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何人の方に目にとまるかわかりませんが、
いわゆる「いじめ」問題について、学校の現状を書いてみたいと思います。
あくまでも、私の実体験に基づいた、私の知りうる現実についてです。
批判を受けることも覚悟の上で、私見もあわせて書き込みます。
各事象については、無論事実です。
まず、「いじめ」の認識についてです。
私は、人間が人間である以上、「いじめ」は無くならないと思っています。
したがって、「いじめ」はいつでもどこでも起こるものだと言う認識を持っています。
起こった事象が「いじめ」かどうかの認識・確認は、文科省の通達にもあるとおり、
一応の基準のような物がありますので、通常はそれに照らして行われます。
しかしながら、対象生徒間の力関係(取り巻きも含めて)がありますので、
現象面だけとらえて、一律に判断するのは極めて難しいことです。
生徒の行為の一部始終が、教員の目の前で行われているならばいいですが、
当然のことながら、この手の問題は、教員の目の届かないところで行われます。
特に、教科担任制をとっている中学校以上では、担任がクラスの生徒と関われるのは、
自分の教科かホームルーム、または特別活動の時間だけです。
ですから、担任(教員)の得られる情報は、基本的に生徒からの「話(情報)」だけの場合がほとんどです。
経験上、被害者本人からの情報(苦情〜SOS)が得られることは稀です。
仮に得られた場合でも、面倒なことにならないように(仕返しを恐れたり等)、
「相手への指導はやめてくれ」という場合が極めて多いです。
そのような場合は、本人の意向を尊重し、
全体的な指導(集会を開いたりして、一般的ないじめ等許さないという話をする)にとどめるしかありません。
それでも被害者自身が言えるような状態であれば、まだ良い方です。
我々も、ある意味ピンポイントで目を光らせることができ、
加害者側にも多少なりともプレッシャーを与えることができるからです。
それに対して、以前私も書いたような学校の場合
被害者は、それこそ「口が裂けても」本当のことは言いません。
そうなると、私たちが手出しできることは極めて限られるのです。
たとえ、周囲から情報を得たとしても、加害者連中に問いただそうものなら、
「証拠はあるのか?!」
「言ってる奴を連れてこい!」
「俺たちを疑うのか?! 人権侵害だ!」
「警察でもないのに、調べる権利なんかないだろう!」
そう、連中は、知っているんです。
自分たちが口を割らない限り、やられた方(被害者)も学校も何もできないだろうということを・・・。
警察にしても、基本的に学校での問題に関わることには二の足を踏みます。
周囲の証言は得にくい(証拠集めがしにくい)上に、「教育への不当な介入だ!」なんて騒がれますからね。
何より、強要や暴行、はたまた傷害、恐喝等々、立派な犯罪行為でも、
被害者本人が訴え出ない限り、まず警察は動きませんし、動けません。
それに生徒や親が言うように、いわゆる学校(教員)側には、「捜査権」はありませんからね。
あたりまえですが、連日呼び出して、自白を迫るなんてあり得ません。
さらに、大昔なら、加害者を引っ張り出して、
おまえ等が悪い!とばかりに
「げんこつ食らわす」
「ビンタ張り廻す」
「ぶん殴る」
ということも
当然、体罰だということで、できません。
頼みの綱は、親(保護者)の子供への指導なんですが、
これまた子供可愛さや、妙な権利意識と被害者意識から、子供と同じことをがなりたてるだけ。
更には、人権団体のお偉いさんや議員さんを引き連れて学校に押しかけ、
「担任を出せ!」「校長を出せ!」
といって居座り、
「責任は全て学校にある」と言うことで、強引に納めようとする。
これは、高校の話ですので、被害者はまだ「学校を辞める」という「逃げ道」があるので、
ある意味、本当に最後の最後のところ(命を奪われるかどうかの瀬戸際)では、
すくわれる可能性があります。
しかし、これが義務制の中学校なんかではそう簡単には転校すらできません。
確かに今回の事件では、その前後の学校や教員の対応に、非難されるべきことが多々あるとおもいます。
しかしながら、学校や教員への批判だけで、そして、学校や教員の努力だけで、
このような悲劇を二度と起こさないようにするなんて、私はとうてい無理だと思います。
今の学校や、教員は、ごくごく程度の低い「いじめ」(悪口、仲間はずれ等)にはなんとか対応できても、
立派な犯罪行為として認知すべき、つまりは本来ならば、警察に任せるべき案件には、
当然のことながら、なすすべがありません。
また、教育委員会が、なにか特別な力を持っているように錯覚をしておられる方が多いですが、
委員の多くが教育関係者(つまり学校関係者)であり、制度的にもせいぜい学校に指導助言する程度。
なんの力も、ましてや一般の人が思っているような「神通力」は、全くありません。
それどころか、あるべきはずの「指導力」さえないところすらあります。
そこで、保護者の方や犯罪行為の被害者になっている生徒諸君におかれましては、
決して学校を過信しないで頂きたいと思います。
一般社会と同じなのです。
「いじめ」もあれば「盗みや強要・暴行・傷害等の「犯罪行為」もあるところです。
そう、下手をすると「殺人」さえ起こっても不思議ではないところです。
犯罪行為には、躊躇無く「警察」を利用してください。
そして、学校も、
「できること」「できないこと」
をもっとハッキリと言うべきです。
子供に関することなら、何でもかんでも引き受けて(押しつけられて)きたツケが回ってきているのです。
残念ながら、そうとしか言えないのが現状です。
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教育問題
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9月17日(土)の「記者のひろば」という欄で、
『「ゆとり教育」の円周率』
の題目で、記者がつらつら書いていた内容・・・・。
「『ゆとり教育』で、円周率を3と教えるようになっていた」
というように思っていた知人のこの認識を、
「デマ」「誤解」と断言していたのには、呆れてしまった。
例の教育課程の変更前までは、それこそ昔から、
少数のかけ算を習うまでは、円周率という言葉を使わず、
「円の周の長さは、直径をだいたい(ここが大事)3倍すれば計算できる」として
図形の計量の所で取り扱い、計算していた。
そして、小数のかけ算を扱う高学年になって、
小数のかけ算の図形への応用として、
あらためて3.14を使って計算していた。
ここで、円周率という言葉は別にして、
この計算演習を通じて、
円の計算には3.14を使うという認識が定着していたのである。
それを小数のかけ算で、桁の多い計算の演習が出来なくなり、
計算が難しくなったからといって、
高学年でも円の面積や周の計算に3を使っても良いですよなり、
実際に小学校では、それで授業がなされている。
現に、私の学校に来る生徒(高校生)は、いまだに、
「円周率なんて3でいいんだ。学校でそう習った」
と言い張るものが多数いる。
そしてさらに、
「今更、3.14で計算しろと言われても、めんどくせーし、出来る分けない!」
と宣い、計算しようとすらしないものも多数。
そして更に、この記者は、
「小数点以下2位までの計算が子供のつまずく原因になりやすいから、上の学年に送ったまでのこと」
とまで言い放っている。
「つまずきやすいから、上の学年に先送りする・・・」
昨今の政治でも、大流行の解決しづらい問題は、『先送り』・・・
こんなことが、良いはずはない・・・と皆が思うのは当然ではないか。
折しも、新聞社は、売り上げの維持の為に、「NIE」(教育に新聞を Newspaper in Education)
という運動を大々的に取り組んでいる。
単なるコラムとはいえ、新聞記事には違いない。
記者は、もっと実際の現場の状況をきちんと取材した上で書いてもらいたい。
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子供が塾に行きたがっている。 |
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何から書いていいのかわかりませんが、 |
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大分県を発端に全国中を駆けめぐる問題になって行くかと思ったら、 |




