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10月5日 柿の古里、柿生の町の散策です。
横浜巡礼HP:http://www.geocities.jp/hiro71jun33/index.htm
常安寺:http://www.geocities.jp/hiro71jun33kawasaki2/kwsk07_joanzi
川崎お寺巡り 7寺目
麻生川沿いの麻生通にでました。
川側には畑が広がり、その向こうには山々が見えます。
反対側は住宅街なのでしょう。
それほど家がたくさんあるようには見えませんが、この道を境に塗り分けられています。
常安寺は交差点を入ったところにありました。
驚きです。おとぎの国のキノコの家みたいな建物が見えました。
『本当にお寺っていろいろな建物があるもんだねぇ。』
このキノコの家のようなお寺に近づいて行きました。
古寺と異なり、新しい建物のお寺はどことなく近づきにくく感じます。
きれいな石段を上り、本堂の前に立ちました。古そうなもの達をさがしました。
石段の横に石碑のようなものがありましたが、何なのかはよくわかりませんでした。
妙香山常安寺 縁起の案内より
創建 永世12年7月(1515年)
当山は、北条早雲小田原城攻略の頃、麻生郷の領主小島佐渡守が、
その邸宅の裏鬼門の守護として、寺堂を建立したものである。
が僅か二十七年後、天文十一年火難により堂宇の悉くを焼失した。
その後同十三年第三世日了上人により本堂が再建された。
江戸幕府となり徳川三代将軍家光公により番神堂所領六石を与えられ諸衆の信仰いよいよ篤きを加えた。
延享元年十三卋寿量院日量上人によって客殿を、
又弘化四年十月二十五日昇上人による番神堂復興がなされたが、
安政三年八月大暴風雨のため本堂を残し全壊した。
星宿幾転変、昭和二十年第二次世界大戦による寺領、財宝喪失等堂塔伽藍の荒廃甚だしさに至った。
時恰も第三十五世日宏上人寺門興隆の念堅く、宗祖日蓮大聖人御生誕七百五十年を期し、
昭和四十六年三月二十九日、本堂鉄筋コンクリート造三十五坪外、
庫裡四十八坪等の落慶大法要を厳修した。
以下略
手塚治虫のピノコの頭みたいなお寺でした。
自己満足ですが、きてよかった!と思った瞬間です。
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週末ですが、異常に忙しくなり
明日も出勤せざるをえないところです。
でも、週末の平日料金のスーパー銭湯には行こうかと思っています。
そろそろネタ切れ・・・が心配です。
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