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チベットの独立運動
ポタラ宮、当時のチベットの中心地ダライ・ラマを補佐していたパンチェン・ラマは親中国的であったために、イギリスに接近するダライ・ラマに反発し、1925年に中国に亡命した。
1933年、ダライ・ラマ13世が死去、中国の統治下にあったチベット東北部のアムド地方(青海省)で生まれたダライ・ラマ14世の即位式典に列席した国民政府の使節団は、式典が終了したのちも、蒙蔵委員会駐蔵弁事處を自称してラサにとどまった。
1936年には長征中の中国共産党の労農紅軍が、カム地方東部(四川省西部、当時西康省)に滞留中、同地のチベット人に「チベット人民共和国」(博巴人民共和国)を組織させたが、紅軍の退出とともに、ほどなく消滅した。
2017/4/22(土) 午後 8:14 [ 日中国交正常化45年南京80年に学ぶ ]