源氏物語
現代京ことば訳 中井和子
桐壺(きりつぼ)
どの天子さんの御代のことでござりましたやろか。女御や更衣が大勢
待っといやしたなかに、そないに重い身分の方ではござりまへえで、
それはそれは時めいといやすお方がござりました。
帚木(ははきぎ)
光源氏と呼ばれといやしても、名前ばっかりが仰々しうてお話するのが
憚られるようなわるいことも多かったのどすけど、その上「こないな
好者めいたことおきやした内緒ごとまで、語り伝えたやなんて、ほんま
におしゃべりで、困った人たちでございます。実のとこは、ひどう世の
中を恐れといやして、真面目一方でおいやしたので、艶めいた面白い話
などはのうて、あの好色な交野の少将には、お笑われやしたに違いござい
ません。
空蝉(うつせみ)
お臥みになれまへんままに、源氏の君は、
「わたしはこないに、人に憎まれたり嫌がられたりもせなんだのに、
今晩はじめて、世の中の辛さ、むなしさもようわかって、恥ずかしうて
生きてる気もせんようになった」
などと仰せやすさかい、小君は、涙さえこぼして寝てるのどした。
ほんまに可愛らしいと、お思いやす。手さぐりでの、ほっそりと小柄な
とこや、髪がそないに長うなかった様子が、似通うてるのも、そう
お思いやすせいか可愛いおす。
夕顔(ゆうがお)
六条辺りに、忍んで通うといやす頃、内裏からお下りやす中宿りに、
大弐の乳母がひどう患ろうて尼になったのを見舞うてやろうと、五条
にある家を尋ねてお行きやした。
若紫(わかむらさき)
わらわ病をお患いやして、いろいろと、呪法やら加持などをさせとい
やすけど、効めものうて、たびたび発作をおおこしやすさかい、
ある人が、「北山の某寺ちゅうところに、すぐれた行者がおいやす。
去年の夏も、世間に蔓延して、他の行者たちがもて扱いかねていた
のを、忽ちなおしたという例が、沢山ござりました。
末摘花(すえつむはな)
どう思うても、やっぱり、心にかかってます。あの夕顔に、露が消える
ように先立たれてしもうた時のお気持ちが、年月が経ってもお忘れに
なれしまへん。こちらもあちらも打ち解けやさへんお方ばっかりで、
気取ったり、ものを深う恨んだりして、張り合うといやすさかい、
なつかしゅうて気さんじどした可憐さが、二人とない女として、
恋しう思われやすいのでございます。
紅葉の賀(もみじのが)
朱雀院への行幸は、十月の十日余りのことでございます。
いつもの年とは異なり、面白いはずの、この度の御儀でござりまっさ
かい、御方々は、おみになれへんのを残念に思うといでやす。
上も、藤壺が御覧になれんのを、もの足りのう思召すもんで、
試楽を御前でおさせやす。
花の宴(はなのえん)
二月の廿日余りのころ、紫宸殿の桜の宴を御催しでござります。
后と東宮の御座所は、玉座の左右に用意してござりまして、そこへ
参上遊ばします。弘徽殿の女御は、中宮が、こうしてお座りやすのを、
事あるたんびに、面白うのうお思いやすけど、今日の催はお見すごし
やすことがお出来になれえで、お参りやす。
葵(あおい)
御代が代わってからというもんは、何事も大儀にお思いになり、官位
の重々しさも加わりますのか、かるがるしい忍び歩きもしにくうて、
ここもかしこも、待遠しさの嘆きを重ねさせといやす報いというの
どすやろか、相変わらず、御自分に情ないお方の御心ばかりを、
どこまでも思い嘆いといやすのでござります。
賢木(さかき)
斎宮の御下向が近うなってきますままに、御息所は、心細うお思いやす。
特別のおもてなしで、気のおけるお方と思うといでやした大殿の姫君も
お亡くなりやして後は、何と申してもこちらの方がお座りにと、世間の
人も噂をし、宮の内でも期待してましたのに、それからあとも、
ふっつりと途絶えて、あさましいおもてなしをお見やすと、ほんまに
心憂いと思召すことがあったのやろうと、ようおわかりやしたので、
すべてのお胸の思いを振り捨てて、まっすぐ伊勢へと御出発なさるの
どす。
花散里(はなちるさと)
人しれず御自分から好きこのんで物思いをおしやすくせは、
今にはじまったことでもおへんけど、こないに大方の政治むきのこと
でさえ、うっとうしゅうて思い乱れやすいことばっかり殖えるので、
何とのう心細う思え、何もかもが嫌になっておしまいやすけど、
というて、放ってもおけへんことが、さすがに多うござりました。
須磨(すま)
世の中がえろううるそうおして、極まりのわるいことばっかり多すさかい、
無理に知らん顔して暮らしてても、今よりももっとわるいこともおこって
きそうなと、思うようにおなりやした。
明石(あかし)
相変わらず、雨、風ははげしうて、雷も鳴りしずまりまへんままで、
数日が経ってしまいました。心細いことが次から次へとおこってきて、
今日までのことやら、これからさきの悲しさに、お心もくじけてしまい、
「どうしたもんやろう。こんな様やさかいというて、都へ帰るのも、
まだ世の中の許しも出てへんままでは、余計物笑いになるやろう。
いっそのこと、ここより深い山に分け入って跡をくらましてしまおうか」
と、お思いやしても、「波風に恐れをなして」と、人が言い伝えたら、
後々まで、えろう軽率や、という名を流すことになろう、と思い乱れ
といやす。
澪標(みおつくし)
はっきりと、夢におあらわれやしてからというもんは、院の帝の御事が
お心にかかり、何とかして、あの、苦しみ遊ばしといるという罪業から、
お救い申し上げることが出来んもんか、と、胸を痛めといやしたが、
こうして御帰京おしやしたので、その御準備をお進めやす。
十月に、法華御八講が行われます。世の中の人が進んで御用をつとめる
有様は、昔と同ンなじでござります。
蓬生(よもぎう)
須磨で藻塩をたれながら、わびしい思いでお暮らしになっといやした頃、
都でも、あれこれと心を痛めといやした人はたんとおしたけど、
それでも御自分の身をお寄せやす拠りどころのおありやすお方は、一筋に
恋しいという思いだけでは辛うおしたけど、二条の上なども、お暮らし
向きの苦労はのうて、旅の御住処の様もようわかって御文でお気持ちも
通い合い、位を失われた源氏の君の仮の御召物も、竹のこの世の憂き節
につけて、季節ごとにお世話申しやして、お心も慰められといやしたと
思いますけど、なまなか、その人とも世にも知られんと、旅立って
おいきやした時の御有様も、よそながら思いやるより他ない人々の中で、
ひそかに心をいためといやす方たちも多いのでござりました。
関屋(せきや)
伊予の介というた者は、故桐壺院がおかくれ遊ばしたその次の年に、
常陸の介になって下って行ったので、あの箒木も連れられて行ったの
どした。須磨御退居のことも遥か遠くの土地できき、人しれずお案じ申さ
ぬわけではおへなんだのどすけど、お便りを申すてだてものうて、また、
筑波根の山からお便りを申すのでは心もとのうおして、ちょっとした噂も、
耳にせんままで、年月は重なってしもうたのどした。
絵合(えあわせ)
前斎宮が宮廷に入内なさることは、中宮が御熱心に、御催促遊ばすので
ございます。「こまごましたお世話の出来る、これちゅう御世話役も
ないことやし」とはお思いやすもんの、大殿は、朱雀院がお耳に遊ばす
のをお気になさり、二条院にお渡し申すこともこの度はひかえ、ただ、
素知らぬ顔をしといやすけど、大方の御注意は引きうけて、親みたいに
お世話申しといやす。
松風(まつかぜ)
東の院の造営がなって、花散里と申し上げた方をお移しします。
西の対の屋から渡殿にかけて、政所や家司などを、ええように按配して
お設けやす。東の対は、明石の御方のためにとっておおきやした。
北の対は、特に広うお作らせやして、ほんのちょっとでもお気持ちが
通い、将来ともにと約束おしやした人々が、集まって住むようにと、
隔て隔ての仕切りをいくつも設けやしたのも、うれしいなさりようで、
いかにも住みよさそうで行き届いているのどす。寝殿は、空けて
おおきやす。御自身が時々お渡りやす時の御住居でござりまして、
それにふさわしい御しつらいをおさせやした。
薄雲(うすぐも)
冬になるにつれて、川面の住居は余計心細さがひどうおして、物思い
にばっかりふけって日を送ってるので、源氏の君も、
「やっぱり、このままでは、とても過ごせまい。あの、用意した近い
とこへ、思い切ってくれやす」
と、おすすめやすけど、辛いお仕打とすっかりわかったら、どうしよう
もない気がするやろうしと、「いかに言ひてか」などとある歌みたいに、
心が乱れるのどす。
朝顔(あさがお)
斎院は、御服喪のため職をお下りやしたのでござりました。大臣は、
例によって、思いをおかけやすと諦めてしまへん性質どすので、
お見舞いなどというて、しょっちゅうお便りをお出しやす。宮は、
噂にのぼって困った昔のことが思い出されますので、打ち解けた御返事
も申しやさしまへん。残念な、と思いつづけといやす。
乙女(おとめ)
年が改まり、藤壺の宮の御一周忌も終わったので、世の中の人は喪服を
ぬいで、衣替えの季節ともなると華やかな事どして、まして加茂祭の頃は、
大体の空の様子も気持ち好さそうどすのに、前斎院では、所在なさそうに
物思いにふけっといやす。お庭さきの桂の木の下をなつかしそうに風が
そよぐにつけても、若い女房たちはいろいろのことが思い出されます
そんな時、大殿から、「御禊の日は、さぞや、のんびりとお過ごしで
ござりまひょう」と、お見舞いのお文がまいりました。
玉鬘(たまかずら)
年月が経ってしもうたのどすが、飽かぬ思いのままにお別れやした夕顔
のことを、ちっともお忘れになれしまへん。さまざまの人の有様を、
つぎつぎとお見やしたにつけても、生きていたらと、なつかしうも
口惜しうもと、そればっかり思い出しておいでやすのでござります。
初音(はつね)
年があけた朝の空の景色は、美しうよう晴れて、雲一つないうららかさ
どして、数にも入らぬ垣根のうちでさえ、雪間の草が若々しう色づき
初め、待ちかねたように春めいてきた霞をうけて、木の芽も萌えたち、
それにつれて人の心ものんびりみえるもんでございます。まして、玉を
敷きつめた六条の院では、見ごたえが多うおして、いっそう美しう磨き
たてた御方々の御住まいは、とうてい筆には、言葉が足りそうにござり
まへん。
胡蝶(こちょう)
三月二十日余りの頃、春の御殿のお庭さきの様子は、いつもの年より
特別にいきいきと咲き匂う花の色や鳥の声でまるで別世界のようどして、
よその里のお方は、まだ春の盛りは過ぎてへんのかと、珍しうおみやす
のでござります。
蛍(ほたる)
今ではこうして重々しい御身分におなりやして、万事のんびりと物静か
に暮らしといやすので、お世話になっといやす女たちも、それぞれに、
みんな思い通りにおさまり、不安なとこは無うて結構に日を送っとい
やす。対の姫君だけは、お気の毒にも、思いもかけぬ物思いが出てきて、
どうしたもんかと、思い乱れといやすのどす。
常夏(とこなつ)
ひどう暑い日、東の釣殿にお出ましやして、お涼みやす。中将の君も
横にお控えどす。親しい殿上人が大勢伺候して、桂川から献上した鮎
やら、近くの賀茂川でとれたはぜの類いを御前で調理して差し上げます。
例によって、内大臣家の君達が中将の居所を探し求めてやっといで
やした。源氏の君は、
「所在が無うて眠たかったとこや、丁度ええ折にお越しやしたなぁ」
と、お盃をさし上げ、氷水をおとり寄せになって、水飯などをめいめい
が賑やかにさわぎながら食べます。
篝火(かがりび)
このごろ世間の人が話の種にして、「内の大臣の今姫君は」と、こと
あるたんびに言い回っているのを、源氏の大臣はおききやして、
「何はともあれ、一目につかんとこでひっそり暮らしてきた女の子を、
ええ加減な口実かもしれぬけど、そこまで大仰にして引きとっといて、
こう人に見せたり、噂されたりするのは腑におちんこっちゃ。何事も
はっきりしといやす御性格やさかい、くわしい事情も調べんと引っ張り
出して、気に入らぬというて、こないにひどい扱いをおしやすのやろう。
物事は何でも、扱い方一つで、穏やかにすむもんやに」と、気の毒
がっといやす。
野分(のわき)
中宮が、御庭先に秋の花をお植えさせなっといやすのが、いつもの年
より見事どして、とりどりの花を数かぎりものう集め、風流な黒木赤木
の笆垣を処々にのぞかせて、同じ花ともうしても、その枝ぶりや恰好、
朝夕におりる露の光までが、此の世のもんとも思えぬほどで、玉かと
疑われるほどに輝いとりまして、広うおつくりやした野辺の景色をみて
ますと、ついもう、春の山のことなど忘れてしまい、涼しげで面白うて、
魂も抜け出ていくようでござります。
行幸(みゆき)
こないにして、あれこれ考えをおめぐらしやして、「何か、ええ方法は
ないやろか」と、思案しといやすけど、何というても、「音無の滝」ど
して、おおっぴらに声に出してお口説きになれんていうのは、ほんまに
お気の毒なことどして、南の上の御推察通り、軽率やという御名が立ち
そうでござります。あちらの大臣は、万事にきっちりなさってて、
ちょっとでもええ加減なことは、がまんのお出来やさへん御性分どっさ
かい、あけすけに何の斟酌ものう、きっぱりしたおもてなしなどが
あったりした日には、物笑いなことにもなろう、などと自省もしといや
すのどす。
藤袴(ふじばかま)
尚侍として宮仕えなさるのを、どなたもどなたもおすすめやすけど、
「どうしたもんやろう、親と思い申し上げてる人の御心でさえ、安心
出来ん世の中やさかい、ましてそんな御奉公をして、思いもかけぬ
不都合なことがおこり、中宮も女御も、お二人とも気まずい思いを
おしやしたら、困ったことになるやろう。自分はこないな頼りない境遇
で、どちらさまにもお親しうお心を寄せて貰うようになったのは、
つい此の間で、世間からも軽うみられてて、邪推されたり、妙な風に
噂されたりして、物笑いになる様をどないかしてみてやろうと、呪う
といやす人々もたんとあり、何かにつけて、嫌なことばっかりあるに
違いない」と、物事のおわかりやさへん年齢でもおへんさかい、あれ
これと思い乱れ、人知れず嘆いといやす。
真木柱(まきばしら)
「上がお耳に遊ばされるのも恐れ多い。しばらくは世間に公表しましょ
まい」と、お諌め申しといやすけど、大将はそんな我慢はようおしや
さしまへん。何日も経ちましたが、いっこうにうちとけた御様子ものう
て、「思いのほか、情けない我が身の運命やった」と、いつまでも
沈み込んどいやすので、「たいそう辛い」と思うのどすけど、浅からぬ
宿縁のおしたのが、しみじみと嬉しゅうて、見ればみるほど結構で、
非のうちどころのない御器量、御様子でおいやすのを、「よそもんに
して終わるとこやった」と、思うだけでも気もそぞろになり、石山の
観世音も弁のお許も、並べて拝みとう思うのどすけど、女君が心底情け
ない、と思うて嫌うといやすので、内裏に上ることも出来ず、籠りきり
になっといやした。
梅が枝(うめがえ)
御裳儀のことで御準備なさる御心遣いは、尋常のことではござりまへん。
東宮も、同じ年の二月に、御元服の式があるはずでござりまっさかい、
そのまま御参内のことも引きつづいてござりますのどっしゃろか。
藤の裏葉(ふじのうらば)
入内の御準備の間も、宰相の中将は、物思いにふけりがちでぼんやり
してるのどすけど、一方では妙な気がして、「自分ながら執念深い
こっちゃ。ここまで思いつめるというのなら、関守が目をつぶりとう
なって、気が弱うなっといやすということも聞いてるさかい、どうせなら、
みっとものうないように、おしまいまで待とう」と、じっと怺えるのどす
けど、やる瀬のうて、思い乱れといやす。
若菜(上)(わかな)
朱雀院の帝は、先日の御幸の後、あの頃から、いつもとは様子が違うて
きて、ずうっとお具合がわるうござります。もともと御病気がちで
おいやすけど、この度は、何やら心細う思召し、前々から出家のお気持ち
は強うおありでござりましたが、后の宮のおいで遊ばした間は、万事に
御遠慮申され、今まで思い留まっといやしたが、「やっぱり、その方へ
心がひかれるのやろうか、長うは生きていられん気がする」などと仰せ
やして、何かとその御用意などを遊ばしといやすのでござります。
若菜(下)(わかな)
衛門督は、道理やとは思うもんの、「ようも言うたもんやなあ。いやいや、
何でまた、こんな、通り一辺の挨拶だけを慰めに過ごされよう。こないな、
人伝てではのうて、一言でも物を言うとくれやしたり、申し上げたり
することは出来ひんもんか」と思うにつけ、何もない時には、結構で
立派なと思い申し上げてる院の御ために、怪しからぬ心がきざしてきた
みたいでございます。
柏木(かしわぎ)
衛門の督の君は、こないなばかりで、お具合のわるさがつづき、いっこう
に快方にむかわんままで、年も改まりました。大臣、北の方が嘆いと
いやすのを見申すと、無理にも死んでしまおうと思うた命の甲斐ものう、
さきだつ罪の重さを思う気持ちとして、それにしても、無理にもこの世に
執着して、生きてんならん我が身やろうか、小さい時から気位が高うて、
特別何事でも、人よりは一段とたちまさろうと・・・
横笛(よこぶえ)
故権大納言が、はかのうおなりやした悲しさを、いつまでも残念なことに
思うて、恋い偲ぶ人はたんとおいやすのでございました。六条院でも、
特に関係のおへん人でさえ、相応の人が亡うなるのをお惜しみやすお心
どすさかい、ましてこの人は、朝夕お身近う、しょっちゅう参上し、誰
よりもお心をかけといやしたので、面白うものうお思い出しやすことは
おありやすもんの、悲しみは深うて、何かにつけて思い出しといやす。
鈴虫(すずむし)
夏のころ、蓮の花のさかりに、入道の姫宮の御持仏の開眼をおしやすので、
その供養を遊ばします。この度は、院の上の御発案で、御念誦堂の道具類
を、心をこめて用意おさせやしたので、早速そのままお飾りやす。幡の
様などもやさしい感じで、特別上等の唐の錦を選んでお縫わせやした。
紫の上が、お準備おさせやしたもんでござりました。
夕霧(ゆうぎり)
まめ人という評判をとって、賢こうぶっといやす大将は、この一条の宮の
有様を、やっぱりすばらしいお方や、と忘れられず、大方の世間の目には、
昔を忘れん心遣いとみせながら、熱心にお見舞い申し上げやす。
心の中では、このままではすまされそうにもないと、月日のたつにつれて、
思いは募って行くのどした。御息所も、「世にも珍しいやさしいお心の
お方やないか」と、今ではいよいよ物淋しうしてお心細いお暮らしどっ
さかい、しょっちゅう訪ねとくれやすのに慰められることも多いので
ござりました。
御法(みのり)
紫の上は、ひどうお患いやしたそのあとは、すっかりお身体がお弱りや
して、どこということものうお具合のわるいままで、長いこと日が経って
しまいました。ひどう重体というわけではおへんけど、もう長い年月に
なり、望みがなさそうで、ますます弱っておいきやすさかい、院が心配し
てお嘆きやすのは、此の上もござりまへん。
幻(まぼろし)
雲隠(くもがくれ)
匂兵部卿(におうひょうぶきょう)
紅梅(こうばい)
竹河(たけかわ)
橋姫(はしひめ)
椎本(しいがもと)
総角(あげまさ)
早蕨(さわらび)
宿木(やどりぎ)
東屋(あずまや)
浮舟(うきふね)
蜻蛉(かげろう)
手習(てならい)
夢の浮橋(ゆめのうきはし)