|
以前記事にしたばっかりにw散策してきました。
【三佐御茶屋】
寛永10年(1623年)からの三佐は岡藩の領地に組み込まれ、藩主の参勤交代や領内巡察の際の宿泊・休憩施設兼行政機関として御茶屋が設置されたそうです。南側にはかつて丸川といわれた船着場があり、岡藩主の御座船「住吉丸」の拠点でもあったそうです。
攻城紀 岡城三佐の御茶屋は維新後、三佐小学校となり三佐小学校が移転して三佐仲よしプールとなっています。
ところで、大分市ではこの手のプールが、市民プールとして点在しているようです。 参考 【遠見山】
ワンコ共が遠見して見ている風景
近世、岡藩の木造2階の灯台があった小高い岡です。国崎半島や佐賀関からも明かりが見えたらしいです。
現在は金比羅様の祠などがあり、三佐バス停・バスの折り返しエリアがあります。 MAP
祠には・・・。ハチマキとも、まわしとも・・・。普通サイズの注連縄であって欲しかったと願うばかりの巨大な注連縄が!そして、ちかづいてみると祠の上で縄が・・・・。
つながってない
【家島】
家島は近世では臼杵藩の領土でした。慶長6年(1602年)に領土を整備し現在の物流センターとして獲得したようです。この地域は庄屋の野上氏が支配して船着場も備えた広大な庄屋屋敷が家島西児童公園あたりにあったそうですが面影はありません。
攻城紀 臼杵城 上の写真の家島西児童公園のさらに北側には、家島緑地があります。
|
全体表示
[ リスト ]






