レキササイズ:歴史散策でダイエット

2014年4月から重い荷物を軽くしました。

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旭区 三仏寺

今朝の横浜は小雪が舞っています。
春の花が咲き始めているので
神秘的な組み合わせになっています。

通勤の車の窓に、結構大きな雪粒が当りました。
また一歩春が後退したような朝です。



厚木街道と保土ヶ谷バイパスのクロスするところ。
保土ヶ谷バイパスのすぐ脇の小さな丘にあるお寺です。

イメージ 1

石段を上り、本堂に向かうと子供の声が聞こえてきました。
遊んでいる声です。
そういえば、ワタシの子供の頃、遊ぶところは
神社、お寺の周りが多かったような。
住宅街の端のほうに、
ちょっとした木々の生えたオアシスだったように思い出します。

子供の声になつかしさと安心感が出てきました。

イメージ 2

案内板
横浜市地域史跡
旗本宅間家歴代の墓所
平成六年十一月一日
所在地 宗教法人 三佛寺(さんぶつじ)
所在地 横浜市旭区本村町七六番地五号

 旗本宅間家は上杉一族で、戦国時代は北条家に属し、永谷(現、港南区)を領し、江戸時代、二俣川村を知行しました。
 現在、墓所には元和三年(一六一七)から明治十五年(一八八二)に及ぶ計十八基の墓塔と二基の灯篭が遺されています。墓塔は宝篋印塔四基、板碑形十三基、角柱塔一基ですが、元和年代の二基は、切妻破風付の古式な板石碑で、横浜市域では稀少な遺例です。また、安政六年(一八五九)没の憲輔は歌人で、墓には辞世の句が刻まれています。
平成七年三月
横浜市教育委員会

イメージ 3

宅間上杉家:
室町時代に勢力があった上杉氏の一族で上杉重兼を祖とそうです。
上杉家は系列がいろいろあるので、書き物を読んでいても混乱してきます。
深追いするつもりはありませんが、
戦国時代は北条家、関ヶ原の戦いでは徳川配下、江戸時代は旗本として二俣川村を知行しているそうです。
開基は宅間治部少輔規富ということです。
1600年頃になります。

二俣川学舎:
明治6年にここに寺小屋なのでしょう、二俣川学舎が設けられました。
筆塚があり、教育の熱心さが伝わってきます。

イメージ 4

御詠歌
三佛乃 みのりをとくや 鶴が峰
ひとこえとても よもに あまねし

旧小机領子年観音霊場
第二十八番札所

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宅間家の墓と辞世の句については見落としてしまったので、
次回訪問時に確認する予定です。
2006年4月22日

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お寺でかくれんぼをしたのを思い出しました。
そして、縁の下に入って、怖くなって泣いたことまで思い出してしまいました・・・(笑)

2009/3/27(金) 午後 11:14 [ asagaee321 ]

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