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 駅ビルの6階に中規模な店を構える成風堂書店に、まさかのイベントが舞い込んでくる。新進気鋭の作家がサイン会を開くことができるかもしれない。沸き立つ店長と訝る店員に、作家側からのある条件が提示される――「謎のファンの正体を見破ってほしい」
 本を愛する書店員・杏子と本屋限定の名探偵・多絵は、今日も本のためお客様のため、本屋の謎に挑む。
 
 
 
 成風堂シリーズの第三弾。やはりこのシリーズは短編集に限る。今回は5つの謎が杏子と多絵の下にやってくる。多絵が微妙に空気の読めない子になっている印象が否めないが、書店という限定された舞台で、様々な謎と人間模様を描いている点は素直にすごいと思う。
 
 実際、本屋には色々な人が来る。顔見知りになってしまう人もいるし、検索や案内にとても感謝してくれる方もいる。年齢、職業、とにかく種々雑多な人たちが来店するし、置いてある商品も、一口に言ってしまえば「本」だが、一般的なものまで専門職の人にしか用のないものまで、実は幅が広い。ポケモンに夢中になる子供にCanCamを手に取る女性、それに『公共建築工事標準仕様書 平成22年版建築工事編』を求める人が同じ場所にいれば、何が起きてもおかしくはないように思う。もっとも、こんなことが頻繁に起こってたら仕事にならないわけだが。僕の職場には名探偵はいないし。
 さておき、そうして多くの人が集まり、思い思いの本を手に取る場所が本屋なのだ。文芸書のように本そのものが目的の人もいれば、実用書や専門書のように本を使って何かをする人もいるだろうし、本屋という空間そのものを楽しむ人も多そうだ。店員も声をかけない限りいないも同然だし(よほど困っている人がいれば別ですよ、もちろん)、中身だけ読んで何も買わずに帰っても気にならない。
 考えてみれば、けっこう不思議な場所なのだ。
 
 そんな不思議な場所なので、少しくらいの不思議が忍び込んでもおかしくはない。ただ単に、解き明かす人がいなかっただけで、謎は謎としていつもそこにあるのかも知れない。
 幸運にも解き手を見つけた5つの謎のうちには『取り寄せトラップ』のような腰の据わったミステリ色の強いものもあり、『バイト金森くんの告白』のような思わず笑ってしまうような平和なものもある。表題作でもある『サイン会はいかが?』は中編といってもいい分量で、読み応えとのバランスがよかった。一つところで起こっているとは思えないほどバラエティに富んでいる。
 でも僕としては、このシリーズの醍醐味は、本屋という場所がつなぐ、本と人、人と人とのつながりの話ではないかと思う。今回でいえば『君と語る永遠』と『ヤギさんの忘れもの』のような、一読ほろりとさせられてしまう物語。
 第一弾の第一作『パンダは囁く』でガッチリとこのシリーズにつかまれてしまった印象が強いのだが、この作品にはシリーズ全ての要素が凝縮されていたような気がする。
 
 本という存在を、愛している。
 その力を、信じている。
 ただただ、文字が印刷されただけの紙の束だ。昔のように職人が手作業で作っているわけでもなく、巨大な印刷機にかければ裁断から製本までやってくれる。言ってみれば無機質な存在だ。書き手の思いが込められていると言う人もいるかも知れないが、整然と店に並んでしまえば見えるものではない。
 しかし、無機質であればこそ、手に取った人の思いが宿る。見つめる表紙に、並んだ文字に、どんな思いでも自由に書き込むことができる。物語を、マニュアルを、数字を提供するだけの存在としてではなく、それを受け取る人からの思いが染み込んで、初めて本は完成する。
 そうであってほしいと思う。
 そうであると信じている。
 だから、その背中を押してくれる物語を愛する。
 
 
 
 現役書店員にはちょっとした『あるある』話としても楽しめるし、そうでない人にもその内情を知ってもらうのに格好のテキストになりうる。これはもう間違いなく本屋の味方の作品だと思う。
 今回のトリ『ヤギさんの忘れもの』の幕引きは、快心の出来栄えだったと感じた。多絵の笑顔が目に浮かぶようで気持ちがいい。
 しかし、この作品は「本屋限定」であってほしくはないと思……願う。
 なるほど、本屋の謎は本屋が解いてこそかもしれない。
 でも、本屋の物語を本屋が読んでばかりいても仕方がないのだ。
 実はこんなに大変な仕事なんだと言い訳がしたいわけではなくて、本屋には本が好きな人もそうでない人も興味すらない人だっていて、そのすべてによって支えられている場所なんだと知ってほしい。本屋っておもしろい場所なんだと知ってほしい。
 忙しく走り回る杏子さんと、そうやって語らうことができればいいのだが。



余談。
それにしてもこの作品、よそさまの感想を読ませていただくと、誰もが違和感やしっくり行かない所を抱えながらも、やっぱり好きだとおっしゃっている。
僕も文章のぎこちなさや多絵のキャラクターなど、割りと言いたいことはあったりするのだが、それでも何だか好きなのだ。
これもまた、本屋の不思議ということなのだろうか。

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閉じる コメント(3)

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ご無沙汰です^^
このシリーズ、私、最近知って一気読みしました。himaさんはやはりご存知でしたね〜〜!
そうそう、そうなんですよね。いっぱい言いたいことはあるんだけど、なぜか好き。私もそんな感じかもしれません。本屋さんを舞台にした小説で私が一番好きなのは…、あははは、いわずもがなですよね、作者さん?(笑)

2010/8/24(火) 午後 10:59 Cutty

>Cutty様 こちらこそ、ご無沙汰しております。
書店に勤めなければ知らなかったかもしれませんし、これほど好きにならなかったかもしれません。でもだからこそ、たくさんの人に読んでほしいなあと思う作品です。まあ、言いたいことはいろいろ、ですけど。
まあ、その作品については……あはは(照)僕も好きですけどね^^

2010/8/26(木) 午前 1:10 かとちん

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こんばんわ
9月に光人社から「奇跡の医師」を上梓しました。もし、よければわたしのブログ、のぞいてみてください。

2010/10/8(金) 午前 0:57 testpilot


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