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認知症のおじいちゃんおばあちゃんに身近に接したことはありますか?
ちょっと変な行動をとっていたり、身なりが汚かったりしたかもしれません
手にはうんちも付いているかもしれません
でも、とっても人なつこい笑顔で笑いかけてきます
会話は通じないかもしれません
でも、聞いてあげると何度も同じ話だけどたくさん話してくれます
以下は実践センターパーソンドケア(水野裕著)という本の抜粋です
「時々私は、認知症の人というのは、神様が遣わしてくれた人たちではないかと思う時があります。それは、人の心を映す魔法の鏡のようなものです。人の心は当然、目には見えません。それが人を相手にすると見えてくることはあるでしょう。一般の人たちを相手にした場合は、十分、自分の心の内(本音)を隠すことはできるでしょうし、その人の心の中や、心の垣根は見えません。しかし、認知症の人を前にしたときに、その人の心の中身や人となりが透けて見えると思うのです。認知症の人たちは、実は私たちの資質を試す試金石のような人たちではないかと思うのです」
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じいちゃん、ばあちゃんとの日々
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グループホームに介護職員として働き始めてから一年が経ちました
この仕事を始めるまでは、介護経験は一度としてなく
とても不安でした
認知症を発症していた祖母は当時は精神病棟に入れられるしかなく
窓は鉄格子、ドアは何重にも鍵がかけられ
看守のような怖い看護婦さんについておばあちゃんの面会に行った幼いころの記憶・・・
しかし、グループホームは昔の精神病棟とは全く違うものでした
個々の事業者の取り組みの違いがあるので、かなり施設によって違いがあるようですが
私が入社したグループホームでは、夜間以外は玄関の施錠はなく
窓も転落の危険がなければ全開できます
大きめのリビングダイニングが一つあって、1ユニット9名分の個室があります
個室のカギはありません
お風呂は普通の住宅より少しだけ大きいだけの普通のお風呂
段差もあります
階段もあります
そこに多かれ少なかれ認知症を持つ9人のおじいちゃんおばあちゃんが共同生活をし、
介護職員はその住人さんの生活のサポートをしています
1日のタイムスケジュールは食事の時間以外は決められていません
トイレは自立できる限り、自分で行きます
少しくらいの失禁があってもおむつにはなりません
パットの交換も、自立できる人は自分でしています
定期的にトイレ介助するのは歩行困難な人だけ
食事もメニューはその日の気分で決まります
「何が食べたい?」
「魚が食べたいな〜」
「じゃあ、買い物いこ〜」
近所のスーパーへ住人さんとスタッフが買い物に行きます
食事の準備も一緒にします
94歳のおばあちゃんは、とっても上手に野菜を切ってくれます
包丁握るのが難しいおばあちゃんは、玉ねぎの皮剥いたり、お皿に盛りつけるのを手伝ってくれます
時には外食したりもします
ホームでは、住人さんは、生かされているのではなく、生きています
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私が勤めているグループホームには、かかりつけ医がいるのですが、かかりつけ医の意味ってなんなんだろう?と首をかしげたくなる出来事がありました。
ばあちゃんの具合が悪く、連絡をしても電話に出ない
やっと連絡が取れたのが三時間後
携帯をマナーーモードにしていて気が付かなかったそうです(;一_一)
当直の看護師に状況を説明
でも、看護師の判断では緊急性がないとのことで、医師が出勤するまでさらに一時間保留にされました
その間、病状は悪化
そのことを伝えると、では、昼前に往診に行きますと
さらに二時間待ち
やっと医師が来ました
傷口からの細菌感染であろうとのことで抗生物質を点滴、薬を処方
でも、病状は時間が経つにつれ改善されるどころか徐々に悪化
次の日、早朝から、やはり明らかにおかしいとのことで再度連絡を取るが
医師不在とのことで昼過ぎまで放置されました
昼過ぎに医師の指示で病院の救急外来にかかるよう指示をもらい、急ぎ病院へ
病院の医師は、炎症の悪化した患部をみてびっくりしていました
そして、緊急入院
最悪、患部が壊死している可能性もあるそうです・・
なぜ、最初から病院に行かなかったのか?と思われたかもしれません
かかりつけ医の指示がないと、救急車を呼ぶことも、救急外来にかかることもできないのです
指示があって初めて、病院に行くことができるのです
でも、今回のように、かかりつけ医に放置されたら
病状が悪化するばあちゃんに何もしてあげられないまま
指をくわえて見ているしかないのです
以前にばあちゃんが亡くなった時も、そのかかりつけ医が来たのは三時間後だったそうです
制度の問題もあるかもしれません
かかりつけ・・ホームドクターに求めるのは
すぐに、来てくれる、もしくは、的確な指示をくれること
人手不足もあるのでしょう
でも、緊急性のない往診を
緊急度の高い病状より優先させるのは
医師としての力量を疑います
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認知症の介護って、仕事だからできる部分も多いのかもしれません
だから、認知症のご家族を介護施設へ預けることは、決して親不孝とかではないと思います
記憶とかにも障害が出てくると、本当に、子どものことも覚えていないから、ご家族はつらい思いをされているかもしれません
毎日顔を見ていると、「このお姉さんはここの人」「世話をしてくれる人」ということはわかってくださるけど、名前まで覚えてくださる方もいますが、そうでない方もいます
だから、たまにご家族が面会に来られても、「どなた?」という反応も珍しくありません
面会の足が遠のくのも仕方ないのかもしれません
ご家族のつらさ、さみしさをわかったうえで
でも、ご本人は、認知症だから・・といっても
不幸な人では決してありません
年を取ると、若い時のように動けなくなるし、病気もするし、将来もいくつまで生きられるかわからないし
つらいこともやっぱり増えてくると思います
でも、認知症のばあちゃんたちを見ていると、この先どうなるのか・・なんてあんまり心配していないみたいです
「あれ?わたしご飯食べたか?」ってくらいですから
こちらが忙しくバタバタしていると、不安になって、うろうろしたり、「お金、払ったか?」なんて聞いてくるけど
将来を悲観して自殺してしまう人も多い世の中にあって
認知症のばあちゃんたちは、
毎日笑って
たくましく生きています
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介護の仕事を始めてから七か月が経ちました
勤め先は、認知症のおじいちゃんおばあちゃんたち九人が生活するグループホームです
この仕事を始めるに当たり、かなり悩みました
私なんかにできるのか?
でも、仕事を選んでなんかいられないご時世
雇ってもらえるところならどこでも
とにかく、仕事を見つけないと
・・そんな、現実的な理由で飛び込んだ世界
高潔な理想などは持っていませんでした
面接をしてくれた人事の方は、未経験の私に
まずは現場を見てみるように
そして、じっくり考えてみるように勧めてくれました
一日体験
グループホームという所は入ったこともありませんでした
ここでは、八十代から九十代のじいちゃん、ばあちゃん九人がスタッフとともに生活しています
体験では、住人さんたちと一緒にお話ししていて、と言われました
介護の経験、知識ゼロ
動機も、生活費を稼ぐため
そんな私でしたが、たった一日で、ここのじいちゃん、ばあちゃんが大好きになってしまって
この世界に飛び込んでしまいました
・・そして、あっという間の七か月でした
これからは、介護のプロを目指して
もっと、知識も増やしていかないといけません
これから、壁にぶつかることもあるでしょう
・・そして、いつかは、大好きな住人さんの死と向き合わなければならなくなります
節目節目に読み返す意味で
ブログにじいちゃんばあちゃんたちとの生活を記録していこうと思います
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