここからもわかる。 なので、下手に医者にかかっても見当外れのことを言われるのだろうなというのが落ち。少なくとも私は、人間を物体としてではなく、精神(霊)、心(魂)、身体の集合と考えるホリスティックな観点を持った医者でないとかかるのは嫌だ。しかし、そんな医者、なかなかいるものではないとは思う。アーユルヴェーダやチベット仏教医学などの伝統的な医学や、人智学医学など、そういった人間を根本的に捉えようとするものを少しでも真面目に勉強した人でないといけない。少なくとも、病気に「直すもの」という観点しか持てない医者であったら、私は彼は決して医者でありながら、「健康」に辿りつけないと思う。
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