俵 万智 選
2019・8・5
巻き尺のボタンを押せば
白蛇が神の使ひのごとく消え去る
仙台市 岩間 啓二
(評) しゅるしゅると引っ込む巻き尺。よく見る光景が、
言葉の力で神秘的なものになった。「白蛇が」と、
まずは言い切ってからの比喩にしたところも工夫で、
うむを言わさぬ説得力が出た。
「メスレー」という名は初耳だけれども
見た目も味も知ってるすもも
堺市 一條 智美
(評) 最後の最後に「すもも」を出すところがポイント。
読者も一緒に、なんだろう?なんだそうか!と同じ心を
追体験できる。
なんでこのキーホルダーを買ったのか
わからないのが旅の証拠だ
福岡市 土居 健悟
(評) 旅先の妙なテンションと、日常に戻ったときとの
落差が面白い。キーホルダーという具体性が効いている。
2019・7・29
ケータイが進化したから
終電を上手に逃すことができない
横浜市 尾崎 飛鳥
(評) 文明の利器も、よしあし。「○○線終電」で検索すれば、
正確な情報が出る。時計も遅れたりはしない。うっかりする
方便が見つからず、終電後の物語を生きることができない。
「上手に」が絶妙のニュアンスだ。
「ギター安い」祖父の検索跡のあり
僕がロックを好むと知って
川崎市 岡 奎那
(評) 生前、祖父はギターのプレゼントを考えてくれていた
のだろう。「安い」がリアル。厳しい懐事情の中で孫を思う
ところが、切なくも、あたたかい。
出窓にはミッキーマウスのぬいぐるみ
家の人には背を向けながら
守口市 小杉 なんぎん
(評) 下の句、言われてみればそうである。
ミッキーも複雑な心境だろう。
2019・7・24
ここからは自転車押して上がり行く
それぞれにある坂のここから
茨木市 瀬戸 順治
(評) 自転車から降りて、押しゆく地点が坂の途中にある。
その「ここから」という地点は、体力や自転車の種類に
応じて人それぞれだ。さりげない展開だがmなるほどと
思う。人生という坂もまた同じだろう。
駅まへの駐輪場の自転車の
牙むくごとく西陽を反す
市川市 井原 茂明
(評) 西陽が自転車の金属部分に当たり、ギラギラ反射して
いる。自転車を主体にした比喩が印象的だ。牙の一言で、
獣に見えてくる。
三歳の孫が絵本のページを操る
母のしぐさか指をなめつつ
愛西市 坂本 二男
(評) なんでも真似する幼児。しっとりした指なら、なめ
なくてもめくれるはずだが。思いがけないしぐさに笑み
がこぼれる。
2019・7・15
新聞を折りたたみをりまっすぐに
割り切れぬままひと日暮れたり
市川市 井原 茂明
(評) 世の中の様々なことが、まっすぐに印字された
新聞記事。折り目もきちんとつけてたたむことができる。
けれど現実はそうはいかない。「まっ直ぐに」が、
上の句と下の句の両方にかかって、絶妙のつなぎに
なっている。
立ち止まる機会ぼくらにくれるため
ときどき天に現れる虹
上尾市 関根 裕治
(評) 天になぜ虹が現れるのか。その素敵な回答を詠んだ一首。
前を見て急ぐばかりではなく、たまには立ち止まってみようと。
かき氷のイチゴシロップ色に咲き
朝顔が告げるこの庭の夏
平塚市 小林真希子
(評) イチゴシロップ色、が効いている。花の赤い部分だけ
でなく、白い部分までが涼し気に感じられる比喩だ。
2019・7・8
紫陽花がゆっくり重ねゆく
青の仕上がりを待つ六月の庭
平塚市 小林真希子
(評) 六月の庭がキャンパスで、だんだん紫陽花の絵画が
完成に近づいてゆく。あじさいが主語で、人間は待つ
立場だという捉え方に、花への敬意が感じられる。
真中をゆっくり下ろし両肩を脱がして
コンビニのおにぎりを食む
豊中市 鈴木昌宏
(評) 途中までは、なにやらセクシーな歌かと思いきや、
なんおことはない、おにぎりの歌。作者は仕掛けていて、
読者はまんまとはまる。その楽しさ。
足の爪を切ってやすりをかけている
わたし子どもを産んだのだった
川崎市 加納 舞子
(評) 上の句の具体性と、下の句の直感的な表現が
うまく溶け合った。乳児期の子を育てている母親
独特の感覚が伝わってくる。
2019・7・1
すーと消えすーと点してほうたるよ
水の流るる音だけの闇
市原市 井原 茂明
(評) 網に明滅するホタルの光をとらえた「すー」という
オノマトペが印象深い。徐々に明るく、徐々に暗く、という
感じ。闇の形容に、聴覚に訴える水音を持ってきたところも
秀逸だ。視覚に訴えるものが皆無なのだと伝わる。
穴のない穴ぼこに落ちた感覚で
不意の日陰に立ち止まる夏
高島市 宮園佳代美
(評) 意外なほどくっきりと涼しさを感じる日陰。
急な体感の変化に驚く感じが、穴のない穴ぼこ
というユニークな比喩で伝わってくる。
YAKUSOKUの中にはUSOが隠れてて
ひとり待つ夜はいつもくるしい
上尾市 関根 裕治
(評) ローマ字で書かれてみると、なるほどと思う。
しゃれた発見だが、だからこその待ちぼうけ。
2019・6・24
野球部と吹奏楽部の練習の音が
校舎を包む放課後
高島市 宮園佳代美
(評) ノックする音、グランドでの掛け声、楽器それぞれの
音色、運動部と文化部の音が入り混ざる放課後独特の感じが、
伝わってくる。「包む」という動詞が、学校全体をカプセル
のような雰囲気にして印象深い。
コンビニの「あたためますか」のその声で
世界のすべてをあたためたくて
守口市 小杉なんぎん
(評) 「何を」の部分はわかっているので、店員はあえて
言葉にしない。そこを逆手にとって、世界にまで展開した
ところが面白い。
タンポポは綿毛残して
頼りないふりして風をおだてて生きる
呉市 藤井 恵
(評) 「おだてて」が新鮮。あれは生きる知恵なのか。
フーと吹く人間も、たぶんノセられているのだろう。
2019・6・17
目玉焼ききのうと同じ半熟の我に
二度目の元年来たる
国立市 武井 恵子
(評) 平成元年に続く「令和元年」。非常に大きな節目
なのだろうと感じつつ、日常には小さな変化もない。
そのギャップが淡々と表現された。日常を象徴する
目玉焼き、その焼き加減すら変わらないというのが
効いている。
「雨」にある四粒のしずく浴びぬよう
身を寄せている「傘」の四人は
上尾市 関根 裕治
(評) 漢字の見た目からの発見を詠む歌は多いが、
二つの漢字を呼応させたところが面白い。
傘の四人の謎が解けた気分。
はつ夏の今日へ飛び立つわたくしの
翼のように広げる日傘
平塚市 小林 真希子
(評) 日傘というと、日差しから身を守る、受け身の
イメージが強い。それを、我が身を自由にする翼と
とらえた前向きさが新鮮だ。
2019・6・11
神様が等圧線の琴を弾き
ひとり奏でる風の音楽
越谷市 吉村 花緒
(評) 等圧線を見ると、風の向きや強さがわかる。
密なほど強風になるが、あの線を琴の弦にたとえた。
そこに神様の手を添えるというスケールの大きい一首。
あさっては「もっとあした」の幼子に
「もっとあした」の「あした」輝け
たつの市 七条 章子
(評) 明後日という語を知らなくても「もっと明日」で
表現できる。幼子が少ない語彙を組み合わせる時、
それが詩になる例だ。輝く未来を願う下の句の、
全肯定感も素敵。
黒板の文字を消すように振る右手
あれが最後のきみのさよなら
宮崎市 長友 聖次
(評) 思いきり手を伸ばして、大きく大きく右手を振った
様子が、上二句の比喩で的確に伝わる。学友だったことも
想像させる。
2019・6・3
まっさらな0の並んでいる今日を
踏み出しながら押す歩数計
平塚市 小林 真希子
(評) 一日の始まりの希望に満ちた一首。散文なら
「今日」と「歩数計」が逆の位置にくるだろう。
つまり、そこが短歌としての工夫だ。0の並んでいる今日は、
まっさらで、これからどんどんプラスになってゆく。
トンネルの出口の光がふくらんで
「しまんと1号」新緑に入る
仙台市 岩間 啓二
(評) トンネルの出口が近づく様子を、光の膨らみでとらえた
ところがいい。結句の現在形からも、臨場感が伝わってくる。
腹いっぱい水を吸い込み吐き出して
大きく泳ぐ小さなクラゲ
高崎市 門倉 まさる
(評) 下の句が言い得て妙。「吸い込み」「吐き出し」
「大きく」「小さな」というシンプルな対句的表現が、
クラゲの動きと重なる。
2019・5・27
音もなく優しく雨は 君のいた景色を
シュレッダーにかけていく
栃木市 早乙女 蓮
(評) 君の姿が、細やかな雨にかき消されていく・・・。
その様子をとらえたシュレッダーの比喩が秀悦だ。
細かく刻まれた細長い紙と雨の、見た目の重なり。
それが、過去をなかったことにするという意味の重なり。
蔕をとり苺に牛乳かけるとき
一つ一つが母として浮く
摂津市 砂山 ふらり
(評) 苺という漢字の草かんむりをとれば「母」になる。
アイデアの光る一首。
春の野を詰めたるやうな文具店
小さな色をあまた咲かせて
青梅市 諸井 末男
(評) 春先は、文具店も華やかになる。結句の「咲かせて」が
効果的。一気に文具が花に変身する。
2019・5・20
洋服に糖度の表示のタグあれば
「最高に甘い」手編みのセーター
浜松市 市川 恵美
(評) 生地の種類や洗濯の仕方を示したタグ。
作者は、ふと考えた。ここにもし糖度の表示があったら?
糖度表示といえば果物や野菜だが、発想の飛躍が面白い。
下の句の結論にも大きく頷かされた。
三回目はたぶんないけど このひとは
お好み焼きを焼くのがうまい
狭山市 えんどうけいこ
(評) 「このひと」のことを思うと気の毒だが、冷静に接する
ことのできる相手(つまり恋には発展しない)だからこその
観察眼だ。
古本の中の手書きの暗号のような
数字に魅せられている
茨木市 瀬戸 順治
(評) 何かのメモだろうか。元の持ち主に思いを馳せる。
同じ本を手にした者同士の不思議な連帯感が、
うまく出ている。