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 元探偵となった葉村晶は、ミステリ専門の古書店でのアルバイト中、白骨死体発見と肋骨の負傷という、もはやお家芸とも言うべき不幸に遭遇。入院先で同室となった元女優から失踪した娘を探してほしいという依頼を受け、方々に借りを作りながら探偵業を再開するも、借りが次々と因縁を呼びつけ、一筋縄ではいかない調査が始まる。
 
 我が心の片恋人、葉村晶も四十路を迎えていたらしい。それでもスマホやらタブレットやらメールやらスパイカメラやらを苦も無く使いこなし、依頼人にも妨害者にも自分なりのスタイルで立ち向かう姿は相変わらず。
 葉村晶は探偵で、自身も調査の仕事が好きなんだろうと実感している。それでもどうにもいわゆる物語中の“探偵”っぽくないのは、妙に生活感を与えるからだと思う。“探偵”は一旦事件に首を突っ込むと、寝食を忘れたりするけれど、葉村晶は食べたり食べなかったりで体調を壊すし、今回も冒頭に巻き込まれたトラブルのせいで、しょっちゅう病院に通って医師から怒られたりする。“探偵”は捜査を始めると他人のことなんて考えたりしないけど、葉村晶はその事件に関わる人々の思いや、協力者の立場を慮ってどうにか穏便にことを収めようとする。葉村晶の探偵活動には、捜査そのものに付随するそういう葛藤も含まれていて、それがなんとも人間くさく、彼女を生粋の職業探偵たらしめている要因だと思う。
 そこに謎があれば報酬なんて不要だなどというミステリロマンチストなど、葉村晶に言わせれば「生活力の欠如」の一言で粉砕されることだろう。
 もちろんミステリである以上、謎が解かれることが第一であって、そこに余計な要素を乗せたくなければ純粋なミステリ好きを探偵役として据えている方がシンプルだし、謎そのものの魅力を損なわないだろう。その謎の解き方の中に探偵としての魅力を発揮させることも可能だ。
 しかし葉村晶の場合は、その生活感もひっくるめて全部が魅力だ。奇矯な振る舞いはなく、行動にはきちんと納得のいく理屈があって、その理屈も社会性を欠かない。あくまでも職業としての範囲内で最大限に能力を振るっている。本人に言わせればルールの中で行動するからこそ、結果を残すことができているということになるのかも知れない。
 気は強いし行動力も並外れているけれど、あくまでも常識人であること。それが探偵・葉村晶の魅力なのだ。
 
 さて、思う存分、愛を表現したところで、今回の彼女の活躍について。
 老い先短い老婆の気持ちを納得させるため、だったはずの失踪人調査だったが、探偵活動をするための手続きとアルバイト先の勤務調整から入るというのはご愛嬌。そして依頼主の立場や失踪人たる娘の生い立ちの謎、さらには以前に調査していた探偵も消息を絶っていることが分かる。娘の父親候補にはおいそれと手出しのできない御仁も混じっており謎が深まる。そんな中、アルバイト先で面倒な知り合いが増えてしまい、身を寄せているシェアハウスに移住してくるなど、私生活の面でも厄介ごとが起きるばかり。不運な女の面目躍如、と言ってしまうと怒られるだろうか。いや多分、見本のような苦笑を見せてくれることだろう。
 私生活も探偵活動もすんなり行かず、話自体も込み入って仕方がないのだけど、読んでいて混乱したり前の話を忘れたりということはなかった。複数の話が混線しそうになるタイミングで、少し前のエピソードが解決したり、探し物が見つかったりして重ねて説明がなされるためだ。このタイミングが絶妙で、説明っぽいくどさはない。3歩進んで2歩下がるというか、どんなに積み上げてもきちんと下の方が見えるような構造になっているという感じだろうか。
 伏線が回収されたとき、登場人物のドヤ顔に対して「何の話?」となってしまうことが記憶容量の問題で起こってしまうことがある僕だけど、今回に限ってはきちんとついていくことができた。娘探し、父親推理、新しい同居人の不審な行動、同居人を追う警察の介入、前任の探偵の家族問題、自分自身の健康と将来……これだけの出来事を混線させつつも混乱させていない。この辺りの間合いは見事だと思う。
 それぞれのエピソードを一つ一つ拾っていっても、発端から真相まできちんと解決されているし、その内容も満足いくものばかり。
 驚天動地のトリックもどんでん返しもないけれど、人間がそれぞれの立場でそれぞれに生きてきた営みの中に隠された真実に迫っていく過程には迫力がある。事実を積み重ね、そこに可能性を探る推理を加えて、その推理に基づいて事実を探り当てていく。時に胸の悪くなるような事実や、どうしようもない人間の感情を突きつけられながらも、地道に調査を進めた先に、追い求めた結果がある。ご都合主義の入り込む余地の無い、徹底的にリアルな結果だ。
 ただし、結果に対して探偵が影響を与えられるはずもなく、結果は結果という事実として葉村晶にもたらされて事件は、いや“仕事”は終わる。
 余談だが、創作の一つのコツとして『主人公をピンチに追い込む場合、同情するな』というのがあるらしい(鯨統一郎『努力しないで作家になる方法』)。主人公に限らず、キャラクターに同情せず、肩入れせず、どんなに悲痛なことであってもそれが物語に必要な事実であれば突きつける必要がある。それを徹底することで物語は出来上がる。もちろん、ただただ悲惨なだけの話などは読みたくもないし、誰しもに救いのある話だって好きではある。でも葉村晶の携わる事件はそうではないし、非常に申し訳ないけれど、そうであってはいけないようにも思う。
 それでも彼女の人生は続く。次の仕事があるかどうかは誰にも分からない。彼女はただ、請けた仕事に真摯に立ち向かうだけだ。
 
 今回は長編文庫書き下ろしとして葉村晶13年ぶりの探偵活動だったそうな。再会がいつになるか分からないけれど、それでも多分、何年経ってもかっこいい彼女のことは好きなままなんだろうなと思う。

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