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鞆の浦から世界の津々浦々へ
郷土・鞆の浦の海へ、そして世界の海へのペイ・フォワード『恩送り』

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広島県福山市に鞆の浦という小さな港町、
鞆の町と仙酔島との間に弁天島(別名:百貫島)が浮かんでいます。
低く這うような松が、断崖ばかりの小さな島を飾っています。
白いカモメが瑠璃色の海面をかすめ、飛び交い、
鳶の鳴き声や波音に誰もがしばし心を奪われる。

【百貫島物語】
 この弁天島の石塔には次のような物語が伝わっています。
昔、近江の正道という武士が、厳島神社参詣の途中、
鞆に立ち寄り、弁天島の近くに、
誤って家宝の太刀を海中に取り落としてしまった。
引き上げてくれた者には銭百貫を与えるからと依頼するが、
誰も進み出るものはいない。
土地の者は、このあたりは鮫がひそんでいると知っているからだ。
正道は浦人を「頼りがいがない」と罵った。
一人の若者が
「郷土の恥は命で償うほかはない、自分には身寄りもいないから」
と、太刀を取ってくることを申し出た。
そして海底から太刀を拾い上げることに成功したが、
同時に鮫に足を食いちぎられ、若者はそのまま海底に沈んだ。
悔やんだ正道は賞金の百貫をもって十一重の石塔を建て、その若者を弔ったという。

 今から410年前、この物語を聞いてたいそう感激をした中国人(当時:明)がいました。
豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)の講和折衝に来日していた
沈惟敬(ちんいけい)将軍は、その感激の詩文を大きな石碑にして、
石塔の10メートルほど北側に建てました。
この伝説と将軍の話は360年前に鞆奉行、荻野重富が『鞆記』に書き残しています。

 港町に住む浦人(うらびと)の、
哀しくも美しい誇りとして『百貫島物語』は現在でも語り継がれており、
それを知ってか知らずか、
世界的に有名なアニメ監督・宮崎 駿氏が約二ヶ月の間、
ここ鞆の浦に滞在し、
7月19日から公開の映画『崖の上のポニョ』を着想された港町でもある。
 
 弁天島と仙酔島の間の海域は、瀬戸内海沿岸の中でも水深が深く、
島の間を流れる海流は速い、
小魚の豊富な沿岸なら今でもきっと海中深く
伝説に出てくる鮫が潜んでいるに違いない・・・

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