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やっちろの市街地から球磨川右岸いわゆる萩原土手を上流に行く。
と、やがて肥薩おれんじ鉄、九州新幹線、高速道路等の球磨川鉄橋の下を潜り、さらに2、3百mも行くと んじゃが、なにより大女将の語りが面白い。 曰く、「ここは、松井の殿さんの釣りに舟ば供したつが始まりだそうで・・・」 「殿さんの錘は金色しとったそうで、根ががりのしてハリスの切るっと、子供たちがバァッち潜りおりましたげなたい」 「内はその頃、森の中に在ったそうで、殿さんがそんなら森屋ち名乗れち言うて名前ば付けてくれらしたげなたいた」 諸兄姉、隠れ家的な料理屋?行って見られませんかの? |
ご近所の底力
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我が故郷、芦北には諏訪宮際なる大きな祭りがありましてな。
土地の者は親しみを込めてお諏訪さんと言いおりました。
祭りは、毎年4月27日から29日まで。
昔は地元の芦北町は言うに及ばず、近郷近在の人達もお出てごった返すような賑わいでした。
職場や学校も半ドンや休みで、奉納相撲の力士は九州一円はおろか山口県からも来ておりましたの。
写真は熊日フォトから
参道や近くの空き地にはサーカスが来、見世物小屋が立ち、露店が列をなし。
バナナの叩き売り、蛇つかい、茶椀屋、刃物屋の口上が道行く人々を立ち止まらせ。
酒飲みの喧嘩が始まり、酔いつぶれたおっさんは石灯籠を枕に眠り込み。
写真は熊日フォトから
幼い彦一なんぞは、日本中の人が集まっとると思うとったほどの賑わいで。
盆、正月よりも、誕生日よりも、勿論クリスマスなんぞよりも、はるかにお諏訪さんが楽しみで御座ったよ。
ほいでも、時は流れ、だんだん祭りも淋しゅうなってきましたの。
お諏訪さんがこの世で最大のイベントだったご幼少の頃、
あの頃、彦一は幸せの絶頂にあったのかも知れませんの。。。
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