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淡路の沼島

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 泉州からフェリーで淡路島の東側、津名港へ、島をゆっくりと景色を楽しみながら横断、西側の福良から淡路島の南端、水仙郷で有名な灘へ。 灘から写した沼島。

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古代の沼島海人

いろいろな経路から日本へ渡来した彼らは、次々に拠点を求めて上陸し、そこを足場として範囲を拡大、分散していった。そしてそこに集落がつくられ、いわゆる原始小国家が分立するが、やがて征服や和解を通して、地域統合が進み、ついに大和朝廷の統一となり朝鮮進出となる。
その過程において、淡路は大和へ近いこと、すぐれた海人族のいる御食津国(みけつくに)であること、特に当時、大和朝廷の支配を心よく思わない吉備国をおさえるための戦略的要地としても、淡路は重要視され、歴代天皇の遊幸がしばしばあったのも、そうした意味からであろうと一般に説かれている。ここで古事記や日本書紀からの引用は割愛するが、氏姓制度の整備とともに、沼島を含めた淡路海人は、大浜宿弥系の阿曇連(あずみのむらじ)の支配下で、凡直姓(おおしのあたえ)をもったものの祖であり、淡路の国造となった矢口足尼の統率下にあって、ときには天皇を襲ったり、ときには遊幸のお相手をしたり、またこの地方から難波の大君への租庸調貢進の役を果たし、有事の際には、股肱とたのむ兵力となるなど大和朝廷とのつながりは最たるものがあった。

2018/10/7(日) 午前 10:00 [ 観光立国 地方創生 ]


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