himebowのダブルバーズな日々

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今日は、穏やかな1日。こんな日は、「プルブル・マシーン」だ。器械の正式商品名は、ダイエット・チャレンジ。10〜20万ぐらいのものらしい。今日は、10分×2回乗ったんですわ。結構、腹筋にきますネ。


さて、FUSION自分史の旅、2回目は、「スクェア」のこと・・・は中略して、それ以降についてである。二十歳の春、晴れて東京人となった私は、完全なお登りであった。お洒落なところは「スクェア」を聞くとこぐらい。東京最初の日曜は、新宿小田急デパートに行った。ダサい、全くもってダサい。(ダサい=だって埼玉だもんの略と知ってました?)
そこで買いました、ヘッドホンステレオ。アイワだったか。さらに、その名も「フュージョン」というカセットテープ購入。鳥山雄二、パラシュート、松原正樹、今剛などの代表曲のコンピもの。彼らの何かを知ることもなく、ただ曲として愛聴しました。
さて、1980年中盤は、TOTOやH2O、プリンスやスティングなどが大流行。クラスの女子大生達とは、全く話題が合わんのだよ、君。(私の洋楽嫌いは、つとに有名。D.サンボーンを聞くまでに4年かかりまた。) その頃、同級生の津○が、カシオペアと松岡直也、エアプレイを紹介してくれた。エアプレイはゴメンナサイだ。カシオペアは、「フォトグラフス」、松岡御大は「午後の水平線」であった。ここで、私のFUSION魂は花開いた。
浪花エキスプレス、ネイティブ・サン、コスモス、カンガルー、マルタを辿り、ようやくナベサダを聞けるようになったのが大学4年ごろである。
いわゆる、ジャズ・フュージョンはまだ厳しかった。ポップ・フュージョンが好き。プリズムは受け付けなかった。(今でも)
マリーンを受け付けられるようになってから、徐々に、徐々に洋楽アレルギーから脱感作されました。(続く・・・)
本日、ここまで!!

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プリズムだったらファーストからサード辺りなら分かりやすいと思うけどね。
僕はプログレッシブ・ロックとして聞いてました。

2008/7/13(日) 午後 6:04 [ WESING ] 返信する

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私もプログレッシブ・ロックの認識です。
和田アキラの汗が飛び散るイメージです。
うちのバンドが出入りさせていただいている「カンタループ供廚離ーナーもプリズム・ファンで年に2回はアキラ関連のライブがあります。

2008/7/13(日) 午後 11:05 himebow 返信する

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いや〜,私とほぼ同時体験していますね〜。
himebowさんと違うのは埼玉ではなく千葉の下りぐらいです。カシオペアは『フォトグラフス』だし松岡直也は『午後の水平線』からです。ポップ・フュージョン。いい時代でしたよね。

記事を読んで一言。himebowさんも和田アキラは聞けなくとも高中は聞いたのでは? 渡辺香津美は嫌いでしたか? なんとなくそんな気がしました。

2011/4/9(土) 午後 8:04 [ セラビー ] 返信する

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セラピーさん、私メは高中を全く通らずに来ました。
ブルーラグーンを聴かされたのは、今のバンドの前身バンドに入った時です。ほんの15年前です。
香津美も聴かずに経過しました。
お察しの通り、ジャズ色強いのは苦手です。。。

2011/4/9(土) 午後 8:22 himebow 返信する

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