上祐史浩(じょうゆう ふみひろ、1962年(昭和37年)12月17日 - )は、宗教団体ひかりの輪代表。アーレフ(現Aleph・旧「オウム真理教」)元代表。 江川紹子(えがわ しょうこ、1958年8月4日 - )は、日本のジャーナリストである。 ■オウム真理教がまだ、その名を名乗る以前のこと。上祐史浩は大学のサークル活動の一環として「ディベート」の専門的な指導を受けている。この時彼を指導したのはハーバード大学の心理学研究員「苫米地英人」だが、苫米地はオウム解散後、警視庁からの依頼により、元オウム信者たちの脱洗脳を行った人物である。
わかった?
つまりこの人は「オウム開始直前」にはまだ信者ではない上祐にディベートを指導し、オウム終了後には元信者のマインド・ケアを行っているという、珍しい経歴の持ち主だってこと。
■ハーバードはCFRの予備校。ここから輩出されるインテリの中から、選ばれた者たちがCFRの主要メンバーとなってゆく。だからと言って「苫米地英人」が即、CFRの任務を帯びて上祐に接触したとは断言できないが、そう考えるとオウムの黎明期に起きている不自然な流れ=(なぜ、高学歴の若者が集まったのか?)を簡潔に説明できることは確かである。
上祐はこの苫米地英人からの勧め(あるいは依頼)でオウム真理教に入会した・・・
(と、仮説を立てておこう)
その目的は「教団の成長をサポートする」であり、同時に「教団のイメージを世間に伝える」=正にスポークスマンとしての役割を与えられたのだろう。CFR,つまり33組合の最終的な目的は「オウムを利用して日本で凶悪な宗教儀式」を実現することである。(結果として実現している!!)
彼らの計画とは、その基本要素として「対立する双方に自分たちを存在させる」というものである。つまり戦っている双方は、同じ目的で戦っているのだが、戦闘の現場に立つ者たちには、それがまったく見えないという巧妙な仕組みを作り上げる。ww1、ww2も、この手法によって画策され、実行され、そして目的が達成されている。(目的=国連の設立、イスラエルの建国など)
教団の内部には上祐を送り込み、教団を外部から批判する立場に江川紹子を立たせる。双方が交える「論戦」は自分たちが管理する電波でテレビに映し出され、視聴者は画面の中に「リアル」を見ている。しかし、それはもちろんリアルではなく「虚像」である。
「オウムは正しい!」「いや、オウムは悪い!」
こんなやり取りの裏側で、33組合の計画は次々に実行され、そして成功してゆくのだが、TV画面を信じている我々には、この茶番劇を見抜くことができない。
監督=「苫米地英人」
オウム信者役=「上祐史浩」
ジャーナリスト役=「江川紹子」
この3者はオウムが本格的に活動を開始する以前から面識があったはずである。上祐と江川の年齢差は4つ。どちらも早稲田出身である。そして(重要なことだが)この時からすでに、監督は「最初の儀式の生贄役」を選出している。坂本氏はこのころからすでに江川とは「仲間同士」であった。二人がどのような「集団」に所属していたかは定かではないが、明確に言えることは、その集団を管理している者たちは、参加メンバーに「数字」を見出し、適合性を求め、そして現実に「適合させる」=(例えば恋愛関係、あるいは婚約〜結婚)という「出会い」を「画策」する手法に長けているということだ。
その集団の中から「坂本家族」は生み出された。悪魔の予定表には「妊娠〜出産」も記入されている。なぜなら、これから執り行う「最初の儀式」には「3人の生贄」がどうしても必要だからである。
■江川紹子がジャーナリスト・・・?
では、そのジャーナリストにジャーナリストらしい仕事をしていただきたい。
1)坂本弁護士一家は、突然自宅に侵入してきた5人のオウム信者に、その場で殺害されたという。5人の人間が2階の部屋に押し入って、抵抗する2人と乱闘状態となることは必至である。黙って殺されるアホはいないという意味だ。従って相当に「騒々しい」ところが、階下に住む住人は、その日、物音一つも聞いていないと証言している。
2)その夜、別の人が坂本氏と女性が会話している「声」を聞いている。また、別の証言者は坂本一家によく似た3人が女性と共にワゴン車に乗り込んでいるところを目撃したと言っている。
ジャーナリスト、江川紹子は当時、なぜこのような証言を確認せぬまま放置していたのだろうか?今後のためにも、せめて次の疑惑だけは晴らすべきだろう。
「その女性とは江川紹子ではなかったのか?」
続く
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