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就職内定先が倒産して不本意ながらプー太郎となってしまった大輔は、祖母の遺品整理のために訪れたビブリア古書堂の店主、篠川栞子と彼女の入院先で出会う。祖母の本棚にあった漱石全集に書き付けられていた署名――「夏目漱石」の真贋を問うために。初対面の大輔を相手に会話もままならないほどに緊張していた栞子だったが、相談内容である古書を差し出すと、突然活き活きと流暢に語り始めた。そして大輔は、家族の誰も知らなかった祖母の本当の姿を見ることになる。
レーベルがメディアワークスだけあって、とても読みやすい。それでいてライトノベルではないので小説としての体裁はしっかりと調えられている。扱っている題材は古書だが、その力に引っ張られることなく、深みにはまりすぎることもなく、ほどよい雰囲気を作り出していた印象。話題になるのも無理はなく、さらりとした手触り、口当たりのいい味付けで、確かに面白かった。
古書についてはもっと突っ込んだり、薀蓄をどんどん披露していったりもできたんだろうし、その辺りの深い浅いの感じ方は人それぞれなんだろう。大した知識もない僕としては、充分に「へえ」ボタンを押しまくれたので問題はなかった。この辺り、レーベルの力が逆説的に働いていて、物足りなくて怒る人はいなかったんじゃないだろうか。
4冊の古書。4つの短編。両手に余る登場人物はビブリオ古書堂を中心にまとめられている。店主だけが店にいないというのも面白いが、舞台としては小さな世界だ。しかしそれらの絡め方が絶妙で巧い。この小さな世界の中に、しっかりと物語がある。手のひらサイズの無限の世界、これぞまさに小説だ。
それに1話ごとの密度も濃い。『漱石全集・新書版』に書き込まれた署名の謎。持ち去られてしまった大切な『落穂拾い・聖アンデルセン』。古書堂を介して『論理学入門』を押し引きする夫婦。そして莫大な価値を持つ『晩年』……中心にあるのは古書だけど、巻き起こる出来事(事件というにはちと大げさ)は人の心にまつわるものばかり。老いも若きも悩みがあり、執着するものがある。電子書籍が出てきても本の基本的なありようは変わらない。同じようにどんな時代でも人の心のありようは変わらない。結末に特殊なものはなく、ほっこりとした安心感を伴うものが多いのも好印象の理由だろう。
その心を解きほぐすのが栞子。病室で大輔の話を聞いただけで推理をする安楽椅子探偵だ。
人見知りで上がり症で口下手。ただし、本の話になると別人のように饒舌になり、底なしの知識を以って事の次第を語り始める。まるで見てきたかのように――というアレだ。大輔はそれをサポートする役割、つまり彼女の目となり耳となり手足となって情報を集めることになる。他者とのコミュニケーションが極度に苦手な栞子にとって、大輔は稀有な存在になるわけで、彼としては信頼を得ている気分になる。
しかし、一見どころかどこからどう見ても寄る辺ない雰囲気を醸し出す栞子だが、こと古書の知識や推理時に発揮される洞察力は大輔の及ぶところではない。本を手にしたときの強さが、その真の姿であるとしたら大輔の付け入る隙はなく、必要性すら怪しくなってしまう。どんなに頼られていても、本とともにある姿を見るたびに大輔としては複雑な気分になる。
彼女自身は迷惑をかけたくなくて、大輔の気持ちを思いやって起こした行動であっても、大輔にとっては足下が揺らぐような感覚に陥ってしまう。どれだけ言葉で頼ってくれと言ったところでそれに頷いてもらったところで何の保証にもならない。寄る辺ない栞子を支える、という立場そのものが寄る辺なかったという結果になる。
この栞子と大輔の微妙な関係も、この物語のもう一つの魅力。
そしてこういう女性に振り回される男性は多い――んじゃないかなあ――と思う。見せられるところまでは見せてくれて、頼りにしてくれる。楽しい時間もある程度は共有してくれる。でも本当に困ったときには自分ひとりで抱え込んでしまう。大切な部分は決して見せてくれない。どうしても入れないスペースがあって、強引に踏み込むことをためらってしまう(ためらうから踏み込めないとも言うが、その辺りは草食系たる現代を生きる男子のサガでありカルマであり、この部分をあまり突っ込むことはデリカシーの問題であって……以下略)。
ともあれ、この2人の信頼関係が、どう発展していくのか、大輔はいつか栞子の中に存在する自分に自信を持つことができるようになるのか、というのも見所である。特になんというか、大輔にはシンパシーと言うか同情心のようなものも抱いている。ま、どうせよろしくやるんだろうから、そんなものを持つ必要もないのかも知れないが(長くなるのでここまで)。
続編にも期待(強引なまとめ)。
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himaさん、更新嬉しいよ(*^^*)
本書は未読ですが、読むつもりリストに入れております。凄く売れてますよね。himaさんのお店でもバカ売れでしょうか?
表紙のイメージと違いラノベではないとのことなので、楽しみにしています。
2012/1/10(火) 午前 0:37
>ゆきあやさま
今年こそは一言コメントを実行いたします。よろしくです。
そうですね、当店でもコンスタントに売れてますね。手に取りやすい表紙で内容もしっかりしているので、たくさんの人に楽しんでもらえているようですよ。
2012/1/10(火) 午後 10:19
ご無沙汰しております。新年のご挨拶をいただきながらご訪問が遅くなり申し訳ありませんでした。
ラノベと侮ってスルーしていましたが、登場人物の関係の描き方など気になる作品なのですね。チェックしてみようかと思います。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。
2012/1/13(金) 午後 3:53
こちらこそ。今年もよろしくお願いします。
バランスのよい作品だなという印象です。ラノベ!という感じではなく、読者を良くも悪くも選ばない感じでしょうか。さらりと楽しんでみてください。
2012/1/14(土) 午後 4:38
おおっ、更新嬉し♪♪それもこの作品、年明けからとても気になってねらっている本でした^^まさかhimaさんもお読みだったとは!
表紙の絵からもしや萌え系かな?なんてちょっぴり警戒もしておりましたが^^;誤解でしたね。
himaさんの記事を拝見すると登場人物の書き方も丁寧なようなのでますます読んでみたくなりました!
2012/1/15(日) 午後 11:10
>あんごさま
毎日お店で見てると気になってしまって読んじゃいました。
最近は表紙が柔らかくなる傾向にあるので、表紙で警戒される作品は多くなってるでしょうねえ。でもこちらは警戒心を解いていただいて大丈夫かと思います。
もっとも、僕は栞子さんに萌……ごほんごほん。
2012/1/19(木) 午後 11:54