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何年か前の私・・・
自分の意見や考え方を正当化することが 重要だった頃があって
私の先生は一般常識であり ほかの人と意見が違ったりすると
闘っているつもりはなくて 正しいと信じていることを貫くことが美徳だった
親友がそんな私のせいで 大切な友達を失うということもあった
そのときも 自分のしたことの意味がわからないでいた
二年前 大きな活動団体のリーダーになったとき
あらゆる意見 個性を持つ人たちの中で
その人たちをまとめていくためには 私が私として関わっていくと
ばらばらになってしまうのだということを知った
私は私ではなく リーダーとしての私でいなければならなかった
否応なしに関わってくる様々な人間関係
暖かいものももちろんあるけれど ナイフのような言葉
針のむしろのような誤解 本来なら誤解を解くために必死になる自分を
殺す毎日
人が怖くて こころの病気にまでなった
そんな中で ひとつだけ貫き通したことは
感謝のこころを持とう ということ
相手が 陰でどんなことをしているのか どんなことを言っているのか
知っていても してくれたことに対して「ありがとう」といい続けた
活動を通して 自分のしたことは多くの人に助けられながら 認められ
褒められたけど いつも哀しい気持ちは私の中に存在していた
とうに夏という季節は通り過ぎゆき どこもかしこも秋で満ち溢れ
肌寒いような風が吹いていた日
私はふと「北風と太陽」の話を思い出した
凍てつくような風の中を歩く旅人の外套を
強く激しい風で吹き飛ばして脱がせるか
太陽の暖かさで 自ずから脱がせるか
北風と太陽が競り合う話
二年前この話を何度も読んだ
そして 太陽でありたいと思っていた
言葉や態度で攻撃をして 相手を負かすのではなく
あたたかい気持ちで 優しいこころで 相手の誤解や不満を
衣類を脱がすように解いていけたらと思っていた
強い言葉と意見で 相手を打ち負かして 自分を正当化させることは
ある意味 してやったり・・・みたいな変なさわやかさがあって
胸がスカッとするように思えるけれど
相手の気持ちはどうなんだろう
偽善者のように 顔で笑ってみたいな状態で ただただ「ありがとう」を
言い続ける ほんとはそんなこと思っていないのに・・って必死で我慢して
言い続ける・・・
知らない間に 自然と「ありがとう」が言えるようになってきた
人の優しさがほんとうにうれしいと思えるようになってきた
自分の意見は決して相手にぶつけずに
その人をありのまま受け入れることができるようになってきた
二年たった今 そのころ怖くて誤解されているのを知りながら
何も言わずにただ感謝の言葉だけを言い続けていた人から
私の気持ちがわかったこと ありがとう っていうメールが来た
その人は今私と同じリーダーの立場にいる
太陽が 外套を脱がせたんだ・・・って思った
今 多くの学校では文化祭の時季
さまざまな人間関係で傷つき悩んでいる人もいっぱいいると思う
みんな一生懸命だから みんな情熱を持っているから
そして いそがしくて 疲れていって・・・
余裕がなくなってきて・・・
でも終わったときの喜び 仲間とともに分かち合ったことの充実感
そういったものも必ず見つかるし 感動することもたくさんあると思う
青春のそうしたことは 人生の大きな力になると思う
ちょっと微笑んでみること
ちょっとありがと☆っていってみること
そうしたことで きっととても楽になれることもあるから
こころに余裕がなくなったときは
「北風と太陽」のお話を 思い出してみて!
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