ひらひら言の葉

風のように吹き去る『大切なことば』をこの胸に止めよう

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             俵 万智 選



2018・7・30

  真夏日が急に来るからサンダルの
  似合わぬ足があわてる六月
             (燕市 田巻 由美子)

(評) 素足にサンダルを履くためには、
  ペディキュアをしたり毛の処理をしたり、準備が必要だ。
  六月が、いかにも油断しそうな季節として効いている。
  自分ではなく「足が」慌てるとしたユーモアも魅力だ。


  炎天に水撒くように一人だけ
  正しいことを言っている人
             (鹿児島市 地原 陽子)

(評) 炎天は、同調圧力の象徴だろう。
  正しさが数に負けてしまう虚しさ。
  それでも言わねばならないことがある。


  書き損じばかりしてきた恋愛を
  拾い見つめる惜しき一枚
             (前橋市 長谷川 裕香)

(評) うまくいかなかった恋愛を、手紙の書き損じにたとえた。
  まったくダメなのと惜しいのがあるというところがリアルだ。





2018・7・23

  意地悪なクイズ出してる十歳の
  オレに会ったよクスリ屋の前
             (仙台市 工藤 吉生)

(評) 小学生のころの思い出が、
  クスリ屋の前で蘇ったのだろう。
  「会った」という表現がユニークだ。
  幼い自分にひとこと言ってやりたいような気分が、 
  にじんでいる。


  書初めの筆の運びを思い出す
  恋は何度も下手くそのまま
             (横浜市 安西 大樹)

(評) 墨で書く文字は、やり直しがきかない。
  特に書初めは緊張する。
  その感じが、何度しても慣れない恋と、
  うまく重ねあわされた。
  たぶん下手くそのままだから、
  また恋に落ちる。


  もうすでに「留守」も「ルビー」も言われゐて
  虫の音のごと「る」を繰り返す
             (青梅市 諸井 末男)

(評) 「る、る、る・・・」と語を探す様子を
  虫の音にたとえた比喩の面白さ。
  しりとりという語を使わずに、
  場面を伝えたところが工夫だ。





2018・7・16

  切ることももう無くなりし紙切れを
  未だ切符と言ひて購入
             (村上市 鈴木 正芳)

(評) そうか、そもそも「切り取った符」なのか。
  普段なにげなく使っている「切符」という語について、
  ふいうちを食らうようなインパクトがあり、
  そこが魅力だ。


  「前の子が特殊な服を着ていた」と
  リバーシブルの水玉模様
             (船橋市 矢島 佳奈)

(評) 裏返しても着られるリバーシブルの服というものを、
  初めて知ったのだろう。
  その驚きを表現した「特殊な」が、可愛らしい。
  精いっぱい背伸びしている感じが伝わってくる。


  ボトル入りオレンジジュースのラベル剥ぐように
  梅雨空捲る夕焼け
             (大田原市 伊藤 雅代)

(評) ラベルを剥がすとオレンジジュースの色が
  鮮やかに透けて見える。
  そんな様子にたとえられた梅雨後の夕焼けが印象深い。





2018・7・10

  あぢさゐを球の後ろよりながめたり
  アンプの箱の中の配線
             (横浜市 吉村 一)

(評) 上の句の発想が、まず面白い。
  私も試しに眺めてみたところ、
  葉脈のようなものが張り巡らされていた。
  それが配線の比喩へと、うまくつながってゆく。
  あまり見たことのない二者をぶつけたところが新鮮だ。


  別れたあとのふたりは友愛数である220と
  あなたを呼ぼう
             (横浜市 安西 大樹)

(評) 恋人同士でなくなっても友人でいようという気持ち。
  友愛数とは数学上の用語で、
  最小の組み合わせが220と284である。
  難しい用語が、洒落た照れ隠しに。


  羽の種を二つ植えたくなるような  
  しゃがんだ猫の背中に触れる
             (高島市 宮園 佳代美)

(評) 可愛い背中に、天使のような羽が生えているのを想像した。
  「羽の種」がユニークだ。




2018・7・2

  あなたの闇とわたしの闇をやわらかく
  ひかりで繋ぎ飛び交う蛍
             (横浜市 水野真由美)

(評) 一緒に蛍見物をしている二人。
  わかりあえない部分を持ちつつも、
  今晩は美しい光景を前に寄り添っている。
  「闇」に、現実の闇と心の闇を重ね合わせた
  表現が印象的だ。


  衛星のように主治医と会話する
  (治りません)を中心にに据え
             (春日部市 宮代 康志)

(評) 完治はしないという現実を前に、堂々巡りする医者と患者。
  衛星の比喩が、互いの交わらなさをうまく伝えている。
  心の声としてカッコ書きを機能させたところも見所だ。


  すぐわかる間違い探しのキャラのごと
  雨のビアガーデンに立ちおり
             (草加市 松岡 拓司)

(評) 当然開店しないビアガーデン。
  なのに来てしまったのは、何らかの未練か。
  上の句の比喩が、情けない感じをよく出している。






2018・6・25

  落書のような光を放ちつつ
  蛍は夜をでたらめに飛ぶ
             (宮崎市 長友 聖次)

(評) 「落書」と比喩し「でたらめ」と描写しているが、
  決してマイナスの表現ではない。
  そこがユニークだし大きな魅力だ。
  予測不可能な蛍の動きに、
  目も心も奪われている様子が伝わってくる。


  いつの間に好きになったのいつの間に
  色づいていたの紫陽花が咲く
             (横浜市 水野真由美)

(評) 恋心は、知らぬ間に色づいていた花のよう。
  「いつの間に色づいていたの」がのりしろとなって、
  上下をうまくつないでいる。


  ひとり食べまたひとり食べまたひとり食べて
  誰もがアイスクリーム
             (茨木市 瀬戸 順治)

(評) 団体旅行などで、よくある場面。
  なんとなく連鎖的に似たような行動をしてしまう。
  大胆に言い切った結句が面白い。





2018・6・18

  漕げばまた昔に戻るぶらんこに
  悔しさいくつ蹴り上げてゐる
             (青梅市 諸井 末男)

(評) ぶらんこに苦い思い出があるのだろう。
  乗ればマイムマシンのように蘇る昔。
  当時の悔しさを蹴り飛ばすように漕ぐ。
  過去と現在の重ね合わせや、
  漕ぐ動作を蹴ると表すことによる効果など、
  非常によくできた一首だ。


  葉のかげで見え隠れする大玉の
  果実のような道路標識
             (燕市 田巻 由美子)

(評) 意表をついた比喩が面白い。
  道路標識を果実に見せてしまう緑の豊かさが、
  まぶしく目に浮かぶ。


  花びらに乗りし小蜘蛛は
  しばらくを動かざるまま桜となれり
             (仙台市 小野寺 寿子)

(評) 世界の片隅の小さなドラマ。
  小蜘蛛が桜の花びらと同化してしまった様子を
  ストレートにとらえた結句がいい。



2018・6・12

  しあわせというひらがなのやさしさに
  莢に寄りあうおたふくの豆
             (宇都宮市 木里 久南)

(評) 莢の中に寄り添って並んでいるおたふく豆。
  その様子をとらえた上の句の比喩が、ぴったりだ。
  内容にも連動して平仮名で書いたところも、
  効果を上げている。


  山盛りのサラダのように紫陽花の蕾ふくらみ
  雨を待ってる。
             (鹿児島市 地原 陽子)

(評) 黄緑のつぶつぶした紫陽花の蕾が集まっているところは、
  なるほどサラダのようだ。こんもりとした球体が「山盛り」に見える。
  結句の雨がドレッシングとなってくれよう。


  怖いかった、おいしいかったと
  不完全な言葉のパズルを子は組み立てる      
             (横浜市 水野 真由美)

(評) 日本語を習得する過程の、子どもの可愛らしい間違い。
  上の句の具体例に説得力がある。
  パズルの比喩も子どもらしい。 



2018・6・4

  吹き替えの映画初めて観ておれば
  「日本語うまっ」とニックをほめる
             (船橋市 矢島 佳奈)

(評) 吹き替えのカラクリを知らなければ、
  当然の驚きだろう。
  驚く子どもに驚いて、短歌が生まれた。
  子どもの言葉と「ニック」を使い、
  簡潔に状況を伝える下の句、技ありだ。


  全員が同じ意見じゃつまらない
  パッチワークのような新緑
             (大船渡市 凪 ひと葉)

(評) そろっていなくて当たり前。
  新緑の緑だって、よく見れば一つ一つ違う。
  上の句と下の句が、それぞれ引き立てあっている。


  遺伝子といふ細き糸
  五月雨の五人兄弟われのみ残る
             (国分寺市 越前 春生)

(評) 「五月雨の」が遺伝子のイメージを引き継ぎつつ、
  五人兄弟の枕詞のように機能しているところが素晴らしい。
  結句に至って、遺伝子が詠まれた意味がわかり、しみじみする。



2018・5・28

  金子湯のこれが最後の菖蒲湯の
  束に浸りぬ添い寝の様に  
             (柏市 塩田 淳文)

(評) 長年親しんできた銭湯が店じまいするのだろう。
  第四句まで滑らかにつなぎ、一旦切ることで結句が際立つ。
  「添い寝」という的確にしてユニークな比喩が、
  万感の思いを伝えてくれる。


  救急車のうちに見てゐる救急車
  われが主役で運ばれてゆく
             (市原市 井原 茂明)

(評) 緊急事態なのに、つい観察してしまうのは
  歌詠みの性だろうか。
  上の句、珍しい体験をうまくとらえている。


  幼子がいつかなくした髪飾り
  出てきたように咲く松葉菊
             (平塚市 小林 真希子)

(評) 花が咲くと、あ、こんなところにとハッとさせられる。
  物語性のある比喩が巧い。松葉菊と髪飾りの重ね合わせも
  無理なく的確だ。



2018・5・21

  はつ夏の白きペンキに塗られゆく
  海・街・かもめ・われという椅子
             (垂水市 岩本 秀人)

(評) 海には波、街には白っぽい服・・・・
  と理屈でいくと、結句で爽やかに裏切られる。
  私は初夏のペンキ塗りたての椅子の気分なのだ、と
  押し切るところが魅力。


  くりくりと短い尻尾振りながら
  春の光を食べてゐる山羊
             (青梅市 諸井 末夫)

(評) 短いしっぽならではの様子をとらえた「くりくりと」が、
  まことに愛らしい。春の草ではなく「光」とした工夫も効いている。


  味噌汁の底に沈んだしじみらが
  海を思っておこすさざ波
             (上尾市 関根 裕治)

(評) 味噌汁を飲むときには、自然と表面が揺れる。
  誰もが目にする日常的な光景だ。
  それをまことにロマンチックな見立てで表現した。
  しじみたちも喜んでいるのではと思う。



2018・5・14

  この夏のお試しですと渡されたような
  四月の夏日楽しむ
             (平塚市 小林 真希子)

(評) ポジティブシンキングが光る一首。
  不意打ちのような暑さも、こんなふうに考えれば、
  前向きになれるなあと感心した。
  「お試し」という表現も、言い得て妙だ。


  まだ何も見えていないという吾子の顔は
  乳房へ光のほうへ
             (印西市 塩田 幸子)

(評) 目は見えていなくても、
  匂いや光を感じることはできる赤ちゃん。
  下の句、「へ」を重ねてリズムを生むとともに、
  生きることへの意志を感じさせて魅力的だ。


  人生のエンドロールを観るときは
  あなたとポップコーンを食べたい
             (横浜市 安西 大樹)

(評) 人生が終わる時、一緒にいたいのは
  あなただという恋歌。
  重い告白を、映画の比喩とポップコーンが
  軽やかに伝えてくれる。





2018・5・8

  だるまさんがころんだ程の間の後に
  ミャンマーよりの現地報告
             (東京都 西出 和代)

(評) ミャンマーからの音声が、微妙にズレて届くという場面だろう。
  「だるまさんがころんだ」と言って振り返る間に動きを止める遊び。
  あの一瞬の間が、比喩としてうまく使われている。


  会場の次の緑の使用者に
  桜の花がせかされている
             (東京都 武藤 義哉)

(評) 今年の桜は、特に早く終わってしまった感じがする。
  葉桜や新緑を、会場の次の使用者とした表現が面白い。


  花筏淀みで付いたり離れたり
  大陸移動の動画のごとし
             (松山市 宇和上 正)

(評) 全体で捉えてしまいがちな花筏だが、
  一枚一枚の動きに注目した一首。
  思いきりズームアップしたからこその比喩に迫力がある。





2018・4・23

  風たちがかるた遊びをするように
  ふいに舞い立つ道の花びら
             (高島市・宮園佳代美)

(評) 風で舞い上がったり、めくれたりする花びらを、
  かるたの札に見立てた一首。
  かろやかな風の擬人化によって、
  春らしい光景が生き生きと伝わってくる。


  新しい帽子のように少年が
  「オレ・おら・僕」を試着する初夏
             (足利市 坂庭 悦子)

(評) ちょっと背伸びした「オレ」、
  おどけた感じの「おら」、真面目にふるまう「僕」。
  日本語は一人称が実に豊かだ。
  試着の比喩がぴったりで、
  初夏と帽子の響き合いもいい。


  ファインダー指で作って連写する
  私のものにならぬ背中を
             (川口市 高城 ナナ)

(評) 写真を撮る真似して、片思いの相手の背中を見つめている。
  ただ写すのではなく「連写」に強い思いがこもる。






2018・4・16

  たっぷりと白い絵の具を含ませて
  風の形を描く雪柳
             (平塚市 小林真希子)

(評) 上の句、ボリュームのある真っ白な雪柳の特徴をうまく
  生かして、魅力あふれる比喩になっている。
  何かが揺れることで風は可視化されるが、
  雪柳が主体とな

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★★歌壇 があったんですね じっくり読みました

2018/7/31(火) 午前 5:25 [ ゴキブリジジイ ]


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