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プロレスは闘いじゃあないのか?


鈴木みのるVSメカマミー戦についての批判をします。

なんか、夏の終りの海岸のように残骸が残ったような空しさを感じました。
みんなして一歩下がって火事場で騒いでいるような。そんな哀しさを感じました。

レスラーと一緒に人生掛かったかのように前のめりに応援したアノ頃の「プロレスの熱量」はもう戻らないのか?
リングという廻り舞台の真ん中でレスラーは何を掛けるのか?
ボクらはその掛けるものに共感して必死に声を涸らすのではないのか。
そしてその掛けるものが選手生命だったり誇りだったりするPRIDEやK-1にプロレスは負けた。負け続けてる。
プロレスが負けてないって、世間の人は言わない。
ミルコすごいね、KID強いねという。魔裟斗カッコいいねと言う。
怨霊すごいね、メカマミー強いね、佐野直かっこいいねとは言わない。
そして世間の人々はプロレスは作り物だと思ってる。

そう言われてもプロレスラーは世間の目を逸らし、耳を塞いで、分かる人だけに分かる興行をする。
それでいて「対・世間」とうわ言のように繰り返す。
世間に伝わらない「マニアック」なプロレスをやっているのを棚に上げて、「世の中の皆さん、どうぞプロレスを見てください」と言う。

世間の目はどう見ているか。
PRIDEにドリルは出ない。ロケットパンチも飛ばない。まして煙を吐いてショートもしない。
プロレスは「ショー」だ。面白ければいい。お客さんが喜べばいい。
その拡大解釈を続けた結果、プロレスは世間からバカにされ始めたではないか。
そしてどんどんと細分化されマニアックな興行が増えてファンが分散した。

今や、後楽園ホールが大ハコと言われる時代である。


その責任は、ろくに練習もせず動けず力も無く技もきちんと受けられず防御の技術も無いのに、派手なコスチュームとリングさえあれば「プロレス」だと言い張ってきたインディレスラーにある。
きちんとした闘いをせずにネタとマイクでぐだぐだになる興行を赦しているファンにある。
そしてことさら「凄いものを見た」と自慢したがるマニアにある。
ロケットパンチがそんなに「凄い事」なのだろうか。
メカ・ウイングが「熱狂」を生むか?感動を生むか?どれだけ記憶に残るか?

お笑いもあっていい。
エンタメもあっていい。
ヒールがいて、ベビーがいてパッケージングされたプロレスがあっていい。
ただそれは全体を構成するパズルの一ピースであって、それだけで目的を完遂することはない。
最後の最後に大団円を持ってくるためのパーツに過ぎないのだ。

観客を熱狂させ感動の涙を流させて拍手と共に深く記憶に残す。
そのことがかつてのプロレス、現在ではNOAHだけが守るプロレス本来のパワーであるはずだ。
数千人・数万人を一箇所に集める事を可能にする世間へのアプローチだ。

そのためにプロレスは命懸けでショーをやらなければならないのであって、それをせずに「100人しか集まりません」とか「チケットが売れません」などというのは筋違いな言い分だと思います。
贅肉だらけでぶくぶく太って動けなかったり、ガリガリで今にも肋骨が折れそうだったり、きれいな受身が取れなかったり、ものの数分でバテたり、相手を持ち上げられなかったり、投げられなかったりする選手は山のようにいます。それでも平気でプロレスラーを名乗ります。

ことさら大事件のようにメカマミーとの試合が取り上げられるほど、世間には全く届かない。
閉じた世界の1000人程のためにメカマミーが玉砕する。鈴木みのるが自慢げに絞めおとす。
そしてその構図は新木場でランジェリー姿になる大森や男色ディーノや、浅草で10人程の前でプロレスをするターザン後藤にまでどんどん細分化されマニア化されて内向きのマーケットになっていく。

そしてそんな興行をするレスラーとソコに集まったファンは口々に

この「洋服」は愚か者にはみえない布で出来ているのです。王様にはこの服が見えますよね。

と迫ってくる。
そうしてその服が見える人たちだけが集まる空間が出来上がる。
そのせいで100人しか集まらない興行しか出来ず、カネも稼げずバイトに明け暮れなければならないにも拘らずに。

なにより恐ろしいのは、それがプロレスだと言われて誰も咎められない事だ。
プロレス好きな人たちが好きなことをやってそれを好きな観客が集まっていれば、それがたとえ儲かろうが赤字だろうが全く気にしない。
好きなプロレスがやれればそれでいいのだ。
そんな「アマチュアリズム」あふれるレスラーのメカマミー選手に迎合してしまった鈴木みのるの行動は残念で仕方が無い。
この対戦で何か残るものはあっただろうか。パンチうけました。ドリル受けました。秘薬(パウダー)受けました。ウイング受けました。オチも完璧にこなしました。

「ああ、面白かった」で終わったらプロレスは総合格闘技を抜き返す事は出来ない。


なぜなら、

自分と対戦相手と観客を巻き込んだ人生ドラマこそプロレスが総合格闘技に絶対優位をもつ要素


だからだ。

まあ、メカでミイラなメカマミーはすでに人生終わってるから問題ないんですけど。

鈴木がガチガチのパンクラス時代のファンは泣くよね。

閉じる コメント(7)

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フリー故の性なんでしょかねぇ。今の鈴木ならしなくてもいい仕事なのに。Pがアレな今、もう一度プロレスはちゃんとしてるトコを見せなくちゃいけない。・・・のにメカマミー・・・ええい、全てハッスルが悪いんだ!

2006/6/25(日) 午後 11:16 業 返信する

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プロレスがどうあるべきかをお話されていると思いますが鈴木みのるがブログで『オレが存在を否定しようが肯定しようが、ソコに実際“有る(在る)”ものなんだから…そんなモノはどうでも良くて、いかに答えを導き出すか…そこに全力を注ぎたい』と語ってますが私も同感です。支持されれば残るしされなければ淘汰されます。でもメカマミーはいなくなっても鈴木みのるは残るでしょ? 削除

2006/6/26(月) 午前 3:36 [ Eddie ] 返信する

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KARMA様>インディはインディでいいんですよ。ただし!これだけは絶対に肝に銘じておいて欲しいのは、「いつまでもそのままでいるな!」と。そこに飛び込むなら・リングをまたぐなら「50人しか集められない」のはなぜかを思い知らせなければなりません。それがメジャー選手の役目でありプロレス界全体の底上げのために働くことが先輩の義務です。女子はそれをする選手がいなくなったから滅びましたし。

2006/6/26(月) 午後 5:19 [ hin**ahir*ne ] 返信する

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Eddie様>アレが鈴木みのるの答かと中途半端さにがっかりしました。和田レフェリーのほうがカッコ良かったですよ。同じような構図がケンドーYASSHIが神戸でやった健介戦に現れましたが、こちらはTo・be・コンティニューが残りました。それはYASSHIの「頑張り」が観客に伝わって、もっと見たい・応援したいという化学変化を起こしたのだと思うんですね。

2006/6/26(月) 午後 5:40 [ hin**ahir*ne ] 返信する

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(続き)それで、メカマミー戦についてはもちろん打ち合わせと仕込みが練られた「いい作品」ですが、いかんせん再戦してもファーストインパクトは超えないでしょう。そこがインディの哀しさで常に「オチ」や「ネタ」を用意しないと興行がもたない。ゆえにいつまでたっても観客が増えない。アドリブによる突然変異のヒーローが生まれない。あの日期待したのは相手を「追い込む」事で火事場のクソ力を起こさせることではないかと思ったんですね。それと、鈴木はどうして後輩をレスラーにしないんでしょうか?後輩にもシゴト廻せよ、と。

2006/6/26(月) 午後 5:48 [ hin**ahir*ne ] 返信する

↑そうですね、てっきり佐藤光留は鈴木みのるにレスラーとして育てられるのかと思ってました、、、メカマミーとまでやらなくてもと思ったんですが、どんな相手ともやるというのが、彼の心情なんですね。

2006/6/30(金) 午後 6:02 ゴン太 返信する

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パンクラスの佐藤はプロレス向きだと自分も思います。メカの世界に入るならとことん浸かってほしかったなあ、と。メカドリルに悶絶した和田良レフェリーはインディ〜の鑑デス!

2006/6/30(金) 午後 6:23 [ hin**ahir*ne ] 返信する

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