|
デュークが死んだ。私のデュークが死んでしまった――という、絶望的なつぶやきから始まる『デューク』。居残りの教室で見た女子中学生の白昼夢の行方を描いた『夏の少し前』。卒業を間近に控えた小学生男子の複雑な心境を切り取った『僕はジャングルに住みたい』などなど……
老若男女問わず登場するたくさんの登場人物たちの、当たり前の日常の中にぽっかりと浮かんだ、少しだけ昨日と明日から切り離された瞬間が集められた21編の短編集。 職場の本読みの同僚から借り受けた、初めての江國香織作品。 もちろん有名な作家さんだし、作品のタイトルくらいは知っていたけど、どんな色のものを書くのかは全然知らなかった。漠然と恋愛小説っぽいのを書く人なのかなあと思っていたくらい。 読後の印象。とても綺麗で、不思議な手触りのする作品だなと感じた。 並べられた21の物語は、通りに出て辺りを見渡せば近くに立っていそうな人たちの時間を切り取ったもの。それらはとてもありふれた毎日のように見える。 この、ありふれて見えるところが、とても不思議なのだ。 物語の中には、平凡な誰かにとっての特別な時間もあるし、いつか忘れてしまいそうな何でもない瞬間もある。しかしその中にいくつか、そんな日常から逸脱したものが混ざっているのだ。幽霊あり、未来への飛翔あり、遠い遠い過去との邂逅あり、怪談ともSFとも言えない話が入っている。 しかしそれすらも、ありふれたもののように感じられる。 ありふれた、という言葉だと語弊があるかもしれない。誰かの特別な瞬間のように、自分の身に起こってもおかしくはないと思えてしまうのだ。 右を見ればクリスマスをくさしながらバイトをする学生がいる。左を見れば飼い主の彼氏に嫉妬する猫がいる。前を見る、後ろを見る、色々な人がいる。視線をめぐらせていると、いつの間にか扉が現れている。何の気なしにノブを回す。そこに広がっているのは、少しだけそれまでと違う風景。だけど、決して受け入れられないものではない。 それらのことにスポットライトが当たっているわけでもなければ、BGMの転調があるわけでも、回り舞台で背景に劇的な変化が訪れるわけでもない。これみよがしの傍点もなく、フィニッシングストロークのような演出があるわけでもない。作中の人物も、取り乱したり驚いたりもしない。 ただ、物語として自分ではない誰かの日常を見せてくれる。それ以上の何かを語ることはしない。 そのなんでもない語り口が、すべての出来事を自分の立つ地面と地続きであると知らせてくれていた。当たり前のように受け入れてしまったのは、そのためだと思う。 つまり、不思議だと感じたのは、幽霊が出たり前世の記憶を宿していたりする話そのものにではない。それらの不思議を、不思議だと思わなかった印象についてだ。 そうかと言って、すべてが単調で無味かと言えば、もちろんそうではない。 描写は鮮やかだし、登場人物の誰もが優しく温かい。そして自分の周りの世界をこの上なく愛している。自分の中に在った祖母の記憶も、理想とは少し違う家族も、自分の中にしかない孤独すらも。 その愛情があるからこそ、この短編集は美しい。 大きな起伏があるわけでなく、深い充実感を味わえたわけではなかったが、ゆっくりと感情を動かされたような気分。時にはこういう読書も悪くない。 ちなみに、僕にとっての21分の1は、不意に現れた孤独に立ち向かう『ねぎを刻む』。この唐突な違和感にはこの上ない親近感を覚える。それでも結局明日は来ることを知っている。深くて暗い感情もやがて薄くなることも知っている。それでも押し寄せる感情には抗えない。いつものことだと感じながらも、涙が止まらない様子が生々しく描かれている。 親近感を覚えるとは言っても、さすがに涙を流したりはしない。ただ、『私の孤独は私だけのものだ』と宣言した彼女に大いに共感。この一文を大きく取り上げず、さらりと流した辺りも、この短編集のカラーだと思う。ここを掘り下げてしまうと、話の方向性が変わる。ただ孤独で、過ぎ去ることが分かっていて受け入れる。そういう姿勢を描いているからこそ、この短編集の中に並んでいるのだから。 |
全体表示
[ リスト ]





素敵な感想ありがとうございます♪
電車の中や眠る前に何度も読み返してしまう素敵な短編集、と自分は思ってます☆
日常の中のきれいなものや大切なことをふっと思い出して頂けたらとwww
良かったらまたお貸ししますね(^^)/
2010/7/9(金) 午後 11:24 [ えりい ]
江國さんはエッセイや小説をぽつぽつ読んでいるのですが、「ひとりであること」をちゃんと受け入れている人のようで好きなんです。この作品も読んでみたいです^^
本読みの同志がいらっしゃるとは、いい職場ですね♪
2010/7/11(日) 午後 6:41
>えりいさん
お返事遅くなりました。
こちらこそ、素敵な物語をありがとうございました。
日常の瞬間を切り取った写真集のような手触りでした。
そのどれもが、これまであまり見たことのない角度だったので、とても楽しかったです。
2010/7/30(金) 午後 10:08
>あんごさん
お返事遅くなりました。
「ひとりであること」を受け入れる……ですか。何やら謎めいていますね。その感触が得られるまで読んでみたいと思います。
同志はいますよ。何しろ本屋さんですから^^
でも、みんな僕など足下にも及ばない本読みなんですよ^^;
2010/7/30(金) 午後 10:09