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こちらもまた、昨日の話。平成22年3月30日の話。曜日は火曜日。
あるアーティストのライブを見に行ったのが、本当の新宿に赴いた本来の目的。ここいらの界隈は、夕方今の時期薄暗くもなれば髪の毛をツンツンさせたお兄ちゃん達が たくさん溢れてくると勝手に思っている。 しかし、偏見を持ってはいけない。 当人達を待つ間の緊張といったらなかった。私は人一倍緊張する。 なんでも緊張する。本屋とホームセンターに行くと必ずお腹が痛くなる。 それでも本屋は色々本がみたいから、我慢してしまう。そのうち慣れることもある。 ドリンクで頼んだ、ガラナコーラとはパンチの効いたネーミング。 骨でなく、緊張を解かすようしきりに口にした。 ミラーボールは黙って回る。 ころころからから、そう聞こえるのは私だけ。 演奏は約30分くらいだった。 爆音の余韻がしきりに耳に残っていて世界があさっての方向にあるよう、 身体の中の臓器は音に共鳴したまま、どっかんどっかん微動をこだます。 久しぶりに聞いたなぁ!爆音ライブ! 高校時代を思い出しながら今を並行させると自分がババアになった感じで笑える。 だって昔はジャンプしたりジャンプしたりお手て振ったりお手て激しく揺らしたり。 誰彼構わず前から横から後ろから、押し寄せてくる人の波にもまれながら 「ダイブしてぇ〜」なんて思っていたのだ。 彼等の、ある歌詞に「生きて」という部分がある。 私はその部分が、すこぶる胸の奥に入り込む。 私は何度堕ちたとして、生きるように生きることを選んだんだ。 死んだように生きることを、もう選びたくはない。 五体満足で生まれて、何不自由のない暮らしをし、何の不満があるんだと、 きっとみなさんは思うでしょう。 おっしゃる通りです。 それでも精神力はだいぶ使う。意識して、生きるように生きること。 要は考え方ひとつだったり、簡単なことできっと、生きやすくなるのだ。 わかってはいるのにそれらは難しい。 生き方・性格・自分・アイデンティティ 「生きて」という部分の歌詞に、私は救われる。 歌は、どんな形の音楽性だろうと響くもんは響く。 今後とも、彼等にはがんばってもらいたい。 それが私に連動するものがある限り。 もしも果てたなら、じゃあ何度だって連動させよう。リセットして連動させよう。 昨日の彼等に、心から感謝。 ありがとうございました。 私は明日も「生きて」いきます。 【追記】 ライブ後に行った、喫茶店。その名も、 喫茶店というよりかは、ファミレスに近しい従兄のよう。 トイレに2度行ったが、喫茶店内にトイレは無く、入り口がつながっている 隣のドラッグストア内のトイレを借りるシステム。 店員さんがトイレ専用のカギを渡してくださいます。 |
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walkthatcatさん、ルイードってまだあるんですね!
といっても残念ながら私は入ったことがありません。
ただ尾崎豊のデビューの場所だったというのは鮮明に覚えています。
今からでも遅くないから(笑)行ってみたい〜。
ライブハウスというと渋谷の今は無き伝説の「ジャンジャン」や
「屋根裏」そして西荻窪「ロフト」を思い出します。
以前お話したように思いますが、ロックやパンク大好き人間ですので、先日の「さようなら新宿厚生年金」の記事にも書いたように
武道館、中野サンプラ、厚生年金ホールには週3回くらい行って
いました。主に外国のロックバンドが多かったのですが、若い頃は
会社の不満や若いがゆえの人生の悩みを解消させるかのようにロック
にのめりこむ日々でした。ブロ友さんもロック大好きな方たちが多くて、よくコメント下さる”こ〜ぢ”さんは先日も船橋でライブやっていました。爆音ライブいいですね〜!私はきっと知らないバンドだと
思いますが、何というバンドなんでしょうか?
『生きて』という歌詞に惹かれるものを感じます。
catさんいとって素晴らしい一日だったのですね。
2010/4/3(土) 午前 9:21
Re:julyさん
ご縁あって、「D’LORE」という方々のライブに行きました。
インディーズの方々です!
julyさん、昔から本当に色々な所に行っていたのですね!
ルイードが尾崎豊のデビュー場所だったんですな〜!!
尾崎豊をきちんと聞いたのは、高校の時の吹奏楽部で、「尾崎豊メドレー」を演奏した高三の時でした。
きっかけはどうであれ、音楽というものを通して他の音楽にも触れることができるのはいいことだな〜と思います♪
julyさんは今はどういった音楽を聞いているのでしょうか??
2010/4/4(日) 午前 8:19 [ hilite ]