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佐伯城(鶴屋城・鶴谷城) http://book.geocities.jp/himeka752002/img/5743321.jpg 慶長6年(1601年)毛利高政が豊後(大分県)日田隈から入部し、既存の栂牟礼城を廃して番匠川河口近くの八幡山に新たに山城を築いたことに始まります。 慶長7年(1602年)から慶長11年(1606年)の6年の歳月をかけて築かれたそうです。 毛利氏といえば中国地方の大大名を連想させますが・・・。そもそも高政は木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)に仕える森高政でした。 天正10年(1582年)備中高松城(岡山県)の水攻めの際、本能寺の変が勃発し毛利氏の和睦の人質となったことがきっかけに毛利氏から「毛利」を名乗ることを許されたようです。 佐伯藩の版図は海部郡の南半分現在の佐伯市のほとんどの地域と津久見市の南半分です。2万石と小藩ながら「佐伯の殿様浦でもつ」と称されたように、リアス式海岸を活用した漁業・海産物からの課税収入がかなりあったようです。干鰯といわれる肥料では佐伯産の評判が近畿地方でよかったといわれているそうです。 また8代藩主 高標(藩主在位:1760〜1801)の時代、藩校 四教堂の設置。さらには藩主の学問好きが講じて「佐伯文庫」と呼ばれる8万冊の書物からなる図書館を設けられました。 蔵書は四書五経。占・農・医などの一般庶民向けなど幅広いジャンル、更には洋書もかなり収蔵されていたようですが、10代高翰のときに貴重な本を2万冊選抜し江戸幕府の紅葉山文庫・昌平黌に寄贈したようです。 ともあれ佐伯藩は毛利氏の治世が12代 明治維新まで続きました。 大手門の跡あたりから三ノ丸櫓門を望む ちなみに ↑この道 日本の道100選 No.98 市道山際線らしいです。 櫓門を入らないで右に行くと・・・武家屋敷群があります http://photofriend.jp/u/54383/d0a6f64af2e6866801c24758e71cd087b0000000000001274756.jpg 入ります・・・ いまわ。佐伯市の文化会館だけど昔は御殿があり寛永14年(1637年)3代高尚のとき、この三の丸を増築し、三の丸に居館がうつり以後佐伯藩の中枢でした 御殿の一部は市内の住吉神社に移されていますよー ( ;´ Д ` ) '`ァ'`ァ 城山を上っていきます ε=( - ω― ; )フーッ いよいよ山城の石垣がみえました 回り込む 二ノ丸に 本丸の上に天守台があります。 1617年(元和3年)、二の丸より失火して、本丸と天守を焼失していらい天守が復興することはありませんでした。 西の丸へ またもどって北ノ丸の付け根から 若宮八幡宮や白潟遺跡の方へ下ります ちなみにコケタリ雨降りそうだったんで若宮八幡宮や白潟遺跡(古代:縄文〜平安中期)にはいきませんでした。特に白潟遺跡へは道が途中から草ぼうぼうで・・・。( ノ゚Д゚) すまん 追伸。その後車で放浪の後、観光協会?により御殿の一部は市内の住吉神社に移築されていること。 行き方も丁寧に教えていただきました。(ノ^^)ノドモです♪ 雨振る前に見に行けました!! |

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こんばんは♪
お久しぶりです。
諸事情でDAYSをお休みしていました。
またよろしくお願いします。
K.Wancoさんのお城ブログ、また読ませてもらいます^^
2010/3/2(火) 午前 0:32 [ カイト ]
カイトさんお久ぶりです。
こちらこそよろしくです!!
ちなみに城郭以外にも記事がありますんで・・・
こちらもよろしくです!!
2010/3/2(火) 午後 9:29
去年、訪問したんですけど、本丸と二の丸の縄張りが面白いですよね^^
景色も素晴らしく、良い城ですよね
TBさせてもらいますね^^
2010/3/5(金) 午前 0:26
おしょうさん お久しぶりです!
確かに縄張りが独特ですよね(´_`\)
景色もいいので地元の方の散策コースになってますね
(よくすれ違いざま挨拶しました。)
TBありがとうございます!!
2010/3/5(金) 午後 11:17
旧kmg・・です。木彫以外にお城にも造詣があるのですね。
山城に続く石畳、当時の武将達の声が聞こえてきそうです。
2010/4/15(木) 午後 11:12 [ takatora ]
takatoraさんコメントありがとうございます!
お城訪問おもしろいです。人それぞれでしょうか、想像力が膨らむというか・・・疲れたりしますけどw
2010/4/16(金) 午後 9:44