人類が知っていることすべての短い歴史
A Short History of Nearly Everything
ビル・ブライソン Bill Bryson 著
楡井 浩一 訳
NHK出版
「残念ながら、わたしは明快でわくわくするような文章で書かれた教科書に一度も出会わなかった。おかげでわたしは、科学がこの上なく退屈な者だと信じ込んで育ち、本当はそうではないはずだとうすうす感じながらも、とくに必要がないかぎり、科学のことなど本気で考えなかった」
科学と無縁だったベストセラー作家が一大奮起し、三年かけて
多数の専門家に取材、世界の成り立ちの解明に挑む。
科学を退屈から救い出した大傑作。
序章
第1部 宇宙の道しるべ
1 宇宙の創りかた
すべては無から
宇宙の果てには何がある
2 ようこそ太陽系へ
太陽系の端を見にいく
地球外生命体が存在する確率
3 エバァアンズ師の宇宙
巨星の死を待つ牧師
近くで星が爆発したら
微小な塵の集まりから直径数百キロの小さな惑星に発達するまで、ほんの数万年しかかからなかったと考えられている。地球はちょうど二億年か、おそらくそれ以下の時間で、ほぼ今の形になった。もっとも、まだドロドロに溶けていたし、周りを漂う破片が絶えず地球にぶつかっている状態だった。
それが今からだいたい四十五億年前のことで、この時に火星くらいの大きさの物体が地球に激突して、地球の同伴者となる球体、つまり月を作れるだけの物質を地球から吹き飛ばした。飛び散った物質は、数週間足らずで一つにまとまり、一年と経たないうちに、今もわたしたちに伴走する球状の岩石になったものらしい。これも推測だが、月の素材は大部分が地球の地核ではなく、地殻でまかなわれている。地球には鉄が多量にあるのに月はごくわずかしかないのはそのせいだ。ところで、この学説はほぼ例外なく、比較的新しい理論として紹介されるが、実のところ、一九四〇年代に、ハーバード大学のレジナルド・デイリーによって提示されている。目新しいのは、周りから注目されるようになったという事実だけだ。
地球がまだ最終的な寸法の三分の一ほどにすぎない時点で、おそらくすでに周りを大気が取り巻き始めていた。大気といっても二酸化炭素、窒素、メタン、硫黄が主体だから、生命体と結びつけて考えるには無理がありそうに思えるが、この有毒ガスのごた混ぜの中から生命が生まれた。二酸化炭素は強力な温室効果ガスだ。当時の太陽はかなり暗かったので、これはありがたいことだった。温室効果の恩恵を受けていなかったら、地球は丸ごと、永遠に凍りついたとしても不思議はないし、それでは生命が誕生する足がかりさえ得られなかっただろう。けれど、どうにか生命は現れた。
続く五億年の間、若い地球は相も変わらず彗星や隕石を始め、銀河に漂う破片から絶え間ない殴打を受けたが、それらの衝突によって、大洋を満たす水や、生命体の形成に不可欠な成分がもたらされた。著しくきびしい環境の中、ともかくも生命は持ちこたえた。化学物質の詰まったちっぽけな袋のようなものが、ピクリと動いて、活動を始めた。私たちが登場するきっかけだった。
第2部 地球の大きさ
4 物の測定
ニュートンとハレーの歴史的問答
いかにして地球のサイズを測ったか
5 石を割る者たち
紳士を興奮させた地質学
地球年表作成への飽くなき挑戦
6 科学界の熾烈な争い
初の恐竜発見を見過ごしたアメリカ
無慈悲なイギリスの古生物学者
恐竜発掘を加速させた世紀のいがみ合い
7 基本的な物質
化学が近代化に遅れたわけ
秩序をもたらした元素の周期表
第3部 新たな時代の夜明け
8 アインシュタインの宇宙
「宇宙を満たすエーテル」への執着
時間は絶えず変化する
遠ざかる銀河に着目したハップル
9 たくましき原子
あらゆるものは原子でできている
消えては現われる奇妙な電子
10 鉛を取り出す
欲と嘘と化学の悪用
地球の年齢測定の鍵は宇宙から
11 マーク王にクォーク三つ
素粒子物理学者を悩ませる基本原理の山
宇宙は何からできているのか
12 大地は動く
大陸間にかけられた幻の橋
プレートテクトニクスでも解けない数々の謎
第4部 危険な惑星
13 激突!
地球の軌道をしきりに横切る小惑星
シューメーカー・レビィ彗星衝突の衝撃
14 足もとの炎
地震は予測できるもか
地球が内部に抱える高熱の液体
15 危険な美しさ
気まぐれな超火山
足もとに控えるマグマ
第5部 生命の誕生
16 寂しい惑星
水圧の極限に挑む
生き物にとって幸運なこと
元素の性質は、複数のものが結合すると、さらに不可思議の度を増す。例えば、酸素と水素はともに、現存する元素の中でものを最も燃えやすくするが、それらがいっしょになって、不燃性の水ができる。結合のもっと奇妙な例には、全元素中最も不安定なナトリュウムと、最も毒性の強い元素のひとつ塩素の結合がある。普通の水に純粋なナトリュウムの小さな塊を落としただけで、人を殺せるほどの爆発を起こす。塩素はそれに輪をかけた猛毒性を持っている。微生物の退治に少量なら有用(漂白剤の臭いは塩素のものだ)だが、大量に用いると死をもたらす。それゆえ、塩素は、第一次世界大戦に使用された多くの毒ガスの成分として選ばれたわけだが、プールで泳いでただれ目になった多くの人たちが証明しているように、ごくごく薄めた状態でも、人体にはありがたいものではない。それなのに、このふたつの危険な元素を合わせてできるものはといえば、塩化ナトリュウム、つまりどこにでもある食塩なのだ。
17 対流圏へ
空の上の出来事
わたしたちの頭上の世界に、エネルギー不足はありえない。一回の雷雨が包含する電力は、合衆国全土に四日間供給できる量に相当すると計算されている。好条件において、嵐雲は一万メートルから一万五千メートルの高度まで上昇することができ、時速百五十キロの上昇および下降気流を含む。これらの気流はしばしば隣り合わせになっていて、それゆえ、パイロットたちは気流を縫って飛ぶのを好まない。気流の内部に不安定な状態が生じると雲の中の粒子は帯電する。理由は完全には解明されていないが、軽い粒子は正に帯電することが多く、気流に乗って雲のてっぺんに運ばれる。重い粒子は下部に残り、負の電荷を蓄電する。これらの負に帯電した粒子は、正に帯電した地表に突進したくてうずうずしている。というわけで、その通り道にいる者は誰であれ、不運としか言いようがない。稲妻は時速四十五万五千キロで進み、周囲の空気を、太陽の表面の数倍、ばりばり音がしそうな二万八千度にまで上昇させる。どの瞬間にも地球上では千八百の雷雨が発生しており、一日にすれば四万にものぼる。昼夜を問わず、世界のあちこちで一秒間におよそ百の稲妻が地面を襲う。空は活力に満ちているのだ。
海水と機構はリンクしている
18 波躍る大海原
深海ダイビングの成果
魚を捕りつくす可能性
19 生命の誕生
蛋白質誕生の奇跡
このわたしたちの原型となる小さな塊はそれ以上のすばらしいことを行なった。自己分裂し、子孫を生み出したのだ。遺伝データーの小さな束は、ひとつの生命体から別の生命体に移り、以来、休みなく移動を続けている。それはわたしたち生物すべての誕生の瞬間だった。生物学者は、ときにこれを”偉大なる誕生”と呼ぶ。
「世界じゅう、どこに行って、どんな動物、植物、虫、小さな塊を見ても、それが生きていれば、同じ辞書を使用し、同じ暗号を知っている。すべての生命はひとつなのだ」と、マット・リドレーは言う。わたしたちはみんな、ひとつの遺伝子的企みが四十億年近くにわたって世代から世代へ引き継がれてきたその結果として、ここに存在する。今では、人間の遺伝子情報の断片を取り出し、不完全なイースト菌に”接ぎ木”すると、イースト菌がまるで人間の胚のように働き出すという段階まで来ている。きわめて現実的な意味で、それはまさしく人間の胚なのだ。
貪欲なミトコンドリア
20 小さな世界
細菌の貢献
微生物が抗生物質に勝利する日
21 生命は続いていく
化石になって残りたいなら
進化する体のデザイン
22 すべてに別れを告げて
陸に上って天下を取る
絶滅はくり返す
23 存在の豊かさ
ひとつの苔にたくさんの名前
終わりなき分類
24 細胞
生まれ変わる細胞
化学変化が生物をつくる
25 ダーウイン独自の概念
「種の起原」の重要な欠点
神と猿のはざまで
26 生命の実体
世界一非凡な分子
DNAの主人は誰なのか
すべての生き物は、たったひとつの原案にもとづいて入念に作りあげられている。私たち人類は、単にそれが増強されただけの存在だ。わたしたちのひとりひとりが、三十八億年にわたる、調整、適合、修正、神の手による修繕などの黴臭い記録なのだ。特筆すべきは、わたしたちが野菜や果物とさえも密に結びついている点だろう。バナナの内部の化学作用は、根本的に、あなたの内部で発生する化学作用と同じだ。
”すべての生命はひとつである”とは、滅多なことでは言えない。しかし、わたしは、これが最も深遠な真の言葉であり、いずれはその永久的な証拠が得られる日が来るだろうと考えている。
第6部 わたしたちまでの道のり
27 氷河時代
地球が凍り始めるきっかけ
地球温暖化は氷期を止められるか
28 謎の二足動物
”失われた環”の正体
なぜ木から下りたのか
29 落ち着かない類人猿
新天地を求めて移動する
ケニアに残る謎の石斧工場
人類の起源についてわたしたちの理解がまだ乏しいことを思い知らされたいかたがいたら、ぜひある場所を紹介したい。その場所はケニヤのナイロビの南西、ンゴング丘陵のはずれにある。・・・
そこがアフリカ大地溝帯だ。アフリカ大地溝帯は東アフリカを南北に貫く全長5000キロもの谷で、アフリカとアジアのプレートの裂け目を示している。その灼熱の大地溝帯に沿う形で、ナイロビからおよそ65キロのところに、オロルゲサイリ遺跡はある。かつては大きな湖も存在したらしい。湖の消滅からだいぶ時代の下った1919年、地質学者J・W・グレゴリーがそのあたりで鉱脈を探していて、不思議な形の石が散らばっている一帯を見つけた。黒っぽい色をしたその石は、明らかに人の手で加工されたようだった。このときグレゴリーが見つけたのが、イアン・タッターソルの話に出てきたアシュール型石器の代表的な制作地のひとつだった。
30 結び
訳者あとがき
科学の世界への探検旅行。使った乗り物は、好奇心。
「宇宙はいつ、どうやってできたのか?(できる前は、どうなっていたか?)」「地球の重さはどれくらいか?(だいたい、どうやって量るのか?)」「原子は何からできているのか?(それに、どのくらい小さいものなのか?)」「細胞や遺伝子の中では何が起こっているのか?(そもそも、何かが起こるとはどういうことなのか?)」などという深遠にして根源的な大疑問の数々をひっさげて、一線級の大学者や在野の研究者・好事家の門を叩き、世界各地の博物館や史跡を訪ね、さらには膨大な量の本や資料を読みあさった。
対象分野は、天文学、物理学、化学、生物学、地学、数学、医学、力学、地理学、文化人類学、博物学、分子遺伝学、と多岐にわたる。それぞれの最先端の知識を、また、そこに至るまでの紆余曲折の道のりを、ブライソンは無敵の門外漢として(好奇心にタブーはない)、虚心坦懐に、貪欲に探訪し、摂取し、咀嚼・消化・吸収する。そして、その旅の成果を、同じ門外漢である我々読者の前に惜しげもなく披露してくれる。
2006
日本放送出版協会