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高句麗滅亡とヨンゲソムン
韓国
[ サイバーテロ防止 ]
2016/8/22(月) 午前 7:01
高句麗滅亡後
北部の高句麗遺民は唐によって営州(現在の遼寧省朝陽市)へ強制移住させられた。剣牟岑など高句麗の末裔による数度にわたる再興は全て失敗したが、一部の遺民は、粟末靺鞨の建国した渤海国に参加している。旧領に残った者は、後に勃興した女真の金に取り込まれていき、歴史から姿を消した。
一部の遺民は宝蔵王の庶子(あるいは淵蓋蘇文の甥ともいう)の安勝を担いで新羅に入り、新羅から高句麗王(後に報徳王)として冊封され、新羅内で684年まで命脈を保った。
また、遺民の一部には倭へ逃れた者もいる。例えば『続日本紀』によれば、武蔵国高麗郡(現在の埼玉県日高市・飯能市)は高句麗の遺民たちを移して設置したとされており。高麗神社・高麗川・日高市高麗本郷などの名にその名残を留めている。
朝鮮半島では10世紀初め、新羅の王族の弓裔が高句麗の後継を目指して後高句麗を名乗って挙兵し、新羅北部の大半を占領して独立した。その後、王建が後高句麗(当時は泰封と号していた)を乗っ取り、同じく高句麗の再興を意識した高麗が生まれる。「高麗」は高句麗の時代に実際に用いられていた国号という。
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うちの猫さん
高句麗滅亡とヨンゲソムン
韓国
[ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]
2012/7/7(土) 午前 10:21
668年に高句麗が滅亡すると難民・棄民となり倭国に亡命してきた高句麗人もあり、716年には武蔵国に高麗郡が建郡された。
高麗郡大領となる高麗若光には705年に王(こきし)の姓が贈られており、高句麗王族であろうとされる。高麗郡高麗郷の地である埼玉県日高市にはこの高麗王若光を祭る高麗神社が今も鎮座する。
ほかにも『新撰姓氏録』には以下のような高句麗系氏族が見られる。
狛人…高麗国須牟祁王の後(河内国未定雑姓)
狛造…高麗国主夫連王より出(山城国諸蕃)
狛首…高麗国人安岡上王の後(右京諸蕃)
狛染部…高麗国須牟祁王の後(河内国未定雑姓)
大狛連…高麗国溢士福貴王の後(河内国諸蕃)
大狛連…高麗国人伊斯沙礼斯の後(和泉国諸蕃
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うちの猫さん
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