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 数学の世界において、これまでに幾人もの数学者を跳ね除けてきた、そしてこれからも大きな壁となることを約束された、しかし強く解決を望まれた七つの問題――クレイ研究所の定めたこれらの問題を称して「ミレニアム問題」と呼ぶ。
 そのうちの一つ《ポアンカレ予想》が2003年、一人の、そして独りの数学者によって証明された。その名を、グレゴリ・ペレルマン。彼がいかにして数学世界を生き、ポアンカレ予想を解き明かしたのか、そしてその後、数学界だけでなく世界の全てに背を向けてしまったのはなぜなのか。孤高の天才の軌跡を描いたノンフィクション。
 
 
 
 書店員になった当初は、コミックとか文庫とか文芸とか、自分が興味を持てる分野の担当になれればいいと思っていた。でも最初に担当したのは雑誌のコーナー。それからPC書が加わり、さらに理工書の面倒も見ることになった。
 雑誌も読まなければ、どこまでも文系である。どうなることやらと思っていたけれど、興味と世界がグンと広がったことには感謝したい。特に、数学という世界を知ることができたことが何よりの収穫だと思う。
 理系ブーム、数学ブームというどこに来てるのか分からない言葉のおかげで、物理や数学分野には一般向けの読み物が増えた。担当していなければ、コーナーに立ち寄ることがなければ目にすることがなかったはずの本を、手に取る機会を得ることができた。
 それが読み物であれば、ミステリでも青春小説でもないものであっても、自分は楽しむことができると知った。なかなかに大きな喜びだった。
 
 そこで本書である。
 ポアンカレ予想については、NHKスペシャルでも放送されたし、関連する書籍もいくつか出版された。それらと本書の決定的な違いは、ポアンカレ予想についての解説ではないというところに尽きる。難解な数式は一つも出て来ない。数学用語についての詳細な解説もない。この作品は、あくまでグレゴリ・ペレルマンという数学者についての記述であり、ポアンカレ予想は彼の数学人生において通るべくして通った通過点なのだ。
 何かを研究する人にとって、ただひたすらに自らに課した問題に没頭できることは、何よりの望みであるだろう。しかし世の中はそうはいかない。生活をしなければならない、生活を維持するには外の世界とも折り合わなければならない。だから、そうはいかないとどこかで諦めている。
 しかしペレルマンは違う。数学の問題を解く以外に大切なことなど何もないと思っているし、そのために必要なことについては黙々とこなしていく。ただし、不要だと判断したことには一切関わらない。彼にとってそれは当然のことであり、誰もが共有すべき認識であったのだ。
 彼にとっての世界は数学と共にあるものであった。彼は数学のために全てを費やし、数学は彼の行いに報いてくれると信じていた。1970〜80年代のソ連にあって、ユダヤ人でありながら学問を究めていくことがどれだけ困難であろうとも、ペレルマンには問題ではなかった。彼には解くべき問題があり、その力を持っていたからだ。彼は才能を活かし続け、さらに磨き上げる努力も怠らなかった。数学のためにできることは何でもやった。そんな彼に、世界が環境を整えるのは当然のことだったのだ。
 実際、状況は彼の思うとおりになる。それは彼の才能を見出した数々の協力者あってのものだ。時代、境遇、出会う人々、全てが彼に味方した。天の配剤――才能と言うのは決して個として独立しているのではなく、進むべき道を舗装してもらうことも含めたものなのだろう。
 
 ペレルマンは、天才であり続け、とにかく真摯であり続けた。しかしその真摯さは、数学と自ら定めたルールにのみ向けられた。
 数学界のパワーバランスも、数学者としての野心やプライドも、彼には何の興味もなかった。数学者は誰であれ、数学に貢献するべきであり、問題が解かれたという事実以上の副産物などありはしないと考えていたのだ。
 彼は数々の難問を解決した。しかし、それに対しての副賞を受け取ろうとはしなかった。数学界のノーベル賞であるフィールズ賞も、ミレニアム問題解明の賞金も、地位も名誉も何もかも、彼は受け取ることを拒否したのだ。
 
 なぜ彼がそうした行動に出たのか。本書はそれについて推理するわけでも、結論を出すわけでもなく、ただ周辺の人々の声を集めて、それを整理することに終始している。その客観性に満ちた手法によって、ペレルマンという人物の輪郭が見えてくる。
 印象的なインタビューから引いてみる――「彼の一番奇妙なところは、道徳的に正しい振る舞いをすることなのさ。彼の従う理想は、科学が暗黙のうちに受け入れている理想だよ」
 理想は目指すべきものであって、決して現実にはなり得ないし、体現することもできない。それゆえに理想なのだ。それを真に示そうとするならば、どこかで現実世界との間に不和が生じてしまう。
 ただ問題を解くために存在する。そのためにすべきことを、すべきことだけをする。
 学究者であれば誰もが抱く理想だろう。しかしそれは外から要求される雑事や、内から沸き起こる煩悩によって阻害される。全てを削ぎ落とすことなどできない。
 ただ独り、ペレルマンを除いて。
 しかしその真摯さ、そして純粋さゆえに、彼は絶望したのだ――と思う。断ずることはできない。あくまでも僕の所感だ。数学は、そして世界は、あるべき姿でいる人間に報いてはくれないのだ――彼はそう悟ってしまったのではないだろうか。
 それは、通常の世界に生きる人間にとっては自明のことだ。世の中、うまくいかないことばかり――自嘲気味につぶやくことで、僕たちはどうにか生きている。諦めは世界との折り合いだ。そうしなければ生きてはいけない。だが、ペレルマンにとって、そうまでして生きる意味がこの世界にあったとは思えない。
 数学と純粋な世界にこそ、彼の呼吸すべき酸素は存在していたのだから。
 
 
 
 ペレルマンについても、ポアンカレ予想についても全て理解はしていない。
 それでも、その存在を知ることができたことに感謝する。読んだ、知った。そのことに何よりの価値を感じることができた。

閉じる コメント(2)

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ノンフィクションですか。興味深い内容ですね。
凡人は「世の中と折り合いを付ける」という生き方を選ぶ事ができるという部分がとても面白いです。確かに!天才には最初からその道が閉ざされてしまっているのでしょうか。全部削ぎ落としてしまったら自分だけの国を作って王様になるか神様になるしかないですものね。
それが出来なければ世界から退場するしかない。ううん、しんどいなぁ。
フィクションでなくそういう人がいるというのは驚きです。

2010/6/20(日) 午後 3:49 ang*1jp

>あんごさん
なかなか進まない本ではありましたけど、のめり込めましたよ。
天才は天才としてしか生きることができない。その深すぎるがゆえに狭い世界の成り立ちが、羨ましいような悲しいような感じでした。
本当に、こんな人がいるんだなというのが率直な感想でした。

2010/6/26(土) 午後 8:50 かとちん


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