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マイブームの三浦一族の散策です。 鎌倉の散策の深みに入る前に堀を固めようと 鎌倉幕府に貢献した三浦一族を追いかけています。 三浦義明の末弟岡崎義実の嫡男、佐奈田与一の討ち死にした石橋山です。 http://blogs.yahoo.co.jp/hiro7hiro1/62215505.htmlの続きです。 『佐奈田霊社』・・・<霊社> <霊社>とは、あまり耳にしませんが、ここでは佐奈田与一の霊を祀っているから霊社というのでしょう。 Yahoo辞書から れい‐しゃ【霊社】 1 霊験のあらたかな神社。 2 先祖の霊を祭る社。霊廟(れいびょう)。 3 神道の卜部(うらべ)家で、生前に授ける諡(おくりな)の下に添える語。 ワタシの初経験ですが、鳥居がありません。 神社といえば、本殿が無くても鳥居だけはあるものと思っていました。 これも<霊社>ならではなのでしょうか チャリのスペースは入り口の横にありました。 車では、この入り口の上に駐車場があるようです。 入り口に案内板が日本語と英語でありました。 入り口からの狭い石段を上ると、右手にすぐに建物が見えてきました。 右側の雨水鉢にはコケが生しています。 この雰囲気が、古いものの魅力です。 拝殿?だと思いますが、中に入れるので、いきなり入ることにしました。 いつの間にか閉まって入れなくなるのではと恐れ、 まずは入れるところに入るというのがワタシの散策の壷だと思っているからです。 拝殿の後ろに本殿が立っているのが、ワタシの知っている普通のパターンですが どうも拝殿と思った建物(一応本殿と呼ばせていただきます)の中に佐奈田与一が祀られているようです。 黄金の三浦一族の家紋があります。○に三のマークです。 奥に佐奈田与一と思われる人形が配置されています。 普通は丸い鏡が置いてあるのですが、そこに人形があります。 この人形が御神体なのかもしれません。 この建物の雰囲気は拝殿というよりは、お寺の本堂に近いものを感じます。 とにもかくにも佐奈田与一の人形をお参りしました。 本殿内にお守り等の販売所があり、そこで宮司さんにご朱印とお守りをお願いしました。 「ご朱印はこちらでいただけるのでしょうか」 「あぁ、ここでいいですよ。ご朱印帳はお持ちですか」 「はいあります。」 デイバックを降ろし、その中からご朱印帳を取り出しました。 ご朱印帳の最新のページを開いて渡しました。 「ここにお願いいたします。」 「わかりました。少々お待ちください。」 ワタシの後ろに車でこられた5人組みの方たちがおり、その中の一人が建物に上がってきました。 「急に来てすみませんね。ちょっと仲間にこの神社を紹介するだけだからお構いなく」 「お久しぶりですね。なぁに、せっかく来たんだから冷たいものでも飲んでいってよ。ちょっと待ってて。」 そう言いながらワタシのご朱印帳を持って奥に入って行きました。 後から来た5人組みが気にはなりましたが、神社の本殿に入ってのお参りは滅多にありません。 「おまちどうでした。」 宮司さんがご朱印帳を持ってやってきました。 ワタシはお守りを指差して、 「そこの600円の交通安全のお守りは家紋が入っていますか?」 「これには入っていないんだよなぁ。」 「家紋の入ったお守りはないですかねぇ。」 「どこかにあったなぁ。ちょっと待ってて。」 宮司さんは引き出しを開けて探し出しました。 「あったあった。これは家紋と神社名が入っているよ」 「それがいいです。」 ワタシは値段も見ず、気にもしないでそれを買うことを宣言しました。 ・・・意外と高いかも・・・。まぁいいか・・・。 ちょっと後悔しつつも、記念品なのでコストパフォーマンスは気にしないことにしました。 「ここの200円のパンフレットも下さい。全部でおいくらでしょうか?」 「う〜ん。このお守りいくらだったかなぁ。ご朱印300円、パンフレット200円、まぁ全部で500円にしておこう。」 「えっ?そんなわけにはいきませんよ。」 「500円でいいよ」 しつこいのもよくないと思い、500円を支払いました。 この神社は佐奈田与一の霊が喉を守ってくれるということで、 神社にはめずらしく『佐奈田あめ』という飴を売っています。 これは見る限りでは、ニッキの飴のように見えますが、 暑いのでベタベタになるのもよくないと思い買うのは諦めました。 それにしてもお守り代金をおまけしてくれるとは・・・。 気持ちのいい宮司さんです。 その後、当時を偲ぼうと境内を一回りしました。 ご朱印は『霊社』になっています。 家紋は笹竜胆の源氏のものです。 建物に書かれている家紋は○に三の三浦なので 違和感を感じます。 どちらかといえば、頼朝挙兵の地をメインにしているのでしょう。 約800年前の出来事は想像もつきませんが、同じ8月です。 セミの声が響き渡ります。 木が多いためか、直射日光はあたりませんが、重い鎧を着けていたら厳しい暑さだったのでしょう。 ここからも海が見えます。 佐奈田霊社を後にして、文三堂に向かいました。 パンフレットにもありましたが、与一の家臣で与一とともに討ち死にした文三家安のお堂があります。 途中、与一が俣野五郎景久と組み合いながら戦った場所を通ります。 ねじれ畑と云うそうです。 特に『ねじれ』は感じませんが、よくも八百年前の組み合った場所がわかるものです。 ねじれ畑を越えてちょっと進むと分枝点があります。 そこから左側を見ると、文三堂がすぐにわかります。 石段を上りお堂に近づきます 石段には石仏が数体あります。 人っ気が無く、セミの声がだんだん大きく響きわたります。 小さな四角のお堂です。 扉の隙間からお堂の中を覗きます。 中に石の墓のようなものが立っています。 塔婆もあって、これが文三の墓のように思われます。 この日は与一からみの見所だけで引き返すことにしました。 リピートしたくなるようなところでした。 |
マイブーム三浦一族
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今日息子が孫を連れて来て、私の実家のお墓に
、なぜ家紋が丸に三引きで無いのかと言われた。
どうも苗字と家紋が違うようだ、途中で変ったか。
2009/9/12(土) 午後 8:49
行って見たい場所です。里見八犬伝の世界や鎌倉時代の世界が見えるようですね。
2009/9/13(日) 午前 5:36