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『代休日』なる物が一日残っており、
2/20までに消化しないと、社の規定により消え失せてしまう。
もったいない…ということで、急遽2/7に消化した。
前日2/6の夜、急いでホテルを予約し目的地に移動
やたら慌ただしい一日と相成ったのである(笑)
朝はいつものように、ホテルの無料朝食を頂戴する♪
相変わらず、食べすぎ…反省。 このままではO嬢率いる ”デブファイブ” ”百貫倶楽部” に入れられてしまうぞ
灰色の空と時折の俄か雨が降る悪天候のなか、先ずは鳥取城へ。
羽柴秀吉の包囲攻城で名高い鳥取城。 いや…その凄惨な籠城ぶりが、戦国時代有数の攻城戦として有名になった。
入城は無料 注意看板を見ると、熊も猪も出没するとある。 暖かくなれば猿も蜂も鹿も出てくるだろう。山城探訪に油断は禁物だ。
ポツン…と一基の墓がある。 自刃した吉川経家の墓かな?確認はしなかった。 天守台石垣からの、鳥取市街地の眺めは格別だが〜〜晴れていればなぁ 雨が降ってきたのでこれ以上登ることは断念し、 城跡の山麓にある鳥取県立博物館を見学。
館内は写真撮影禁止だが、常設展エリアだけは撮影 自然科学分野での貴重な展示物が多い。 多彩で多様な動植物標本の展示は出色のものである。 マンボウもオオサンショウウオも、めちゃでかい。 いや〜〜面白かった やっぱり博物館・史料館資料館・記念館って面白いよな〜〜。
その後、定番の観光地「鳥取砂丘」にも「白兎神社」にも行かず、
近くのファミレスで昼ごはんを食べて帰阪。
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◇地理歴史研究会
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集落を歩き、生活の営みを感じ、歴史の栄枯盛衰に思いを馳せ、産業の変遷を知り、交通の発展を見る。
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昨日(12/15土曜日)は忙しかった
![]() いつものように早朝から副仕事に勤しみ、午後6時半早めに退勤させてもらって、
そのまま2号機ナオヤ号を駆って大阪の京橋へ。
O嬢
主催の "忘年会" に招待(笑)されてたので、夜の街を走ったのである。しかし、1次会は午後6時スタート。
当然出席することは叶わず、午後8時スタートの2次会から参加した。
会場の店に駆け付けると、
幹事長O嬢
はじめAツさんBツさんJさん等々の『気の置けない面々』、そしてなんと、我が尊崇するM兄総帥閣下までもが着席しているではないか
なんとも濃い顔ぶれ
そりゃ〜もう、天下一品のスープのような放談会話が飛び交ったのは、
言うまでも無い!
いや〜〜愉しかった
明けて、今日(12/16日曜日)。
午後から雨予報なので、1号機彩雲号でのツーリングは断念し、
午前中に天王寺へ行ってきた。
訪れたのは「大阪市立美術館」。
2018年9月22日から2019年1月14日まで、 「ルーブル美術館展」が開催されているのである。
古代から19世紀まで、ルーブル美術館が所蔵する肖像芸術の傑作110点が、 一堂に展示され公開されているのだ。
その全てをこの目で観ることができるのである!
もちろん目的は、その死後すぐに製作されたナポレオンのデスマスク見学だが、 史上もう一人の英雄、大王アレクサンドロスの肖像彫刻も展示されているのだ!
観覧料は、大人一人1600円。
ものすごい大行列で、押すな押すなの大騒ぎでまともに観れないのも覚悟してたが、
案外というか意外というか、そんなに混乱も無くちゃんと観ることができた。
(行ったのが正午前後やった、というのも奏功したかも
いやしかし・・・1600円は安かったな。
これほどのスゴイ、というか大充実の展示・・・久しぶりに大感動を覚えた。
特に、幽閉先のセントヘレナ島で死去後すぐに作られたナポレオンのデスマスク。
これこそまごうことなき、英雄ナポレオン・ボナパルトの死に顔なのだ。
ナポレオンのデスマスクケースの前に、気が付いたら30分も居た。
エジプト遠征・アルプス越え・ロシア遠征・戴冠式・ワーテルロー・・・
本で何度も読んだ彼の波乱に満ちた生涯が、次から次へと浮かんで消えたぞ。
結局、入って出るまで3時間
足が棒になってしまったが、得た感動はその痛み以上のものであった。
空腹を感じた(昼飯がまだやった^^;)ので、
アベチカのKYKに行くと、なんと長蛇の列
待つ気力も根気も尽きていたので、「心斎橋ミツヤ」に行った。
何を食べようかな〜〜〜とケースの陳列を見てると・・・ 伝説 って(^^) しかし、発見した以上は食べなければなるまい!
カロリーを考え、5/8サイズもんを注文。
美味かった〜〜(^^v 食後の飲み物は、ミックスジュース♪
全てが終わって、「ちょっと食い過ぎた〜」と反省・・・ 最後にプールへ行き、気合を入れて1時間半2000m強泳
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敵を知り己を知れば百戦危うからず
(彼を知り己を知れば百戦殆ふからず)
古代中国の史書「孫子(謀攻編)」の、有名な言葉である。
「孫子」については、
戦国時代、稀代の戦略家であり民政家であった甲斐の武田信玄が、
それを愛読し実践し、軍の旗印にも採用したことを皆さまは御存知であろう。
さて、いきなり難しく始まった本日のブログ記事だが、
今「日本の敵」「日本国民の敵」とは、何処の誰か・・・?
近年のマスコミ報道や日本を取り巻く国際情勢を考えれば、
「仮想●●」という冠が付くか付かないかの相違はあるにせよ、
「北朝鮮」「中国」「ロシア」を潜在敵対国として思い浮かべる人が多い筈。
(旭日旗事件等々の摩擦により、韓国もその中に入れる人が多いかもしれない)
だが、そう単純に物事を一刀両断・単刀直入に判断してもよいものか。
小生は中国(大連・旅順)とロシア(ウラジオストク)を訪れたが、
日本国内で感じていた印象と実地で見た印象の違いが、
ずっと気になっていた。
ただ、
国交が無く官民共に様々な問題を抱える北朝鮮に行くことは、現実不可能だ。
・・・ということで、少しでも北朝鮮の雰囲気を感じられる所へ、今日行ってきた。
同行者は、何故かやたら半島情勢だけには精通しているDKMNクンである。
ネットで検索すると、こんなイベントが。
大阪市東淀川区の上新庄にある「北大阪朝鮮初中級学校」で開催される、
一般公開(入場無料)イベントである。
開催される主な内容は、
①公開授業(幼稚班・初級部・中級部)・・・午前中二時限
⇒因みに、幼稚班は幼稚園、初級部は小学校、中級部は中学校相当と思われる。
②フードコーナー(露店)とバザー・フリーマーケット
③学校に通う子供たちの公演
⇒演奏や合唱や踊り・舞が披露される。
④交流公演
⇒様々なゲストが登場し、歌ったり踊ったり舞ったりする。
こういったところだ。
午前9時、L.C.
快調に快走する1号機彩雲号と共に淀川を越え、上新庄へ。
上新庄といえば、なんてったって大阪経済大学である!
「つながる力」という、意味のよくわからないキャッチコピーを標榜し、
自由と融和という建学精神と、人間的実学という基本理念を・・・だ。
いや、笑ってはいけない!!
なんたってOBには、あのジャパネットたかたの高田明前社長をはじめ、
金八先生をいびりまくった野村教頭役の早崎文司、デューク更家もいるのだ!
地味だが渋めの底力ある大学なのであ〜る!!
その大阪経済大学近くのスーパーの無料駐輪場にバイクを止め、
歩いて会場の北大阪朝鮮初中級学校へ(徒歩約10分)。
着いたのは、午前10時半くらいやったか(?) 興味深げに掲示板を眺めるDKMNクン。やはり彼は・・・むむむ
校庭を縦断し、奥の校舎の1階入口にある受付へ。 受付で名前を書き、パンフレットや資料を頂いて説明を受けた。
コンクリート校舎もけっこう年季もので、懐かしい感じがした。
先ずは、現在授業で使用している教科書を展示してある教室へ。
ハングル文字で書いてあるので、何が何やらさっぱりわからない(^^; 先生が詳しく内容を説明してくれて、中身も手に取って自由に見れたのだが、 内外の様々な環境の変化に対応して、教科書の内容も逐次見直されているとか。
次に、授業参観の親のように実際に授業をしている教室へ入る。
基本的に授業は、朝鮮語でやっているようだ。子供たちは元気が良くて可愛い 教室の所々には、金日成や金正日、そして現在の指導者金正恩の写真が。 今回は無かったが、黒板の上には普段誰かの写真か肖像画が飾られているかも。
そういえば、
説明してくれた男の先生が、「共和国」「共和国」と北朝鮮を表現するのは、
なんだか違和感が有ったが・・・まあそんなことはいい。
しかし、時間割や授業内容を垣間見ていると、みんな物凄く勉強しているようだ。
「ゆとり教育」やら「モンスターペアレンツ」やら「悪しき平等主義」に毒され、
本来の教育を忘れてしまった日本の学校教育の衰退を、あらためて感じた次第。
最後に講堂を覗いて(10:55から学校紹介があったのだが、行かず)、
屋上に在るというプールを見たかったのだが、扉が閉まっていて見れず。
午前11時になったので、一旦校庭に降りて食券(一綴り¥1000分)を購入し、
椅子とテーブルを確保して、昼飯を食うこととする。
先ずはチジミ(¥300)!
簡単なお手製のものだったが、出来たて焼きたたてで美味い♪ 次はミッパンチャン(¥300)。
マイウ〜〜〜〜(^^♪ 白ご飯にはキムチよりも、これをのせた方が絶対美味いと思うぞ!
まだまだ食おう! 次は焼きそば(¥400)だ!
普通に青海苔と鰹節か、マヨネーズでもかけたほうが美味かったやろな。
おやっ!?
買おうか買わまいか迷っているうちに、いつの間にか売り切れ。
あちゃ〜〜〜惜しいことをした。買えばよかったぜ
阪大が水餃子(¥100)と豚汁(¥100)の露店を出していたが、
この後、特製カレーライスを食うつもりやったんで、我慢。 DKMNクンに食券1枚(¥1000分)を毎度のように奢ってやったが、
彼はシレギスープ(¥400)なるものをチョイス。
なんだろう・・・? 新羅に由来する食べ物なのか? 彼は朝鮮風海苔巻き寿司(¥300)とチジミも買って、黙々と食べていた。 う〜〜〜ん、カレーライスが待っても待っても出てこないので、
トッポギ(¥300)を買ってしまった(^^; これ、辛かったけど美味かった〜〜〜♪ もうこれで満腹になってしまったので、カレーライスも焼肉も唐揚げも無し!!
最後に、チーズケーキとシフォンケーキを食後のおやつとして食べて、終了。
舞台の上では、可憐な少女たちが舞い踊っていた。
異国の異風な音楽に乗って軽快に舞い踊る彼女たちを見てると、 何か妙な感覚が・・・不思議な気分になってしまう♪ 心の琴線を刺激するというか・・・ 日本人には、いろんな種族の血が混ざり合っていると云われる。
南海の海洋民族、朝鮮半島から渡来した民族、日本の原住民族、北方の民族。
縄文系、弥生系、蝦夷系なんて区別も云われたりしたが、
その中の血の記憶の一部が、楽曲によって呼び覚まされたのかもしれない。
いや〜〜、面白かった&楽しかった。
先生たちや子供たちは礼儀正しく、ちゃんと挨拶をしてくれるのは感心。
教育の内容はともかく、子供たちが真面目に勉強している姿も好ましかった。
これからもいろんな問題が内外問わず起こると思うが、子供たちに罪は無い。
そんな子供たちの将来に光明
その後、流れ解散。
小生はそのままプールに行き、いつものように2時間泳いで帰宅。
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金曜日からず〜〜〜っと雨
土曜日は午前中病院検査の予定が入っていたためボラバイトを休み、
土曜日は午後から、日曜日は朝からツーリングに行こうと思っていたのだが、
雨中走行は 嫌〜!なんで、天気予報を視て早々と断念した。
行くところも決めていたのだ。
土曜日は播州龍野、日曜日は洛北・京北の山国郷。
まあしかし仕方あるまい!
昔から「泣く子と雨には勝てぬ」と云うではないか。
ということで、今日電車でちょっと出掛けた
前から行きたかったのだが、なかなか都合がつかず行けなかった所に行った。
先ずは梅田に出て阪急神戸線に乗り、西宮北口駅で今津線に乗り換え。
阪急は神戸線・宝塚線・京都線・千里線にはなんべんも乗っているが、 今津線って乗る機会がほんま無いな〜〜(^^
宝塚行き普通列車に乗り、甲東園駅で下車。
ここはアメフトタックル事件で有名になった、関西学院大学の門前町 所謂「カンカンドーリツ」で、「ドー」と筆頭を争う名門大学の地なのだ。
蒸し暑く汗だらだらで、静かな学生街を東へ歩いて行く。
駅からほんの4〜5分の距離。やって来たのは「穎川美術館」である。
ありゃ??
だ〜か〜ら〜! ちゃんと下調べをしていかなアカンやん!!
わざわざ南大阪から、はるばる近鉄〜地下鉄〜阪急と乗り継いでやってきたのに、
見事に空振り三振やないか
ほんまもう・・・・
こんなんやったら、
「河内音頭踊りおさめ」が今日、八尾の河内音頭記念館でやってて、
新聞詠み河内家菊水丸も来るんやから、そっちに行けば良かったがな〜
1時間くらい見学して、昼飯は駅前の美味と評判の中華屋さんで・・・
と思っていたが、時間が早過ぎて当然開いてるわけもなく。
もちろん開店準備中で開いてるわけもなく。
嗚呼、”身から出た錆”いや”自業自得”とはいえ、なんとも空しい気分と相成った。 やむをえまい。一旦西宮北口へ戻ろう。
阪急神戸線の要衝、西宮北口駅。 関西の私鉄屈指の大ターミナルである。
駅に隣接して、「阪急西宮ガーデンズ」という巨大な商業施設が在る。
実は、元々この地には、あの阪急ブレーブスの本拠地西宮球場が在ったのだ! 予定外の変更でやって来たのだが、
せっかく来たのだから阪急西宮球場と阪急ブレーブスの痕跡を探そう!
2階案内所の美人
すぐに教えてくれたので、その場所へ。
先ずは4階。
親子連れが楽しく遊ぶ広場の片隅に、球場の痕跡が!! エース山田が必殺シンカーを投げ、山口高志が誰も打てない剛速球を投げ、 酒を呑んだ今井雄太郎が完封し、いごっそう山沖が豪球を投げ込み、
佐藤義則もアニマルも星野もこのベースを敵に踏ませなかったのだ。
勇者たちが死守した、西宮球場のホームベース! 福本が、蓑田が、加藤秀が、長池が、ブーマーが、松永が駆け抜けた本塁!!
5階に上がると、そこには「阪急西宮ギャラリー」というコーナーが。
もちろん、阪急ブレーブス関連の展示がメインだ!! 全盛期の阪急ブレーブスは、本当に強かった! 山田・今井・佐藤・永本・山沖の盤石な先発投手陣。 関口・山内・アニマルそして山口高志!リリーフ陣も鉄壁だ! 1番福本が四球で出塁し、2盗。2番大熊が送りバントで福本3塁へ。 3番加藤秀が犠牲フライを打ち、阪急は無安打で先制点を獲るのだ。
1970年代のパ・リーグは、阪急黄金時代といっても過言ではない。 学生時代、授業が終わったあと西宮球場によく観戦に行ったな〜〜 サンテレビの野球中継、解説はいつも森本潔&マーティ・キーナートやったな。 阪急ブレーブス・南海ホークス・近鉄バファローズ。 みんな消えてしまった・・・みんな記憶の彼方の思い出になってしまった。
なんか胸がキュンと締め付けられるような(病気ちゃうで^^;)
さて、時間はちょうど正午だ。 昼飯を食わねばなるまい!
フードコートにはいろんな店があって目移りするのだが・・・ 残念ながらパン屋は見当たらない。
せっかくだから昼飯はブーマーパンを食べたかったのだが、
魚・豆・野菜を基本とした食生活に変わっているので、「魚盛」に入ろう。
おっ! 生簀もあるやん♪
注文したのは、赤身・中トロ・大トロを贅沢に乗せたマグロ尽くしのマグロ丼。 「贅沢マグロ三色丼 ¥3215」である。
食後、館外へ出て西宮北口駅に向かって歩いていると・・・ ダイヤモンドクロスの痕跡がっ!!
旧西宮北口駅(地上線時代)の平面交差が、遺されていたのだ!! 阪堺電車の住吉駅平面交差が無くなってしまった今、 日本に残る平面交差は、伊予鉄道だけになっているらしい。
周囲を見渡すと、線路が残っているじゃないか〜!
今津線も、宝塚⇔西宮北口間ばかりで今津⇔西宮北口間の電車があまり無い様子。 早いとこ乗っておかないと、 もしかしたら部分廃止になる可能性も無きにしもあらず・・・やな。
いや、本日は穎川美術館を見て甲東園駅前で本格中華を味わう、
という本来の目的は達せなかったが、替りに阪急ブレーブスの痕跡が見れた。
これぞ、 災い転じて福と為す である。
帰宅してから少し昼寝して、いつものプールへ。
先週からメニューをハードにしてるのだ! 頑張って泳いだぞ
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「古代に進む」と云っても、
宇宙戦艦で14万8千光年先にある未知の星に行くわけではない。
故古田武彦氏の著作を読んでハマッてしまった、
日本(倭)・朝鮮半島(三韓と高句麗)・中国王朝の歴史考学と遺物の数々。
(「考学」とは、小生の造語である^^)
その中でも、奇跡的に現代までその姿形を保ち残してきた、
歴史上の一級遺物・遺跡の中で、小生はこの三点の遺物を「三種の史器」と呼ぶ。
(「三種の史器」という言葉も、小生の造語である^^)
「三種の史器」とは、
志賀島で発見された「漢委奴國王(←読み方は諸説あり)」金印と、
石上神宮に神宝として伝来した「七支刀(七枝刀:しちしとう)」、
そして中華人民共和国集安市に現存する「好太王碑」だ。
もし、
魏が邪馬台国女王卑弥呼に下賜した「親魏倭王」の印綬が発見されれば、
もちろん上記の三遺物と同格以上
さて、
これほど古代史が好きで造詣も深く文献も数多く読み、
歴史博物館や資料館・史料館及び研究展示施設にも足繁く通い、
遠方でも足労を全く厭わない「数寄者」小生なのだが、
実は「金印」も「七支刀」も「好太王碑」も、現物を見たことが無い。
「金印」と「七支刀」は、日本国内に保管保存されているので、
現物を目にする機会がいつかは得られると思うのだが、
「好太王碑」については外国、しかも中朝国境の都市にあるので、
おいそれと簡単に現地に行くことは難しい・・・と思われる。
しかし、倭・任那諸国・百済・新羅・高句麗の関連歴史を調査するうえで、
この石碑はまさに”奇跡の遺物”なのである。
石碑から採られた拓本が、国内にちゃんと有るという事実は知ってはいるが、
やはり石碑現物を見たいじゃないか〜〜
実は、複製品(レプリカ)ではあるが、
大阪でその石碑を見ることができるのだ!!
場所は、生駒山麓にある「大阪経済法科大学」。
その存在を知ったのは、たまたま八尾市のあれこれを見ていた時やった。
この大阪経済法科大学、
開学以来北朝鮮・韓国を含む朝鮮半島や諸外国との様々な提携協力関係があり、
その一環として北朝鮮の「朝鮮社会科学院」から、石碑を寄贈されたらしい。
石碑復元・寄贈の背景はともあれ、
貴重な歴史遺物の寸分違わぬ複製品が、大阪で見られるのだ。
万難を排して見に行かねばなるまい!
南大阪の自宅から大阪経済法科大学までは、たぶん1時間弱だが・・・
ナビが先日から調子が悪いので、朝鮮の事に詳しいDkmnクンに電話して、
大阪経法大への行き方を聞こうと思ったが、面倒になり止めた(笑)
快晴のクソ暑いなか、1号機「彩雲」で出動。
出発前に、
あらかじめ大学の事務所に電話して見学についての詳細を聞き、
スマホナビの誘導どおり走って行ったら、無事現地に着いた。
初めて来た、大阪経法大のキャンパス。 生駒山麓というか中腹にあるので、見晴らしはとても良い。
さて・・・碑は何処だろう??と道を進むと!?
あっ! 木陰にバイクを止めて案内板の示す方向を見たら・・・
電話して聞いたとおり、キャンパス内へと続く道沿いに建っていた。 想像していたよりはるかに大きい碑。 四面にはびっしりと文字が刻まれている。 これと同じ物が、高句麗の首都やった集安市に存在するのだ。 これほど巨大な石碑が、清朝の時代になってやっと「発見」された、という事実。 よくぞ長い時代の風雪や天災人災に耐え、残ってきたものである。
いくら朝鮮半島の学者たちが異議異論を唱えようと、
倭が朝鮮半島に進出していた事実を、この石碑は雄弁に物語っているのだ。
倭軍は、新羅を攻め百済と連合し高句麗軍と朝鮮半島で戦っていたのだ。 軍事力で半島を侵略していたのか、百済の要請で援軍として来たのか、
そこまではわからないが。
いや、これはすごい!
複製品とはいえ、迫力ある大きさと実物そのものの・・・なんというか見応え。
益々本物の「好太王の碑」を見たくなったぞ
暑くて熱くて堪らないので、もう戻ろうと道を下って行くと・・・
大きな古墳が見えた。隣接して古墳学習館も在った。 学習館内の展示品見学は、有料(¥240)。
写真撮影は禁止なので、画像は無い
心合寺山古墳は、周壕も墳丘も埴輪も綺麗に整備されていた。
埋葬品や副葬品が数点発掘されたらしい。 被葬者は不明なのだが、これだけ巨大な古墳を築造するのだ。 この辺りを治めた有力者の、首長クラスの大豪族が葬られたのだろう。
不思議なことに、前方部に壇が築かれそこに1体の被葬者が、 そして後円部には3個の棺があり、3体の被葬者が埋葬されてたらしい。
炎天下 (やばい!いよいよ熱中症か熱射病かっ
駐輪場に置いてたバイクに戻り、水分を補給して帰路へ。
散髪に寄って(短く…と言ったら、金委員長カットにされてしまった)、
夕方プールへ行き、気合
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主催の "忘年会" に招待(笑)されてたので、夜の街を走ったのである。



