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. 日本の象徴的な花である桜…その花に心を奪われない人はいないでしょう。 私が、桜の詩を書こうと思ったのは、一枚の絵との出逢いでした。 その絵は、岐阜県根尾村の薄墨桜の二世を愛知県長久手町に移植した一本の樹を 描いたものでした。 絵を描いたのは、友人であったひとりのパステル画家でした。 彼女は、写真を見て絵を描いていました。 主にこどもの絵です。初めて彼女が描いた絵を見たとき、 何てやわらかな優しい絵なのだろうと思いました。 絵の中でこどもたちが笑っていました。 元の写真も見せていただき、確かに笑っているのですが、 絵の中のこどもたちは、実際の笑顔よりもうれしい気持ちがはじけているようでした。 彼女の目は、こどもたちの心の中のうれしさを見ているようでした。 「…いつまで、こんなつらい、痛い思いをしなければならないのですか? まだ、この世で私がしなければならないことがあるのですか?」 彼女は膀胱がんでした。 彼女の病床日記に書いてあったこの言葉を読んだ時、私の心はきしみました。 彼女の絵で「落花」というのがあります。 女の人が憂いをたたえている絵で、しかも…目だけで憂っているのです。 言葉にならない哀しみ、せつなさ… 彼女がそこにいるようでした。 植樹された薄墨桜の元の樹を見に行こうと、ある春の日、根尾村に出かけました。 写真は樹齢1500年の根尾村の薄墨桜 その…ふもとと言ったほうが似つかわしい根は、体を支えきれなくていくつかに分かれ、 無数の小枝に細やかな桜の花が咲いていました。 その数があまりにも多くて、無数の桜は陰になり、ひとつひとつ眺めると小さくて 可愛らしいのですが、全体を眺めるとかすんで立っているようでした。 その陰はきっと、彼女の苦しみ、憂い、hopelessな願い…そんなことをふと考えて 知らない間に涙があふれてきました。 薄墨の桜を前にした時、彼女の命は花となり、漂いながら桜の精霊となったのでしょうか。 薄墨の大きな桜を背にした時、彼女の声が聞こえたような気がして、振り返ると おぼろにかすんでいました。 そして、また 「忘れないでね…」 かすかに聞こえてきたのです。 一枚の絵に描かれていた桜との出逢いは、彼女との約束になりました。 桜の季節がめぐるたび、彼女のことを思い出し、桜の不思議な誘惑に取りつかれてしまうのです。 それから、桜が咲くたびに、私の引き出しが開いて、桜に魅せられた想いに、 人の心のせつなさ、哀しさを溶かしながら詩を書くようになったのです。 .
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