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えっ?ボクですか?

鈴木みのる、ブロガーに喧嘩を売る
どうやら鈴木みのる氏はブログを読むヒトらしい。精神衛生上あまりお勧めはしない。2ちゃんとか。
・ こないだ30日に名古屋でやったでしょ。そのちょっと前にNOAHの武道館があって、今日だか明日だか新日本が後楽園で連戦をやる。絶対負けないという気持ちでいつもやっているし、負けてるとも思わないし、これが最高だと思って人の前に出てるし。それを観て楽しんで客は金を出すんだから。
でも馬鹿な時代だよな。「客が何人入った」とかファンが気にするんだぜ。バッカじゃないのって。野鳥の会にでも入って鳩でも数えとけっていうの。何しに来てるの? プロレス見に来てるんでしょ?って。
・ まあここ2、3日、いろいろと物議をかもしているらしいけど、俺の行動が(笑)。いろんな意見があるらしくて「オマエなんか全日にいらねぇ、二度とくんな」ってヤツもいれば「アソコに行って誰とやってくれ」とかいうやつもいるらしいし。ま、どっちでもいいよ。勝手に楽しんでくれ。


ファンがお客の入りをきにするのは当たり前だと思います。
ひとつはそのプロモーションが流行ってるほうが自慢できるってもんだから、普通。逆に誰も行かないような選択行動を始めるとマニア化していき、そしてそのマニアに団体がひきづられて暗黒化するのではないかと。
ブログの読み手の立場としてはそういったマニアックな方が楽しいですが、いざお金を払う立場としては躊躇します。期待する満腹感・幸福感があるかどうか、まずはブログで確認するようにしています。
現象としてブログの個人的感想がいまのプロレス宣伝の主力(電脳版クチコミ)になりつつあり、だからレスラーも気にするようになったと言えるのではないでしょうか。
これでもはや八方美人のプロレスマスコミの役目は終わったと言えるし、スーパーマーケット化して品揃えに窮し、日持ちのいい乾物しか置けなくなったCS専門放送局が赤字になっているのもプロレス雑誌と同じ原因によると思っています。


そしてファンが客入りを心配するのは、以下のような現象がいつおこるか分からないからです。


ちょうど折から、NEOの甲田社長がプロレス団体の経営戦略を論じています。
詳しくはリンク先の4回連続の記事を参照のこと。僕なりの理解をサマリーすると、

・現在女子プロレスで主流となっている都内小会場のコストダウン興業は、7年前にNEOがはじめた
・当時は各団体が月一回、右にならえで後楽園大会を行っていた。
・NEOでは、『月に3回、北沢と板橋を超満員にしていれば、毎月、後楽園ホールを満員にしているのと利益は変わらない』というシュミレーションを得た
・この方式で成功しているのがDDT、うまくいかないのがJ'd
・成功の鍵は、(1)リピーター客に対応したソフト、すなわち次も見たいと思わせる展開の有無、(2)リピーター客に対応したサービス、すなわち、入場料の低価格化と、見所の説明なのである
・ただし、小会場興業も週末を中心に過熱化。食い合いが起きている
・そこでこれからは、地方興行に注力する。ただし、都内小会場であれ地方興行であれ、利益は出ない。収益源は2ヶ月に一度の後楽園大会。
・これまで小会場で提示していたストーリーラインは、ネット・モバイルサイトで提供

というわけで甲田氏の説に寄って解釈すれば、J'dの失敗の理由は、ストーリーが弱くて、リピーター客確保ができていないから、ということになります。
NEO甲田社長のブログ・システム化について

今週の週刊プロレスでどれだけ掘り下げてくれるのか、まったく期待はしていないが様子を見ていました。巷間伝え聞く所に因れば観客動員が不調で維持できなくなったようです。
ボクが勘違いしていたのは、J'd☆スターと新木場1stリングは同一組織ではなかったということです。
迂闊でした。
彼女たちが、当たり前のように練習場とし、当たり前のように会場を整備し、当たり前のように定期開催していた新木場のリングがどうして彼女たちのものではないのでしょうか?

新木場は当初格闘美のみが使っていました。それが女子団体の崩壊と細分化・自主興行と男子インディの開催を経て小興行の常打ち会場として定着してきました。週末には昼夜含めてあらゆる団体が使用し、その経営が赤字であるとは到底思えません。
その利益を興行部に所属するレスラーの維持・管理に使っていたものだとばかり思って油断していたのです。
別組織だったんですねえ。

実際には格闘美も他団体同様に使用料を払って興行を開催していたのでしょうか。それでは毎回200人弱程度の集客ではもたなかったのだと云われて反論できない。新木場というハードがレスラーというソフトを育てていたのだったら、もうすこし先まで保持できたのにと思うと残念でしかたがない。

プロレスラー(格闘美)屍して、新木場1stリング残す。

それはプロレスファンにとってとても哀しい事ではないのか? リングがあっても、そこで火花散らす若者たちの競い合いがなくて、なんのためのリングかな?

鈴木みのるのメキシコ珍道中

勝手に三冠戦をやるだとかベルトを無くしただとか、そもそもドタキャン騒動だとか、まったく誰も踊らない記事の羅列に辟易としています。
メキシコの労働ビザがなければ試合には出場できません。直前に参加が決まるなどありえない話です。
そういうことを分かってても云わないのがオトナの態度だったのに、ソレに付け込んでコドモじみた報道ばかりしてくるのはとても困りますしプロレス熱を下げる原因にもなります。

唯一残ったプロレス専門誌・週刊プロレスを、ボクは最近手にとっていません。

コンビニから消えていっていませんか?週刊プロレス。

ゴング休刊騒動と共に支えが無くなり、発注されていないようです。近所のローソンやampmやデイリーヤマザキやセブンイレブンやサンクスから週刊プロレスが消えました。
先々週ついにファミリーマートからも姿が無くなり、以後書店が近所に無いボクは週プロを見ていません。

プロレスマスコミ(週プロ・サムライTV)の大苦戦の原因はプロレスファンの購買層の読み違いにありはしないでしょうか。多種多様なマニアの出現に合わせるように、プロレスの芸風は多岐に渡っています。
週プロもサムライも、それに引き連られるように様々な団体をまんべんなく取り上げるようになってしまいました。
サムライのプログラムの半分は格闘技の番組です。
残りの半分の半分はインディ(大日本・DDT)の中継で、残りの半分の半分の半分が新日本の番組で、その残りのやっと最後の半分が全日本プロレスと女子プロレスの番組に過ぎません。
いまをときめく佐々木健介・中嶋勝彦がどんなに一生懸命骨太のガッチリしたプロレスをやってもサムライではほとんど流れません。ノアの中継はG+でなければ見れません。

格闘技セットの導入は、各団体・選手の映像を満遍なく提供するには画期的なシステムにありましたが、それまで2000円であったサムライの契約料金が1000円弱/1契約になってしまった大失策です。全体のパイ(契約数)が増えるだろうという目論みはハズレ、プロレスファンは個々の団体・選手について分化・結集してしまっているようです。

いま、プロレスは団体も選手もマスコミも普遍化しようとしています。団体交流・選手交流・平等公平なリリースを指向しています。実はソレが平坦化・地盤沈下の悪法だとも知らずに。

プロは実力の世界です。優勝劣敗、優れているものが評価され、競争し切磋してこそジャンルが維持されていきます。マスコミはコドモじみたネタを追わず、オピニオンとしての矜持をもって選手を評価してほしいものです。
プロレスに哲学・矜持をもたないマスコミが果たして報道の価値を自ら貶めてはいないでしょうか。
ゆえに信用されず、なにを書いてなにを撮って流してもファンが見向きをしないのではないでしょうか。

プロレス記事のネタを提供してくれる現・三冠王者をチヤホヤするよりも、他に追うべき問題はあるのではないですか。大谷晋二郎の頭部のケガとその事後の対応に、誰も異を唱えたり問題提起したりしないのはなぜでしょう。欠場しなかった、紙ペラ一枚の診断書で問題を収束させて試合に臨ませたゼロワンマックスという団体の体質をどうして誰も糾弾しないのでしょう。

また犠牲者がでる。それは鍛錬を積んだ大谷ではなく、未熟で立場の弱い箇所で崩れる。

ああ。
またプロレスが縮小するのか。

【追記】
(抜粋)前出 鈴木みのるインタビュー
・ こないだ30日に名古屋でやったでしょ。そのちょっと前にNOAHの武道館があって、今日だか明日だか新日本が後楽園で連戦をやる。絶対負けないという気持ちでいつもやっているし、負けてるとも思わないし、これが最高だと思って人の前に出てるし。それを観て楽しんで客は金を出すんだから。
つまりだ。鈴木みのるの試合を観て楽しめないボクが全日本プロレスを観にいかない、という行動は原因者である鈴木みのる本人によって正当化されるわけだ。
「誰が観にいくもんか!」(笑)

日本におけるプロスポーツの概念を180度変えたと言われる日本サッカーJリーグ。その最大の成功モデルが【浦和レッズ】であり、日本最大のビッグクラブである。

92年のJリーグ発足からわずか15年、しかもその大半が苦難と屈辱に満ちた「Jリーグのお荷物球団」であり、紆余曲折と試行錯誤とレッズサポーターのそれでも応援し続ける不屈の闘志の歴史でもあった。64000人収容の埼玉スタジアムを赤い軍団で埋め尽くし、その日本一の応援でレッズ戦士を鼓舞し相手チームを威嚇して浦和レッズを勝利へと導く鉄の連携は、99年に屈辱の2部落ちを経験し、翌年の地獄のリーグ戦をくぐり抜けたことでよりいっそう強固なものになった。
4回戦の総当りで行われた当時の2部リーグに、レッズサポーターは日本全国のスタジアムに来襲し、J1よりも多い動員記録を各所で連発した。
クラブはこの2部落ちに際して戦力を一切落すことなく、「一年で一部復帰すること」を絶対命題とし、そして選手はよく闘った。サポーターはこの経験を誇りとともに二度と味わうことのないように肝に銘じ、堂々と「ものをいう」集団へと変貌する。
フィールドで闘うのが選手であり、その選手の能力を最大限に発揮させてチームを勝利に導くのがフロントであり、その「浦和レッズ」という集団を守り維持して物心両面から支えるのがサポーターである。
この三位一体の関係があってこそ「ホームタウン」という概念が始めて機能し、スポンサーや放送局・果ては機構の横暴に屈しない自主独立の地域密着スポーツクラブが成立する。

本書は浦和レッズが如何にして動員100万人・売上45億円を誇るビッグクラブに成り得たかを、J1復帰後の2001年から06年までの歴史を振り返ることで検証している。

そもそも、浦和に「三菱自動車工業サッカー部」が来ることはJリーグ発足当初は既定路線ではなかった。
当時の三菱は江戸川競技場を活動拠点にしていて、浦和市の構想は本田技研浜松(現在のジュビロ)と和光にあった本田技研サッカー部の誘致であり、本田技研側がこれを断った経緯がある。サッカー王国埼玉・浦和にJリーグチームを発足させたい自治体と活動拠点を求めた三菱の思惑を一致させて浦和レッドダイヤモンズにしたのはJリーグ機構であったという。
いわば恋愛関係というよりはお見合いから結婚へ至ったこのチームとサポーターの関係は、どのフランチャイズよりも熱く濃密なものへと変化していく。その最大の試練が2部落ちであるが、それまでにも一試合の最大失点記録や連敗記録を残してきたのも我が浦和レッズである。Jリーグ発足当初のバブル人気に読売ベルディ川崎の選手がTVに出まくり、1億円プレーヤーを並べ日本代表に大量に送り込む中で、浦和レッズはようやく福田正博ひとりが選ばれる状態であった。2部に落ちるのは必然だったと言える。サポーターに応えチームを強化する体制が全くといって見えなかったのだから。

2001年、奇しくも埼玉スタジアムの柿落としは散々な試合であった。真新しいスタジアムで我々が目にしたものは、0-2という完全な敗北と、無様にめくれあがった腐りかけの芝だけだった。
「何も変わってないじゃないか!」
この危機感にサポーターは荒れる。チームバスを取り囲み反省と修正を求める。
暴動・暴動と他者はいう。しかし、「我々は」レッズの一員である。
浦和レッズは、サッカー協会のものでも親会社のものでもない、我々のものである。
苦楽をともにし、全国津々浦々・ドイツ遠征にすら帯同する浦和サポーターのこういう意識は他のスポーツに例をみない。
この麗しくも緊張感溢れるチームとサポーターの関係は浦和レッズの最大の武器であり財産である。

大相撲やプロレス・果ては日本プロ野球がブームを終えて低迷するのは、ひとしくこの「観客との結婚」に失敗しているからである。ファンの純粋な想いはどんなスポーツ・芸能にも共通するマインドである。それに甘え、何をしても良いとないがしろにして声を聞かなかったことが別離を呼んでいる。
サッカーにおいても、この過ちを犯したヴェルディはいま2部の下位に低迷している。親会社のサポートを切られスポンサーを無くして強化する資金を工面できない。
このときホームゲームに殺到し入場料収入でサポートするのが「サポーター」の役割であるのに、ヴェルディはこのサポーターを育てる事が出来なかった。かつてホームタウンだった川崎市で、数万の観客を集めているのはフロンターレである。けしてのせいにせず地域密着の努力を重ねてきた川崎フロンターレは、いまやJリーグ優勝候補の一角に数えられる強豪チームへと成長した。ヴェルディには努力と戦略が足りなかったのだ。

レッズサポーターは常にチームと共にある。低迷し迷走すれば修正しようと声をあげる。
この声を聞くきっかけになったのは2001年7月の社長交代だと本書は振り返る。
新社長に就任した塚本氏はハンス・オフトを監督に招聘する。
この時を境にチームはかすかな希望をサポーターのココロに灯す。
「オフトならやってくれる。」
フロントがオフトに与えた期間は三年。三年間でチームは生まれ変わる、サポーターはそう信じた。
ファンの訴えにフロントが動く、この一種引き摺られたかのようなアクションは組織の中ではタブーとされる。一部の過激な言動に左右されるのは組織を弱体化させると思われてきたからだ。

しかし時代はそういう旧態依然の硬直化した組織を善しとしない。ファンは大量の情報の中から真実を見定めそれを正義として行動する。そのマインドの元に行動し集合して声をあげる。
ドラステイックな観客動員の変動はこうして起こる。自身で集めて判断した正しい(と信じる)情報に基づく行動はメディアのコントロールが及ばない。
それまで新聞・雑誌・TV・ラジオでコントロールできたファンの行動が制御できない。出来ないどころか新聞・雑誌は販売部数を減らし休刊するところが出てくる。TV・ラジオの視聴取率が低迷しプロ野球中継やプロレス・大相撲中継が激減する。観客動員低下にますます拍車が懸り内紛がおきる。
影響力を感じなくなったメディアが煽情的なスキャンダルを流して浮上を探る。
昨今のプロスポーツのスキャンダル報道は自ら滅びる事を自覚しない暴挙であろう。
やがて、自浄能力を発揮しないプロモーションは消滅する。PRIDEがそのよい見本ではないか。

2005年。浦和レッズは画期的な方針を示す。親会社からの完全独立である。
三菱自工は先年のリコール隠しの影響で存亡の危機にあった。このとき浦和は選択を迫られる。
親会社の「運命」に従って殉じ、買収問題が浮上していた三菱自工と共にあるべきか。
経済的自立を図って独立し、「浦和レッズ」としてあるべきか。
結果として浦和レッズは浦和レッズとして残り、三菱自工は有力ではあるけれど数あるスポンサーのひとつへと退く。そしてスポンサー三菱自工を宣伝する媒体としてプロサッカーチームとしての義務を果たそうと決意する。
完全独立採算というのは容易いが、その道は険しかったという。それまでに親会社が補填した総額は60億。リーグ一の観客動員を誇っていた浦和レッズですらそうだったのだ。
球団は有力スポンサーを獲得しアメニティグッズを販売し観客動員のさらなる獲得を目指す。
そのために必要な魅力あるサッカークラブを提示する。
「いいサッカー」をしよう。

つづく。

全日本プロレス・九州巡業に鈴木みのる帯同せず。

怒りの渕取締役 みのる復帰予言
全日本の渕取締役が2日、世界一性格の悪い3冠王者・鈴木に怒りを示しながらも復帰を希望した。闘龍門のU・ドラゴン校長がこの日「ドラゴマニア」(13日・メキシコ)メーンの8人タッグ戦で鈴木が高山、SUWAらと組むと発表。これを受け、渕は鈴木の次期シリーズ欠場を発表(以下略)
■全日本プロレス「RISE UP TOUR」2007 主要カード発表
■全日本プロレス「RISE UP TOUR」2007 開幕戦
5月13日(日) 東京・後楽園ホール 試合開始12:00
<第7試合 6人タッグマッチ>
武藤敬司、太陽ケア、ハワイアン・ライオンvsTARU、近藤修司、“brother”YASSHI
<第6試合 シングルマッチ>
小島 聡vs佐々木健介
<第5試合 タッグマッチ>
ミゲル・ハヤシJr.、中嶋勝彦vsディック東郷、土方隆司
<第4試合 雷陣明、ブルート一生海外修行 壮行試合>
雷陣 明、ブルート一生vs諏訪魔、ブゥードゥーマスク
<第3試合 タッグマッチ>
ペペみちのく、エル・ノサワ・メンドーサvsMAZADA、YAMADA
<第2試合 タッグマッチ>
渕 正信、荒谷望誉vs菊タロー、平井伸和
<第1試合 シングルマッチ>
T28vs真田聖也

■全日本プロレス「RISE UP TOUR」2007 最終戦
5月27日(日) 兵庫・神戸サンボーホール 試合開始16:00
<第6試合 6人タッグマッチ>
小島 聡、佐々木健介、太陽ケアvsTARU、諏訪魔、“brother”YASSHI
<第5試合 世界ジュニアヘビー級選手権試合>
[第24代世界ジュニアヘビー級王者]中嶋勝彦vs[挑戦者]土方隆司
<第4試合 タッグマッチ>
武藤敬司、ハワイアン・ライアンvsMAZADA、YAMADA
<第3試合 タッグマッチ>
ミゲル・ハヤシJr.、ぺぺ・みちのくvs荒谷望誉、平井伸和
<第2試合 シングルマッチ>
エル・ノサワ・メンドーサvs近藤修司
<第1試合 タッグマッチ>
渕 正信、真田聖也vs菊タロー、T28

■5月28日(月) 岡山・倉敷山陽ハイツ 試合開始18:30
<サムライTV杯 トリプルアロートーナメント 1回戦>
武藤敬司、渕 正信、菊タローvsミゲル・ハヤシJr、ぺぺ・みちのく、エル・ノサワ・メンドーサ

小島聡、太陽ケア、T28vsHANZO、SUSUMU、グラップラー(WRESTLE GATE)

■5月29日(火) 広島グリーンアリーナ 試合開始18:30
<サムライTV杯 トリプルアロートーナメント 準決勝>
武藤組vsミゲル組の勝者 vsTARU、近藤修司、“brother”YASSHI

小島組vsHANZO組の勝者 vs佐々木健介、中嶋勝彦、真田聖也 

チャンピオンの義務を果たさない三冠王者

団体において最強と定義される”チャンピオン”は、興行のカオであり、集客の要です。
だから、集客をしないチャンピオンに一切の価値はありません。
そして観客がチャンピオンに期待するのは常に一定以上の満足を与えてくれる試合の内容ですが、これに現在の三冠王者が応え切れていないのが全日本プロレスの動員低下の原因です。
小島聡が王者の時代には連発していたホームグラウンド後楽園ホールの満員記録が太陽ケアから鈴木みのるに渡ってからの一年間でみごとに減少してしまいました。

ボクの見る目が正しければ、鈴木みのるの三冠戦およびシングルマッチでベストバウト級の評価に値する試合を見た記憶はありません。両国でも先日の愛知県体育館でもベストバウトの評価が高かったのは世界ジュニアのタイトルマッチの方で、たかだかキャリア3年の少年に15年もやっている大御所(笑)が内容で遥かに及ばないと言うのは実に情けないハナシです。

観客は理屈無く凄い試合を求めてタイトルマッチを観ています。面白い試合・笑える試合は前座の役割であって決してメインには来ません。夢中になって熱くなって声を張り上げて応援し、拍手とストンピングと選手コールで奮い立たせる一体感がプロレスの醍醐味です。

王者時代の小島はまさにその義務を果たし、観客にプロレス本来のカタルシスを提供していました。それはCCで優勝した武藤やその武藤にリーグ戦で勝った健介、VMとは一線を引いて選手権試合に臨んでいた近藤修司(YASSHIも)にも共通するプロレス本来の商品価値です。
鈴木みのるがどういうファイトスタイルで誰に何度勝とうと、このカタルシスを観客に提供していれば会場が埋まり、そうでなければ会場に空席が生じます。
それは新日本であろうがNOAHであろうが共通する消費行動です。

メキシコスリーアミーゴスやVM路線の失敗もあるとはいえ、観客動員に最大の責任と試合内容の品質を保つ義務があるのはその時々の王者なのです。その責任と義務を果たせない王者は必要ありません。

例を挙げると、昨日の永田祐志VS越中詩郎の試合はまさしく観客にカタルシスを与えて大爆発を呼び起こしました。
振り返ってみれば、鈴木みのるは戴冠した1年余りのあいだに全日本プロレスに「ひろし」をもたらしただけです。
鈴木みのるは「全日本プロレス」に必要でしょうか?
話題とマスコミネタは豊富で期待値ばかりが高くて、実際にそれに見合う試合を一体いくつ提供してくれましたか?
そんな王者の踏み台になって劣化した小島やケアがどれだけ苦労しているか、もうすこし興行全体の盛り上がりを見てオファーして欲しいと思います。

ヒールターンする(予定)小島聡の”迷えるエース”ぶり

『エース』とは何ぞや?(リドル)
ここ一番の窮地(ピンチ)に奇蹟を起こして局面を打開する英雄の事だとボクは思っています。
九回ウラ2死満塁で逆転サヨナラホームランを打つのも、サッカーワールドカップ最終予選でロスタイムに決勝ゴールを決めるのもヒーローつまりはエースの役目であり、そうした奇蹟を起こした者が獲る称号です。

人為的な奇跡を起こしうるプロレスの中で、その評価を得るものもやはり商品である試合の内容です。
新日本の永く暗いトンネルの中で棚橋・中邑がとうとうエースと評価されなかったのも、返して永田が超満員札止めのメインをハッピーエンドで締めたのも、結局は勝ち負けを観客に納得させた試合内容によるものだと思われます。
小島聡は、全日本においてエースたる仕事をしていたにも拘らずいまだにエースの資格を理解していないように見受けられます。その豪腕でリングの中央にふんぞり返っていれば良いのに、武藤に譲り健介に譲り鈴木にも川田にも譲っています。全力ファイトはすっかり鳴りを潜め、他の選手の踏み台にはいつくばっているばかりで、その局面打開にヒールターンをする始末です。(予定…は未定)

エースで4番打者の小島聡が引っ張って、対抗するヒール軍団と全力ファイトを展開するのが本来の「全日本プロレス」でした。それがRO&Dなどの外人選手をコスト高から全員カットし、その穴を諏訪間・小島のヒールターンで埋めようとしています。雷陣・ブルートが海外修行でいなくなり、本隊には武藤・土方が残るだけです。(カズはメキシコ。健介・勝彦は外様。荒谷以下は問題外。)
まともな対立バランスも組めない中で小島のヒールターンをしても長続きはしないし、健介・武藤と一巡したらあっというまに擦り切れてしまいます。カードのマンネリ化に窮して小細工をする姑息なやり方にノれと言われても困ってしまいます。

ケチってないで外人でも日本人でも新顔を上げてください。

それ以外に全日本プロレスのマンネリを止める手立てはありません。
鈴木みのるを外してディック東郷とハワイアン・ライオンを呼んだのはそういう考えからだと期待します。これで後楽園ホールが満員になれば裏付けになるのですが。。。

小島はねえ。。。

ヒールターンしなけりゃマトモに武藤・健介をブン殴れないってんでは先が思いやられるのだがな。

アホの坂田大忙し!オリックス劇笑

アホの坂田大忙し!オリックス劇笑
忙しの「アホの坂田」こと坂田利夫も、さすがに苦笑いだ。「今日は荒れるなあ。ワシ、悪かったかなぁ」。25日・楽天戦でオリックス打線が爆発、楽天・マーくんを五回途中にKO。得点のたびにおなじみのギャグ『あ〜りがとさ〜ん』をセンタービジョンで連発すれば、最後は乱闘騒ぎまでぼっ発。吉本興業とのコラボ企画「よしもとDAY」は、吉本新喜劇ばりの展開で幕を閉じた。
 「いい投手。敵ながらアッパレですわ」と坂田も絶賛だったが、もしかしたら『あ〜りがとさ〜ん』がマーくんのリズムを狂わせたのかもしれない。四回だ。一死一、三塁から大引がスライダーに食らいついてピッチャー強襲の先制打を放ち、まずは1回目の『あ〜りがとさ〜ん』がさく裂。なおもスクイズと大西の適時打でこの回一気に3点を奪ってみせた。


プロ野球の支配下選手というのは70人という枠が決まっている。毎年20人程度が新しく入ってきて、そのぶん20人程度がチームを去っていく。契約金を何億も貰うドラフト一位だろうと高校でたてだろうと、成績が悪ければ契約してもらえない命懸けの真剣勝負をしている。
それは松坂二世といわれ10年にひとり出るか出ないかといわれている田中投手にも当然問われる現実の問題なのである。

プロ野球の人気低下の主な原因は、イチロー・松坂・松井などの一流の技術を見せてきた選手が、その一流のプレーをするフィールドとしてメジャーリーグに移ったからであり、野球(ベースボール)が飽きられ廃れたからではない。夜七時の巨人戦が2時間で容赦なく中継を切られるのに、松坂の投げるヤンキース戦は朝っぱらから二ケタの視聴率を獲るのだ。
メジャーベースボールリーグは、その一流のプレーと一流のプレーヤーを世界中から集めることで何百億円を動かすスポーツエンターテインメントとして君臨しているのだ。

その「戦略」とくらべた時、オリックス・バファローズの客寄せ企画には実にガッカリした。
何よりも相手チーム・相手投手・相手ファンに対する尊厳が感じられない。優勢なジブンが劣勢な相手に対して侮蔑ともとられる茶化し方をして一切恥じる感覚が感じられない。
お笑い芸人・アホの坂田に小バカにされる。
オリックスバファローズは、相手チームを小バカにすることで集客しようとしている。一流の技術・真剣勝負のそのさきにあるのはお互いを讃えるリスペクトであるのがスポーツであり、侮蔑し貶めて小バカにするのはもはや「メジャー」なエンターテインメントスポーツとはいえない。
この日、敗れた楽天のファンが持ち帰った苦い気持ちは、スポーツ観戦では絶対に味あわせてはいけない「冷たさ」を持っている。どんなカタチであれお金を払って見に来てもらうファンに、そんな醒めた気持ちをもたせることはプロ野球を破壊する行為に他ならない。

エンタメプロレスの末路

全日本プロレスがおかしい。
小手先のストーリーに奔走し、(たぶん満員にはならない)愛知県体育館に向けたプレス向けの仕掛けに追われている。その影で観客動員は軒並み落ち込み、後楽園ホールでは1,500・1,200というスコアを残している。
今年、全日本のフルハウスを記録したのは健介の復帰した正月の2・3日とCCの決勝戦のみ。
その他は水増し慣行に倣って景気は良いけれどせいぜい8割、CCの3・4日目は半分強にしかならなかった。この責任は、カンバンである3冠王者の試合内容、エースである小島聡の試合内容、カード編成、外人選手を軒並み削るフロント、そしてそれを赦す全日本のファンたちの共同正犯だとボクは思っている。
全日本プロレスに対し、外様の健介・勝彦・菊タローたちはプロフェッショナルとしてファイトマネーに見合う試合を提供し客席を確実に沸かせる。しかしそれはオファーされた責任の範疇であり、例えば佐々木健介は今回のシリーズ中の京都・福知山市三段池総合体育館大会欠場している。それが健介オフィスを最優先する佐々木健介の当然のスタンスだ。
中嶋勝彦も、世界ジュニアチャンピオンとしての責任としてプロフェッショナルな試合を提供するし、エルドラドの所属であるVMも東京愚連隊も菊タローもプロとしての責任の範囲内で全日本プロレスとかかわっているし、これからも関わっていく。
もしも全日本プロレスが倒れるとしても、それは彼等外様レスラーの責任ではなく武藤敬司や小島聡たち所属選手・フロント陣の責務なのだ。

プロレスが総じてエンタメ化していく中で、一流の技術・真剣勝負のそのさきにある感動や歓喜をみんな何処かに置いてきてしまったのではないか。
その「忘れ物」を拾い上げた総合格闘技が世界中を席巻し何百億もの巨大マネーを動かす「メジャー」プロスポーツになっていくのは皮肉な話しではないのか?
かつて年に何度も埋めていたドームにファンを集めきるパワーは、もはやプロレスから失われてしまった。
今年もしくは来年、PRIDEを丸呑みして消化しつつある大蛇UFC=ダナ・ホワイトは日本侵攻拠点を東京ドームに定めているという。

「メジャー」プロレスなんてどこにもない。TAKAみちのくが目指した理念とは全く逆の方向に日本「プロレス」丸の舵は切られようとしている。
TAKAみちのく「インディーってなんだ? メジャーってなんだ? わかんねえだろう? 今日この場でインディーって言葉は封印だ。 次やるときは俺たちはプロレスサミットを開催します。」
昨年の大晦日カウントダウン・プロレスでこういったTAKAみちのくのコトバはプロレス界になにも響かなかった。主戦場たる全日本プロレスにおいても。

一流の技術・真剣勝負のそのさきにある歓喜と興奮「メジャー」はプロレスにはない。

日本プロ野球がアメリカMLBの下に置かれるように、日本のプロレスもアメリカMMAの「マイナーリーグ」になっていく。
それはアメリカにある「インディ」独立球団のような独自性を、日本の「インディ」プロレス団体が持ち合わせていないからでもある。
独立というには程遠く、各団体から相互にレスラーを派遣するし、連盟に衆参し利害を調整する。
その結果として出てきたディファカップのラインナップは、連盟が出来る前に競争原理が働いた第二回のメンバーと比べて明らかに落ちているとボクは思う。
ディファカップ 第二回大会概要
ディファカップ 第三回大会概要

プロレスにメジャーもインディもない。 みんな「マイナー」だ。

それでは後楽園ホールも埋まらないのが道理だ。

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AM9:50『世界はときどき美しい』@渋谷ユーロスペース 

世界はときどき美しい公式HP


「いきること」を問いかける5つのものがたり

野枝のものがたり。38歳のヌードモデルの彼女がいきる世界は翡翠色の草花に満ちています。それは、確実に衰えていく「垂れたオッパイ」肉体と若いままのつもりでいた精神との距離を体調を崩したことから実感し、とまどいと、怯えと、それでもいきていくことへの『歩み』を止むことは出来ない、そんなココロの動きを伝えてくれます。
野枝のいきてきた道のりを示す一枚の絵は、ゆらゆらとした線画でどうしようもなく素っ気ないけれど、野枝がそこにいた証はそのいびつな「垂れたオッパイ」にあったような気がします。

呑んだくれのものがたり。くたびれた千円札を手に夜毎呑み屋を飛び回る蝿男の世界はモノクロでできています。白と黒、光と影、生と死、イチとゼロ。なにもしないしなにもかたらない、ただただバーを渡り歩き呑んだくれては千円札を置いて飛び回る。
夜が来る。
酒を呑む。
そして目を閉じて気を失えば明日になっている
そう書いてニヤリと笑う呑んだくれの中年男はそうして今日をいきている。今日もいきているのです。

はだかのおんなのものがたり。まゆみというおんなはおとこに語りかけながら全く違うことを考えていきます。考えていることと語りかけている事の距離を、おんなは触れ合うこと抱き合うことで埋めているように感じました。でもそれはとくになんの諍いも悲劇も、あるいは理解も大団円も迎えることはなく、ただただ言葉と時間とカラダを重ね、そして甘く甘く、ちょっと苦い、そう感じる日々を過ごしてまゆみというおんなはいきていくのだろうと思いました。

宇宙を見上げるおとこのものがたり。
「スナフキン、好きでしょ?」
そういわれたおとこは戸惑い、おんなはくすくすと笑う。そのおんなのお腹には避妊のしくじりでできた生命が宿り、おとこはスナフキンにはなれないことを悟るのです。見送りの別れ際「早く帰ってきてね」と、まるで永遠の別れのように投げかけるコトバに、スナフキンのなりぞこないのおとこは「明日には帰ってくるから」と応えるのです。独りで生きてきただろうスナフキンのなりぞこないは、いまはふたりで、やがてはもうひとつのいのちと一緒に、いきていくんでしょう。

花乃子のものがたり。花乃子。花乃子?花乃子。ジブンのなまえの由来を母に聞く花乃子は、そうしてモノにヒトにイキモノにセカイに名前があることを思う。思って考えて唱えていくセカイのナマエにそれぞれ意味があることを確認して。そうやって確認してから見た世界はいままでと違って見えてきますよ、と語りかけます。

そう。

世界はときどき美しい のです。

AM11:45『明日、君がいない』@渋谷アミューズCQN2

ある日。学校で誰かが死んだ。誰かが。
明日、君がいないHP
午後2時37分に起こる悲劇に向かって奔る6人の「主人公」たちは、それぞれがぞれぞれ悲劇に至る理由を抱え、そのおのおのが学校と言う舞台で交錯する度に悲劇に向かう時計を進めていきます。彼等彼女等が何故、死に至ったかを、その交錯する「点」を繰り返し繰り返しあらゆる視点から炙り出し、なぜ・どうして・どんなことで、と、その瞬間まで問い掛けてきます。

結果にはすべてそこに至る理由があります。それを運命などという安易なコトバで片付けてはいけないと、この映画は観る者に突きつけてきます。死に至る原因・理由は世の中にいくらでも転がっていて、誰でもがいつかそれを拾い上げて悲劇の主人公になるのだと警告しているのです。
そして、
さまざまな『運命』を拾い上げるのは『人の意思』であるのだよ、とも。

巷間云われているこの映画の評伝に『いじめや校内暴力、無関心が産む悲劇の物語』というのがあるそうですが、この監督はそんなステレオタイプの生易しい創り方は絶対にしていない。彼と彼の友人の自殺未遂・完遂体験をベースにしたこの映画の深い闇は、ただただ疑問符を観る者に投げかけてきます。
ある日。学校で誰かが死んだ。誰かが。なぜ?何故?ナゼ?
その答えは誰も持っていないし、誰でもが持っている。これはそういう映画です。

本日は全日本プロレス・後楽園ホール大会でした。

TAJIRIがまたも“三冠”強奪・ムタ来場 川田に毒霧噴射
後楽園ホールのリングサイド席は7000円です。
その半分のお金で、同じ時間を遣って、ボクは今日映画を二本見てきました。
その時間はとても充実していたし、綺麗なコトバがココロのなかに一杯生まれたし、たくさんの事を考えることが出来ました。
世の中はたくさんの楽しいコトで満ち溢れています。
そのなかでプロレスを選択してもらうことの大変さ、有難さをもっとプロレス関係者は真剣に考えてもらいたいと思います。

プロレスにはプロレスにしか出来ないことがたくさんあります。
ところが、そのプロレスはいまお笑い芸人やグラビアアイドルやスタントマンでも出来ることをやっています。舞台役者や芸能人がやれることをプロレスラーがやっています。リングで歌う馬鹿者もいます。
「お客さんに楽しんでもらう」エンターテインメントで、映画は映画にしか出来ない事を、舞台では舞台にしか出来ない事を、歌手は歌でしか表現できない事を、突き詰めて突き詰めて表現していっているとボクは思っています。

笑わせて泣かせて問題を投げかけ答えを導き、感動させココロに残す。
お笑い芸人はお笑い芸人にしか出来ない事を目指す。役者には役者のシゴトがある。歌手には歌手の役目があるし物書きには物書きの映画監督には映画と言う表現の場所がある。
プロレスラーが、スタントマンや芸人やグラビアアイドルに出来ることをやってもお客さんが来てくれはしない。

プロレスラーはプロレスラーにしか出来ない事をするべきだ。

そのうえで野球に負けサッカーに負け格闘技に負け、マイノリティとしてアンダーグラウンド・カルチャーとして沈んでしまうならそれはそれで時代の趨勢として諦めがつくというものだ。
それを、シロウトでロクに受身もできない輩に迎合して「プロレス」を腐らせて自滅していくのは本当に見るに耐えない愚行ではないだろうか。

プロレスラーはプロレスラーにしか出来ない事をするべきだ。

出来ないならとっとと辞めてもらって結構。おおいに結構。


【補足】「明日、君がいない」のほうはサスペンス手法を採っているので「誰がしんだのか」は絶対に言えません。この映画は2回見て、「いなくなった人」の心理と視点を追いながら見直す必要があると思います。
結局、みんないつか「いなくなる」原因ときっかけを抱えたまま生きているんだろうと思いました。

「明日、君がいない」の前に見た「世界はときどき美しい」は英題を「Life can be so beautiful」といい、Life=人生、ひとがいきることの美しさを、ありふれたコトバを丁寧に積み重ねて、現実の風景で包装し、観客に丁寧に渡そうとしていました。
よいひともわるいひとも、戦いも大爆発も、諍いも対立も、ドラマティックな展開もなんにもない、ただただ、そこには「いきているひと」がいるだけの、そんな映画です。

「いきる」ってなんだろうという永遠の課題に、ボクはボクなりの答えがあってそれを確かめることができたのはとても有意義な時間でありました。そして、「死に至る」2本目の映画を見てなおさら「いまをいきること」の大切さを思い知ることができました。

淡々と確実に「いまをいきる」ことはとてもタイヘンで貴重な事なのだと、よく晴れた日曜日のゆるやかな坂道を歩きながら思いにふけっておりました。

あ。選挙行くの忘れた。

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