日記

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稲荷

今日は初午(はつうま)で、赤坂の豊川稲荷に行ってきた。
初午は、2月のはじめの午(うま)の日のことで、豊作祈願の稲荷の行事だ。
稲荷(いなり)は、「稲生り(いねなり)」の意味なんでね。
伏見稲荷の祭神は、宇迦之御魂(うかのみたま)だけど、ここ豊川稲荷の祭神はちがう。
荼枳尼天(だきにてん)っていうインドの鬼女で、ダーキニーとも言い、6ヶ月前に人の死を知り、死の直後その心臓を喰うと言う。
強烈なやつだから、霊験はあらたかだけど、その分、ちゃんと礼をしないと、後が怖い。
今日は、ご利益にあやかりたい人達が、数ある祠の前をバタバタ行ったり来たりしていた。
こっちは、祠の前で手を合わせても、何の願うところもなく、心の中は空っぽさ。
ダーキニーも、「こいつ、何しに来た?」って思ったろうね。
いいんだ、おまえに会いに来ただけだから。

花葬(はなほうむり)

壜にさした花がまだ、枯れずにいる。
3週間近くなるが、しおれないから、そのままにしてしまった。
ほっといて、悪いことしたね。
今夜、ゆっくり眠ってもらうよ。
        *
葉のついたブロッコリーがある。
これは、一つ一つが蕾だから、いつか黄色い花を咲かせる。
今夜喰うわけではないが、塩でゆでておく。
活きているうちに、殺してやるのが、一番なんでね。
        *
思えば、死者に花を手向け、葬ることはしても、花そのものを葬ることはない。
花の命は短いと言うが、「美しさ」にとって「短い」ことは大切な要素だ。
だから、いつまでも美しくと願うことは、それ自体、美しいことではない。
割り切るってこと、かも知れないね。
酷なようだが、花葬(はなほうむり)は思いやりだ。

銀椀盛雪 明月蔵鷺

銀椀盛雪 明月蔵鷺 (ぎんわんにゆきをもり めいげつにろをかくす)
銀のお椀に白い雪を盛り 明月に白鷺が照らされている

よく分かんないね。
坊さんってのは、言わなくてもいいことを言う。
銀のお椀に白い雪を盛っても、雪の白さははっきりしない。
水辺にいる白鷺に明るい月の光がさしても、光る川面に、鷺の白さはまぎれてしまう。
目立たなくても、雪は雪だし、鷺は鷺だ。
目をつぶれば、銀の椀も雪もないし、明月も鷺もないのと同じ。
かといって、見えなくっても、あるものはある。
銀椀と白雪が見分けがつかなかったり、はっきり見分けられたりするのは、神様がそうさせるわけじゃない。
別のものだけど、おんなじことだ。
銀椀と雪も、明月と鷺もありゃしない。
ただここに、てめえがいるだけってこと。

単独で「悪」は存在しない。
「善」があるから「悪」があり、「悪」があるから「善」がある。
それでも、善と悪なら、善をとるのが人情だろう。
豆まきでも、「鬼は外」「福は内」って言うからね。
そうやって、良い事ばかり集めた結果、わけのわからない悪いことが、山ほど起きていませんか?
善と悪とは天秤のつり合いだから、善が増えれば悪も増える。
だから、悪を排除したり、無くそうとしたりしないことだ。
悪玉の側からすれば、善玉こそ悪なんだから。
悪を生むのが善ならば、善の方に問題がないか考えよう。
善に存在価値があれば、悪にも存在の意義があるんでね。
もし、善にかこまれて生きたいのなら、自分が悪に徹することだ。
そうすりゃ、まわりがみんな善になるのさ。

依存

依存を、ずっと「イゾン」だと思ってた。
だけど、テレビの人は「イソン」と言う。
で、調べてみた。
本来は、「イソン」が伝統的な読み方だそうで、広辞苑には(イゾンとも)と書いてある。
最近は、「イゾン」派が多数を占め、NHKでは「イゾン」を優先しているらしい。
何で「依存」が気になるかって言うと、最近、よく目にし、耳にするからだろう。
薬物依存、アルコール依存、ギャンブル依存、買い物依存、スマホ依存とかね。
依存症の種類が、どんどん増えている。
依存するだけの余裕があるとも言えるし、それだけ追い詰められているとも言える。
考えたら、誰でも多かれ少なかれ何かに「依存」して生きている。
依存症の人は、犯罪の場合も含め、「依存してます」と公言できないから、心の闇は深くなる。
「依存してます」と笑顔で言える何かがあれば、人の心は救われるんだろうよ。

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