学習室−本楽大学

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 どうか、どうか、下にある「前向上」から読んでやってください。

  ― ― ― ―

 (その1から続き)

 千佳ちゃんが紅茶に口をつけた。そういえば千佳ちゃんは、あまり目の前の箱に手を出してない。隣の行人がやたら食べてるから遠慮してるんだろうか。そういえばダイエットとか何とか言ってたな。常楽寺さんは一向に気にする気配がないけど。
「そうだ、一つ気が付きました」
 なつみの頭が弾かれたように持ち上がる。ぴょこん。
「うちの名前は、略しにくいんですよ」
 ほう。一同が妙に納得した。
 おや、行人が読了間際の文庫にスピンをかけてしまった。この発言に何か意味でもあるんだろうか。
「なるほどな」成瀬が言う。「推理研究会だと、間に小説が入ってもいいけど、推理研になる」
「ミステリー研究会だと、ミス研ね」村山が言う。この子がこれほど饒舌なのも珍しいな。案外呼ばれて上機嫌なのかもしれない。好物なんだろうか。
「ミステリクラブは特に略す必要を認めないわね」常楽寺さんがまたも流れるように言う。「表記上は、MCと簡略化できるわけだし、それほど長くない」
 言われてみれば、確かに。
「でも、ミステリー愛好会はやっぱり長いですよね」
 なつみが身を乗り出す。ようやく自分の言いたいことが全て伝わって嬉しいんだろう。嬉しさついでか、また一つ手に取った。……太るぞ。
 略してミス愛……言いにくいな。これは上江さん。
「そろそろ観念して、わけを言ったら?」
 今日子さんが上江さんに迫る。
 と、その時。
「ヒントは、上江さんが食えない人、ということですよ。今日子さん」
 行人がポツリと一言。
「上江君が食えない人……ってどういうこと? それがヒントなの?」
 眉をひそめる今日子さんの隣で、上江さんが少し考えてから言う。
「……四谷、それは違反ヒントだ」
 わざわざこういうことを言うということは、このヒントはきちんと的を得ているのだろう。でも、それが分かったからといって答は分からない。上江さんが食えない人だということはよく分かるんだけど、それが今の話題とどういう関係があるんだろ。ますます謎を深めた張本人は、相変わらずうまそうに口を動かしている。
「行人クン、答、知ってたの?」
 千佳ちゃんが聞く。もしそうならこいつが会話を無視して口を食べることにのみ使っていたこともうなづける。
「いいや……うん」はい、お口ゴックンだ、行人クン。「……ごめん。今気が付いた。外野として参加してたら、気が付くことがたくさんあってね」
 ということは、これまでの中に答を示唆するものがあったということか。
 もっとも、答というのもおかしいか。単に、どうしてここはミステリー愛好会という名前なのか、というだけのことだし。
「ここでの問題を整理してみようか。成瀬、どうだ?」
 行人が主導権を握り始めた。
「ええっと、まずはどうして『ミステリー愛好会』という名前なのか」
「そうだな、それから?」
「候補は二つあった」
「そう、そのうち一つが消去されて『ミステリー愛好会』略して『ミス愛』は命名された」
 あ、そうか。
「キーになるのは『略す』ってことか」
 僕の言葉に行人はうなづく。口元には皮肉っぽい笑みと――砂糖。ニヒルなんだか無邪気なんだか。
「そしてもう一つのキーは、さっき列挙された名前の中に『愛好会』と並んで候補に挙がった名前は入ってなかったということだ」
「どうして分かるんですか?」
 なつみの質問はもっともだ。しかし行人は平然と答える。
「上江さんが列挙するのを遮ったからさ」
「……気付かれてたか」
 上江さんが「あちゃあ」という困惑顔になる。確かにあの時、上江さんは僕たちの会話の流れを強引に遮ったような気がする。
 と、そこで、
「ああ、そういうこと」
 常楽寺さんが少し明るい声を上げた。上江さんを見て呆れたように笑う。
「ホント、下らない理由ですね」
「だろ? だからあんまり深く話したくなかったんだよ」
 どうやら常楽寺さんは気が付いたらしい。行人の言葉を聞きながら情報を整理して答に向けて収束させていっていたんだろうか。あの分厚い学術書を読んだ後のクールダウンにもなってなさそうだけど。
 それにしても、列挙された中には入ってなかったのか。じゃあ、どういう名前だったんだろう。作った理由はミステリが好きだから、で間違いはないはずだから、その方向性で考えていけばいいんだろう。愛好会のほかに、それが好きな人が集まるサークルにつけられる名前……なにかあったか? 
「同好会!」
 考える僕の横で、千佳ちゃんがポンと手を叩いて声を上げる。そのボリュームが大きかったので、不覚にもちょっとビクッとしてしまった。
 落ち着いてから思う――そうか。それがあった。
「ミステリー同好会」
 僕と成瀬、それに今日子さんがハモる。
 村山となつみが「ああ」と大きくうなづいた。
 言われてみないと気が付かなかったけど、よく考えたら、愛好会よりも同好会の方がよほど一般的な気がする。隣で千佳ちゃんもニコニコ。
 そしてそのニコニコは僕の思考を柔らかく答えに導いてくれた――そういうことか。
「分かっちゃった、私」
「僕もだよ」
 上江さんが苦笑。
「そこまで行けばもはや解答は終了だな。そう、その名前がイヤだったんだよ」
「どうしてですか?」
 イマイチついていけてなかったなつみがここぞとばかりに上江さんに問い質す。
「それそれ」
 上江さんはなつみが手にしたものを指差す。
「へ?」
 なつみは手にしている食べ物をしげしげと眺める。ここで成瀬と村山が同時に声を上げた。
「ああ、そうか。略さなくちゃいけないんですよね」
「なるほど、分かりました。確かに私もイヤです」
「え? え?」
 同回生の納得に納得がいかないなつみは二人と手にしたものに何度も視線を行き来させる。
「なつみ、それは何だ?」
 行人の問いになつみはポツリと一言。
「……ドーナツ、ですよ」
 そう、なつみの手にあるのは、昔ながらの形のドーナツ。オールドファッション。
「答は、最初から俺たちの目の前にあったんだよ」
 言いながら、行人は僕たちが囲んでいる長机の中央にある細長い三つの箱を指差した。その箱にはこう書いてある――ミスタードーナツ。
 思えば、上江さんがバイトをしてる知り合いにもらったということで、突然三箱も抱えてボックスに入ってきたところから、今日は始まったんだ。最初にいた五人だととても三箱も食べ切れないから、今日子さんと後輩たち四人が呼ばれることになった。しかし、九人いても三箱は多かった。行人は三人分くらい食べたけど。
「ミスタードーナツ、略して?」
 行人がなつみに訊く。
「……ミスド」
「じゃあ、ミステリー同好会、略して?」
「あ、ミス同!」
 一同、沈黙。のち、爆笑。
 ボックスを包み込む笑いが収まって、解答編を切り出したのは命名者。我らが会長。
「な、下らない理由だろ? ミステリー同好会って略すと、そのままミスタードーナツになっちゃうんだよ。だからこっちはやめにして愛好会の方にしたんだ。本当は愛好会もあまり気に入ってはなかったんだけどな。言いにくいしな」
「やっぱり言いにくいんじゃん」
 今日子さんに肘で突かれて上江さんは笑った。僕たちも笑う。
「あれ? そうなると、四谷さんのヒントはなんだったんですか?」
「ん?」
 行人が出したヒントというと、あれか――上江さんが食えない人。
「ドーナツに引っかけた簡単ななぞなぞでしょ? 四谷」
 常楽寺さんが言う。
「そう。答がドーナツになるなぞなぞ」
「なんだそれ?」
「分からないか?」
 考えてみる。どんなんだっけ?
「真ん中が食べられない食べ物、みたいなやつだよね?」
 どうして僕が考え始めると千佳ちゃんが正解にたどり着くんだろう。リンクしてるのかな。それはそれで嬉しいような、でも向こうの方が回転が速いわけだし、複雑な気分だな。
「それと上江さんと、どういう関係があるんですか?」
「ま、これも下らないんだがな」
 行人は成瀬の言葉に少しだけ苦笑する。
「上江さんは会長なんだから、当然『ミステリー愛好会』の中心人物だろ。その人が食えないっていうことさ。つまり――真ん中は食べられない」
「座布団一枚、ですね」
 なつみの一言で、締め。

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 どうか、どうか、下にある「前向上」から読んでやってください。

 ― ― ― ―

真ん中は食べられません。

 心地よい昼下がり。ボックスには僕、行人、千佳ちゃん、上江さん、今日子さん、なつみ、村山、成瀬、さらに珍しいことに常楽寺さん。なんだかたくさんいるな。もっとも、後輩たちと今日子さんは呼び出されたんだけど。
 何をしているかというと、別に何もしていない。みんなで机を囲んで、ポツポツと口を開いたり開かなかったり、各々文庫本を開いたり、分厚い研究書を楽しそうに読んでいるだけだ。もちろん、最後のに該当するのは1人、常楽寺悠子のみ。
 さっきチラッと見せてもらったんだけど、どこをどうすればあれが一読で理解できるのか、そのメカニズムから教えてもらわないと読めそうにもない本だった。物理学の本らしいけど、そこまでを理解した所で僕の頭脳はそこでオーバーフローを起こして、その後の処理を拒絶し始めた。常楽寺さんには笑われ、千佳ちゃんにも笑われ、行人には無視された。僕の学術的好奇心は今日も空回りだ。
 ちなみに僕の今日のお供は森博嗣『笑わない数学者』。再読。もちろん、これを読んでるからこそ常楽寺さんの学術書にも挑戦しようなどと思ったわけだけど。犀川助教授は常楽寺さんよりもすごいのかと思うと、世の中の深遠さにうんざりとしてくる。くそう、天才め。
 その他のみんなが何を読んでいるか。行人は我孫子武丸『殺戮に至る病』。僕には女性の乳房をナイフで切り取る犯人が出てくる話は苦しいんだけど、行人はかなりの名作と位置付けてしまってる。千佳ちゃんは向田邦子『思い出トランプ』、上江さんは島田荘司『異邦の騎士』、今日子さんは若竹七海『プレゼント』、成瀬は日本推理作家協会編『殺人哀モード』、村山は高村薫『マークスの山』、なつみは……ぴあ、かな。あれは。
 さすがはミステリ愛好会だけあって、みんな黙々と読んでいる。時々、目の前に置かれた箱に手を伸ばしたり、手元の飲み物を口に運んだりしながら、ではあるけど。これが、コピーされた同じ短編をみんなで読んでいたり、今手元にある作品を読み終わったら隣に回していく方式であれば、この後に批評会という流れになるのかもしれないけど、もちろんならない。我がサークルのモットーは“自由”なのだ。
 多分、端から見ると異様な風景なんだろうな。
 そんなことを考えていると、活字を追う集中力が切れてきた。ちょうど犀川先生の説明台詞に入ったところで、読むことと理解とを同時に要求される場面だ。ここらで休憩にしよう。
 僕が文庫を静かに閉じると、なつみが嬉しそうに僕を見た。多分、呼ばれてきたのはいいけど、みんなが黙々と活字を追いかけているから退屈してたんだろう。自分も会員なら何か読めばいいのに……なんてことは優しい先輩は思わないぞ、なつみ。
「春樹先輩」
 甘ったるそうなピンクの最後の一口を頬張って、なつみが言った。ストロベリーはやや男の口には甘すぎる気がするんだよな。もちろん、甘党の四谷氏は大好物。確か真っ先に口に運んでいた。
「ん?」
「ちょっと思ったんですけどね」
 多分、ヒマだったから色々とぼんやり考え事でもしてたんだろうな。
「ここって、どうして『ミステリー愛好会』って名前なんでしょう?」
 思わず絶句。これはまたとんでもないことを考えていたものだ。みんなが揃いも揃って単なる娯楽としての読書に興じている環境におかれて、このサークルの根底の意義から考えてみたくなってしまったんだろうか。
 なつみの発言に、上江さんと今日子さん、それに千佳ちゃんが本を閉じた。確かに、それくらいおもしろい。成瀬と村山は同回生だけに、なつみの突飛な発言には慣れているのか、視線は上げたものの読書は継続。行人は、一瞬視線を動かしたけど、ほぼ無視。常楽寺さんは、意外なことに軽く口元を緩めて本を閉じた。何か興味をそそられたんだろうか。
 とりあえず、水を向けられたのは僕なので、お答えしましょう。
「ミステリが好きな人が集まってるからだよ、ね、会長?」
 上江さんはうなづく。それ以外にどんな理由があるというのか。
「え〜っと、私が言いたいのはそういうことじゃなくて、ですね」
 この回答がお気に召さなかったらしく、なつみは腕を組んで顔を天井に向けた。どう説明すればいいのかを考えているらしい。
 え〜っと、え〜っと、と一度上に向けた顔を下に横にと振りながら考えている。小動物もびっくりだな。
 その様子を見て、さすがにゆっくりとページを繰っている環境ではないと判断したのか、成瀬と村山も本を閉じた。2人とも、なつみを挟んで座っているから、視界の端で小さな頭がぶんぶんと動き回っていたら読みにくいのは当たり前だろう。
 一人、行人だけは相変わらず我孫子武丸の仕掛けたトリックに挑んでいる。それも口の端についたチョコチップをぬぐいながら。どういう精神構造なんだ、こいつ。
「『ミステリー愛好会』という名前そのものが不思議、ということよね?」
 ショート寸前まで悩みつづけたなつみを助けたのは常楽寺さん。
「それです! さすが悠子さん!」
 よほど嬉しかったのか、常楽寺悠子をビシッと指差すなつみ。なんと畏れ多い。
 それでも、疑問は残る。
「それ、どういうことだ?」
 前髪をかきあげながら、僕の気持ちを代弁してくれたのは成瀬。
「名前の由来ではなくて、名前そのものに疑問がある、ということかしら」
 眼鏡を直しながら補足してくれたのは村山。
「そうそう。そうなの。なんていうか……」
「……言いにくい、じゃない? なつみちゃん」
「そうなんですよ、今日子さん! 今日子さんもそう思ってました?」
 意外なことに、困るなつみを助けたのは上江さんと同回生の今日子さん。
「言いにくい、って、今日子さんは創設メンバーの一人でしょ?」
「だって、上江くんに誘われた時には名前なんて決まってたもん」
 僕の素朴な疑問に、今日子さんはあっさりと答える。
「だったらその時に言ってくれよ……」
 手元のナプキンに『の』の字を書く上江さん。いじけてるフリ。
「あ〜、よしよし。う〜ん、あの時はそんなに気にならなかったんだけどね」
 困ったように笑う今日子さん。言いながら上江さんの頭をなでなで。
「なんて言うか、普通に使うようになってから気が付いたのよね。どうも語呂が悪いというか、口に馴染まないというか……」
「早い話が、言いにくい、と。僕も賛成します。今泉さん」
 結論を引き取ったのは成瀬。しかも賛成と来た。
 上江さんは目を軽く細めて、口元を歪めている。でも、怒っているわけでも不機嫌になっているわけでもなさそうだ。どうやら、本当に困っているらしい。あまりこの話題をつつかれたくはない、と思っているように見てとれる。何か、このネーミングには深い意味でもあるんだろうか。
 行人はというと、カスタードクリームがはみ出ないように気をつけながらも、ページを繰っている。ページの残量から言って、そろそろ読了か。
「あ」
 不意に行人が発した声に、全員がそちらを見る。
「もう、行人クン」
 何のことはない、行人がクリームを机にこぼしただけだった。千佳ちゃんが少し怒った顔をして、ナプキンで机を拭いている。
「四谷さん、よく食べますね……」
 成瀬が呆れ顔で言う。
「ああ、これだけ並ぶこともあんまりないからな。ある時に食べとかないと」
「はあ……」
 尊敬(?)する名探偵口調の先輩がただの食いしん坊だと知ってしまった後輩の嘆き。
「まあ、食いしん坊四谷君はおいといて」
 僕の親友はおいとかれて、話は続く。行人はいえば気にする様子もなく新しいのを手に取った。ツイストされてるやつは食べにくい気がするんだけど、行人のように一口で口に入れてしまえば関係ないのか。
「ちょっと気になってきちゃった。どうしてこういう名前にしたの?」
 今日子さんが隣にいる上江さんを少し上目遣いで見る。
「どうしてって、ミステリが好きな人が集まってるからだよ」
 上江さんの言い分は苦しい。それは一番最初に僕が言って、話の流れとは違うと却下されたものだ。
「普通、というか、一般的にミステリが好きな人が集まるサークルというと……」
 成瀬が知識のインデックスを探る。
「推理研究会とか、推理小説研究会とか、ですよね」
「ああ、英都大学な」と僕。
「K**大学もですね」と成瀬。
 マニアックな会話だ。なつみは理解していないに違いない。
「後はあれじゃないかしら、ミステリクラブ」
 常楽寺さんが言うとその響きは必要以上に優雅で謎めいたものになる。
「EQMCですね」これは村山。
「早稲田もそうよね。北村薫が出たとこ」これは今日子さん。
 こういう発言を聞く限り、一応『ミステリー愛好会』の名には恥じていないような気がする。
「後、考えられるのは、ミステリ研究会、とかですね」
 村山がさらに付け加える。
「そうだな、それから……」
「あのなあ……」
 さらに好き勝手に羅列しようとする僕たちを制して上江さんが言う。
「そんな有名どころの向こうを張って、大層な名前が付けられるわけないだろう? 同志社?京大? エラリークイーン? 早稲田? ここはそんな一流有名大学でもなければ、有名な作家が出てるわけでもないの。それに、俺たちの普段の活動の、どこをどうすれば研究してると思ってもらえるんだよ」
「……まあ、ね」
 今日子さん、苦笑いしつつ少し納得。マンガなら額に汗、というところだろうか。
「でも……」
 常楽寺さん反論。
「他の……まあEQMCはともかくとして……有名大学にしても、作家が出始めるまではただの学生サークルだったわけですよね? だったら問題はない気がするんですけど」
「常楽寺らしくないな。今現在、有名になった、作家が出た、という事実がある以上、その名前をつけることは2番煎じの謗りを受けかねないだろ。そんなのは避けたんだよ」
「それだけですか?」
 上江さんハメられた。
 さっきの常楽寺さんの質問は、上江さんからこの反論を導き出すための罠だ。できるなら何も言わずにやり過ごしたかったはずなんだろうけど、少しカードをさらしてしまう結果になってしまった。
 つまり――
「今の発言を聞く限り、ミステリが好きな人が集まるから、という積極的な理由以外に、命名の時には他の候補を消去した経緯もあるという風に考えられそうですが、その方向を広げてみてもいいんでしょうか?」
 ――ということだ。
 上江さんは一つ息を吐く。
「そりゃ、あるよ。弘忠が」この場にはいない、椎名さんの名前を挙げて「『ミステリ戦隊ナゾトクンジャー』だの『上江と愉快な仲間達』だのと適当なことを言ってばっかりだったからな。そんなのは全部却下した」さらに嘆息。
 そりゃそうだ。そんな名前を付けられたらたまらない。多分、僕はミステリ戦隊には入ってないだろう。おもしろいけど。
「そういうことじゃなくて、上江さん」
 常楽寺さんの追及に、上江さんがついに折れる。
「……まあ、いいかな。そうだよ。今言ったことに加えて、実は理由がある。最終的な候補が二つになったんだけど、その一方を消去した決定的な理由があるんだ」
 一同、身を乗り出す。
「下らないから言いたくなかったんだけどね」
 一同、考え込む。
 会長、あなたの作ったサークルにはノリのいい人が集まりました。
 僕たちはやっぱり『謎』には目がないのです。それがどんなに些細なものでも。

 (その2へ続く)

 しろねこ学長率いる(?)本楽大学にふらりと忍び込み、掲示板を眺めていたら、課題が発表されていた。

 ――『私の○○○○ミステリ』と、お気に入りの『ミステリ作家について』

 以前にも聴講生として課題を提出させていただき、それがとても楽しかったので今回も図々しく参加させてもらうことにした。
 2つある課題の後者は上級学年向けらしいので、今回は前者を選択。○○○の部分には好きな言葉を入れていいとのこと。

 そこで父親譲りの無鉄砲なhimaは、こんな言葉を入れてみた。



 「書いた」



 あれ? 聞こえませんでしたか?  
 じゃあ、もう一度言ってみよう。

 「書いた」

 そう、『私の書いたミステリ』である。

 まさに命知らずもいいところ。今後一切、誰からも相手にされなくなってしまう可能性が非常に高いが、あえて茨の道を進んでみる。
 どうか生暖かい目で見守ってくださいますことを――



 では、ここから先回りの言い訳。
 これができたのは今を去ること数年前。
 大学時代の友人と、自分たちの大学生活を下敷きにして何か物語でも書けないだろうかと、あれこれ書き散らかして夜なべしていた頃のこと。ある日夜が明けると、小人さんたちがえっちらおっちらと創り上げていてくれたものです。ほぼリライトなしでお届け。今書いても、大差はないと思いますし。

 本編のプロローグは別にあり、友人との間で登場人物はできあがっていたので、今回出てくる連中についての説明が一切ありません。しかも無駄にたくさん出てきます。
 そこで、偉そうに舞台背景と登場人物の紹介をこの場を借りてやっておきます。

 舞台:某私立大学のサークル「ミステリー愛好会」のボックスでの一幕。

 僕 … 弓吉春樹(ゆみよしはるき)法学部2回生。語り手。

 行人 … 四谷行人(よつやゆきと)文学部2回生。

 千佳ちゃん … 中田千佳子(なかたちかこ)教育学部2回生。弓吉の彼女。

 常楽寺さん … 常楽寺悠子(じょうらくじゆうこ)理工学部2回生。

 上江さん … 上江達也(かみえたつや)文学部3回生。会長。

 今日子さん … 今泉今日子(いまいずみきょうこ)法学部3回生。

 成瀬 … 古内成瀬(ふるうちなるせ)社会学部1回生。

 なつみ … 川田なつみ(かわたなつみ)文学部1回生。

 村山 … 村山薫(むらやまかおる)文学部1回生



 こんな人たちの、平和で平和で仕方がない大学生活の香りが、少しでも皆さんに伝われば幸いです。
 週末の暇つぶしに、軽く読み流してみてください。

 予定のない休日には、大手チェーンの古本屋で適当なハードカバーを買う。ジャンルはミステリが多い。普段は文庫派だが、このときだけはハードカバーと決めている。
 正午。朝の名残を払拭した日差しは強く、停めておいた時間は短くとも、車の中はほどよく灼熱地獄だ。ザ・ニンジャだ。
 近くにある大手チェーンの喫茶店までの時間は、中古の軽四の冷房が効果を発揮するには短く、送風口から出てくる風はぬるいまま。自動ドアをくぐったときの冷房の風は、かわいいウエイトレスの「いらっしゃいませ」よりも心地よい。少しだけ嘘をついた。同じくらい心地よい。
 注文は日替わりコーヒーとBLTサンド。現代のサンドイッチ伯爵は、カードに興じるためではなくて本を読むために食事をパンに挟むのだ。
 正直に告白すると、コーヒーの味はよく分からない。あまり酸味が強いのは好きではないが、残念ながら違いの分かる男ではないので、基本的に何でもいい。次に買う本は宮本輝にするべきかも知れない。
 注文を終えると、買ったばかりの本をテーブルの上に出し、一通り店内を見渡す。昼下がりの喫茶店には様々な人がいる。
 僕と同じように1人で本を読む人、夫婦づれ、仲良く話しているカップルもいれば、それぞれに雑誌をめくるカップルもいる。女性の2人連れがいて、女の子のグループがいる。世間の休日とは無関係にネクタイを締めた男性のグループもいる。所在なげにしている窓際の女の人は、おそらく誰かを待っているのだろう。
 色々な人がいるな、とごくごく当たり前のことを確認してから、しばし日常の世界に別れを告げ、薄っぺらな紙の中に広がる無限の奥行きを持つ世界へと、僕はしばらく旅に出る。
 それはどこまでも遠くに行くことができて、いつでも帰ってこられる、とてもお得な旅路。

 基本的に集中力がない。たとえそれがどんなに大好きで楽しいことであっても、すぐに気が散ってしまう。特に家は危険だ。他の本だのマンガだのPCだのなんだのかんだの、たくさんの誘惑が気を散らせるべく手ぐすねを引いている。もちろん、別にそれはそれで構わないのだが、時にはとっくりと本だけに集中する時間を持ってみたい。そんなことを思ってから、この習慣が始まった。

 人待ちの女の人が立ち上がり、しばらくして戻ってきた。待ち人はいまだ来ないらしい。

 ハードカバーにしているのは、その方が本を読んでいるという気分になれるからだ。文庫はお手軽で安くて収集に適していてどこでも読めるという利点があるが、この重厚さがもたらす読書への陶酔感ではハードカバーには敵わない。
 陶酔感――休日の喫茶店で本を広げるという、わざとらしい行動をしている一番の理由は、これを得るためだ。

 窓の外にその顔を探しているのだろうか、頬杖を着いた女の人の視線が遠くをさまよっている。

 やはり意識は拡散する。しかしここは喫茶店。家にいるときのように寝転がったり、マンガに浮気したり、CDを聴いたりするわけにもいかない。まして目の前の女の人に「遅いですねえと」声をかけることなど。
 そうまでして本を読む必要があるのかどうか、ときどき疑問になることもあるが、それでも僕はこの時間が気に入っている。家という日常を離れ、本というフィクションの世界に入る。身も心も非日常の中に置き、全てを現実から引き剥がすことができるから。

 女の人の視線が店内に戻る。時計を見た。相手が遅れているのか、彼女が早く来すぎたのか。外見の印象としては、後者。

 散り散りになってしまいがちな気持ちも、興が乗ってくると徐々に活字にのみ集中できるようになる。そうなると周囲の喧騒は少しだけ遠くなる。
 無関係な人ごみの中にあるからこそ得られる静けさ。雑多な会話は僕に関係のないところで交わされ、それぞれの方向に送られる視線は僕に向くことはない。このほどよい孤独感もまた、この時間の醍醐味の一つだ。

 視界の隅で女の人の顔が勢いよく持ち上がり、ゆっくりと下がった。人違いか。

 にわかに集中が途切れ、BLTサンドからレタスがこぼれた。もっときれいに食べられるようになるまでは、爵位はお預けかもしれない。コーヒーの最後の一口が終わったので店員を読んでミックスジュースを頼んだ。
 物語が佳境に入る。デザートは、読み終わってから考える。

 女の人が時計を見る頻度が多くなってきた。どうやら待ち合わせ時間が近づいているらしい。

 残りページが少なくなるにつれてやって来る高揚感と、内容の充実度合いに比例する寂しさは、いつも僕を複雑な気分にさせる。一旦休憩を入れることもあるし、そのままの勢いで読了することもある。早く読みたい。まだ読み終えたくない。本が好きで、このジレンマを感じたことのない人がいたら、迷うことなく尊敬する。友達にはなれないだろうが。
 読了したら、できる限りゆっくりと本を閉じて、深呼吸をする。

 駐車場に新しい車がやってきた。駐車スペースには入らず、ハザードを出して入り口近くに停車した。女の人がバッグから携帯電話を取り出し、同時に席を立った。
 ――待ち人、来たる。
 横を通り過ぎたその人には、特別な笑顔はない。
 待つという行為は、迎えに来るということと必ずつながっている。慣れ親しんだ当たり前が、いつもどおりに繰り返されたことに他人事ながら安心する。
 僕の非日常の中に、彼女の日常がある。何となく不思議な感覚。

 デザートを頼み、カバンからノートを取り出す。読み終えた本をペラペラとめくり、印象的な部分を拾い読みしながらメモをとる。思考に追いつこうと慌てて走らせるシャーペンで書かれた文字は、たぶん僕にしか読めない。ときどき、僕にも読めない。

 会計を済ませ、容赦なく熱された車に乗り込む。エアコンを全開にすると途端にスピードが出なくなる愛車に「よろしくお願いします」と頭を下げ、ハンドルを軽く叩いてから発進させる。
 思わず漏れたため息の深さは、過ごした時間が幸福だったことの、確かな証。



 ======================

 タイトルにもあるとおり、今回のお題はしろねこさんが運営する本楽大学のレポート課題として出されたものです。
 しろねこ学長、飛び入り参加の許可をいただいてありがとうございました。
 himaの好きな読書スタイルを赤裸々に書かせていただきました。書いた本人は楽しかったのですが、さて、いかがでしょう?

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