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肝細胞癌のため60歳という若さで亡くなられた鈴木ヒロミツさんの通夜が、文京区の傳通院でしめやかに営まれました。
祭壇には、昨年雑誌の取材で撮影したというご遺影が飾られ、その笑顔は穏やかで鈴木さんの人柄が伺えるものでした。
今年1月、肝細胞癌で「余命3ヶ月」と告知され、延命治療などはせず、愛する家族と過ごすことを選択したヒロミツさん。家族で食事に行ったり、音楽談義をしたり・・・亡くなる前日まで自宅で過ごしたそうです。
ヒロミツさんは、自身のエッセイで「自分の『最後の晩餐』は、やっぱり何を食うかはさておき、家族と食べたい。どんなおいしい料理だって、1人でモソモソ食べるのではおいしくない。長年、ボクを支え続けてくれた女房、ボクの分身としてこれから長いこと生きていく息子・・・。この2人と、(思い出話をしながら)和みながら最後の一食が食べられれば、それでいいという気さえする。」と綴っていました。
松崎しげるさんによると、ヒロミツさんは奥様の美枝子さんのことをずっと大切にしていたと言い、
「亡くなる前にいっぱいいろんな話をして、それから、いっぱいラブレターを書いてくれたと。本当に最高のダンナだった。」と、美枝子さんの話を教えてくれました。
そのヒロミツさんは、「自分が亡くなった時には・・・」と、戒名も自分で決めていたのです。
『美雄永満愛大喜善居士』
妻と息子の名前を入れ、「美枝子と雄大を永遠に喜びを持って愛する弘満」という意味が込められるのです。
意識が混濁する前まで「雄大、雄大」と、何度も呼び、
そして、愛妻と愛息に看取られ、静かに眠るように息をひきとった、ヒロミツさん。
「生き方がすてきでした」と、和田アキ子さんは涙で声を詰まらせて語りました。
余命3ヶ月と宣告され、死と向き合って生きた鈴木ヒロミツさん。
「ずっとずっと家族を愛し・・・」60年という人生の幕を閉じられました。 合掌
ところで、
鈴木ヒロミツさんは昨年12月に腹痛を訴え、今年の1月、末期の癌であることが明らかになったのですが・・・そもそも肝臓は「沈黙の臓器」といわれ、症状が現れないといいます。
癌・・・を考えると、
私は、本当に強運だったと思うのです。
私は去年12月、初めての人間ドックを受けました。
そこで、子宮がんの前がん状態が見つかったのです。
ここで、こんな内容を書き込むことは・・・と、躊躇もしたのですが、
子宮がんというのは、予防も出来るのです。
私は今月末、手術を受けることになっていて、正直、不安なこともあります。
でも、前がんの状態で見つかったということに、「よかったね」と思って、女性の方に子宮がん検診をお勧めしたい気持ちでいっぱいなのです。
なんの自覚症状もなかった、私。
今回の検査の結果を、幸運と考えています。
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