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生徒への「指導」には、大前提があります。
それは、その「指導」を受ける生徒自身や保護者が、
「指導に従う(気がある)」ということではないと成り立ちません。
いじめ問題では、
「学校(教員)が、小さなことを見逃さない」
ということが重要だ・・・とよくいわれます。
その通りだと思います。
しかし、その小さなことを見逃さずに「指導」しても、
その「指導」が、当該生徒に入らなければ何の意味もなしません。
勿論、改善に向かうわけがないのです。
そして、その「指導に全く従う気のない生徒(保護者)」が、
確実に増加しております。
現実問題として、学校はこの手の生徒や保護者にはなすすべがないのです。
「退学」という生徒措置が存在する高校ですらそうですから、
義務制の公立小・中学校では尚更です。
今回の大津の事件では、
「小さなこと」だけでなく「大きなこと」まで見過ごされ、
適切な指導がなされてなかったということは、間違いなく、
かつ、非常に問題であります。
仮に、上手くなされていれば、
悲劇は回避されていた可能性も当然あるわけです。
しかしながら、未だに加害者とされる生徒達は、
今回の件の責任を否定しています。
つまり、指導を受けるつもりはないわけです。
残念ながら、警察権力に真相究明を委ね、
司法によって裁かれるしか方法のない・・・
つまり、残念ながら、教育現場では取り扱い不可能な案件だった可能性が
とても高いとしか私には思えません。
学校に、鑑別所や少年院並の更正機能を求めるのは無理なのです。
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できることとできないことを見極め、取り組んでいきたいです。
2012/7/22(日) 午前 7:20
こんばんは。
大津の事件での学校の非は十分に認めるとして
警察でなければできないことまで学校に求められていることを
もっと社会で考えてほしいと私も思っています。
2012/8/12(日) 午後 9:48 [ 優季 ]